第二十七話 安らぎの胸に抱かれて
〜忌まわしき記憶と共に〜
偵察の一小隊が、敵の新型ガンダムによって壊滅したという報告を受けたシャアは跳ねるように椅子から腰を浮かせた。
表情はむしろ明るかった。それを心待ちにしていたという表現さえあながち嘘ではない。だが、報告にある一節がシャアの表情を少し曇らせた。
「怪獣だと?」
モニターに目を移すと、偵察小隊の遺した最期の映像が繰り返されている。彼らを一瞬で葬った謎の機体の姿が。
それの顔は間違いなくガンダムだ。だが全体の印象はシャアが今まで見知った、比較的洗練されたデザインとは大きく異なっていた。無骨な装甲を全身に施した姿を言い表すなら、甲冑を着た英雄だ。
だが地球連邦軍は、その手の開発案をこれまで何度も繰り返してきた歴史がある。重装甲大火力を目指したフルアーマーシステムは歴代ガンダムの多くが対象になっている。今度のそれが違うのは、銀色の甲冑には追加武装は施されていないことだった。
見るからに運動性は低下しているはずなのだが、それを補う大出力の兵器は全身のどこにも見あたらない。その代わりに、両肩や腰、両足の鎧の全てに巨大なスラスターが備え付けられていた。
加速力で勝負する一撃離脱型か。シャアはそう感じ取ったが、まだ奇怪なイメージを漂わせる要素は残っていた。
背中から頭上を越えて伸びる大型のセンサーと、そして同様の物が胸部からも生えている。これがどんな使われ方をするのか、分かるのは次の場面だった。
ガンダムが偵察小隊に気付いた。その挙動だけで、映像を見るネオ・ジオン将兵はハッと息を飲んだ。
連邦軍のガンダムタイプが普通そうするなら、人間と同じように顔を向けてカメラアイの方向を調整するはずだ。だが相手は人間ではなかった。
巨大な鎧の中の端正な顔を向けるのではなく、胸から突き出た謎の突起物に突然モノアイの光が宿る。それこそが、この英雄の名を冠したガンダムの中に眠る怪物の目覚めた瞬間だった。
記録映像の中に悲鳴が入る。ギラ・ドーガのパイロットのものだ。
敵影の恐怖に怯えた声など軍人として恥ずべき事であったが、それを責める者はいなかった。その次の光景はまさに恐怖そのものでしかなかったからだ。
胸のモノアイでこちらを見たガンダムは、突然体を折り曲げて飛竜にその姿を変えた。謎の存在だった背と胸部のレーダーが怪物の頭部に位置し、その意味を見る者に悟らせた。
『か、怪獣だっ!』
恐怖にすくむ悲鳴だけが虚しく響く。異常な速度で突撃するガンダムの姿を最後に映像は途切れた。
その速さは明らかにまともなモビルスーツのものではなかった。数字的なスペックデータだけでも信じられない速度を叩き出している。それに、そんな速さの機体にかかるGを人間が受ければ瞬時に内臓が破裂し、パイロットは即死してしまうだろう。
「怪獣……か……」
シャアは緊張感と共に、何とも言えない嫌な気分を噛みしめていた。
まさか……アムロ、サイコフレームでこんな際物を作ったのか?
「何と他愛のない!怪獣一食とは……あれ?何か違うな……」
まさか本当に怪獣扱いされているとも知らず、クレアは試験中のガンダムを飛ばせて上機嫌で帰路についていた。
クスィーガンダムの前身であり、モビルスーツとしては史上初めてミノフスキークラフトを搭載した機体。モビルスーツの進化の歴史を大きく動かしたガンダムは、その名を神話の英雄になぞらえオデュッセウス・ガンダムと言う。
だが実際にはそう呼ばれる機会は少なかった。全身に巨大なフライトユニットを装備した形態は、特にペーネロペーという別の名称が与えられているのだ。
「……非論理的です」
帰艦するクレアと得られたデータを見比べながら、ユリウスは釈然としない表情のままつぶやいた。
「人体が耐えられる圧力ではないですよ、これは」
「あいつはやれるって言ったんだろう?」
隣にいるマークは気にも留めていない様子だ。クレアならやってしまうだろうと平然としている。むしろ驚異的な機動力がどれほどの戦果を出すかの方が頭を占めているようだ。
「ユーリィ!調子いいよペーネロペー!もう凄いったらぁ!」
規格外の機体を飛ばしていた勢いのままブリッジに駆け込んだクレアは、両手で力一杯ユリウスを抱き締めた。喉から妙な悲鳴をあげて白目を剥いたユリウスを慌てて離し、肩を揺さぶって息を吹き返させる。苦しそうに咳き込んでよろめいたユリウスは数歩後ずさってつぶやいた。
「クレア中尉、貴方は人間じゃありません」
「そ、そこまで言わなくても〜!ごめんってばぁ〜!」
クレアの背後から、すっと女性の手が回り込む。自然な動作で抱き寄せてクレアの動きを止めて、耳元に優しくささやいた。
「優しい抱き締め方も教えた方がいいかしら、クレア?」
「ひぃっ……!ニ、ニキ姉っ……!?」
今度はクレアが目を白黒させる番だった。ニキ・テイラーの姿を見たユリウスは多少生気を取り戻し、少なくとも姿勢は正しくした。
「変わってないわねぇ、クレア……」
レイチェルが呆れながらブリッジにやってくる。第一部隊に配属されていた彼女たちだが、今日はマークたちと共に戦うのだ。
歴史を飛んですぐだというのに、この一戦で地球人類の存亡が決まるのだから。
クレアのペーネロペーには常識を超えた推力を可能にした熱核ギガブースターが追加装備され、アルビオンの外には艦内に入りきらないほど巨大なモビルアーマーが並んでいる。
だがそれに安心することはできないのだ。レイチェルの乗ってきた怪物モビルアーマー、αアジールは敵軍も持っているのだ。そして何より……戦う相手は史上最強のニュータイプ、赤い彗星のシャアなのだから。
戦況を示すスクリーンに、地球に向けて落下するアクシズの姿が映る。それはシャアの意志も怨念も絶望も飲み込んだ、ひとつの思念の具象化でもあった。
地球圏の戦争の源である、地球に居続ける人類を粛正する。
シャアの言葉をテレビで聞いていたショウは、ずっと黙ったまま暗い顔をしていた。
「ショウ、大丈夫ぅ……?まだプルのこと寂しいの?」
カチュアがそう言うのは嫌味ではなく、自分自身がそうだからだ。ショウも同じ思いであることをカチュアに伝えて、再び沈黙の中に戻った。
しかし、ショウは別のことを考えていた。シャア・アズナブルの心が、かつて出会った時から変貌していたことにプルとの別れの辛さと同じ感情を抱いていた。
「今回の作戦はアクシズの破壊、もしくはその軌道を変更させ地球への落下を防ぐことが目的です。
ラー・カイラムには核ミサイルも配備されていますが、これに頼ることはできないでしょう。
モビルスーツ隊は、進軍してくる敵部隊を排除し、後に……」
ニキの説明も耳から通り過ぎ、その向こうにいるシャアの意志を感じようとしても、宇宙の闇にぼんやりと何かのイメージが浮かぶだけだった。それも、決して良いイメージを思わせるものではない。
むしろ、ここで全てが終わるような……アクシズ落下阻止に失敗して、地球に核の冬が来ることよりもはるかに悲しい結末が待っているような気がしてならなかった。
「ユーリィ、大丈夫?今日はあなたが一番大事なのよ」
「はい、先生……もう大丈夫ですよ」
ニキ先生のこんな優しい顔を見たことはクレア中尉にはないだろう。それを考えると、ユリウスは少しは気が晴れてきた。
コロニーレーザーに近い破壊力のメガ粒子砲。巡洋艦に匹敵する巨大な質量。それを高機動力で動かし、サイコミュによって操られる有線式ビームクローで戦闘もこなす。ゾディ・アックは通常モビルアーマーと呼ばれる部類の兵器を超えた戦闘能力を持っていた。
「出番はまだですから…… あなたは大事な体なんですからね」
「はい、先生」
ゾディ・アックの巨体の中にいるのは、ユリウスとニキの二人きりである。そういう機体だから当然なのだが、ユリウスはそれをどこか幸せに感じていた。
その周りを守るように飛んでいる白と黒のキュベレイには、カチュアとシスが乗っていた。
カチュアはなんとなく気に入らなかった。シスはハマーン・カーンが使っていたのと同じ色の機体だが、カチュアは先日捕獲した量産型のキュベレイである。気に入らないのは、量産型の機体がシスのものに比べて性能が劣るからではない。機体と共に保護されたエルピー・プルのクローンは、治療の施しようのないほど精神的に死んでいたのだ。その存在は最後までプルとプルツーには知らされなかった。適切な処置だと言えよう。
そんな苦い思いの残る機体で戦いたくなどはない。代わって欲しいくらいだったが、シスさえもそれは嫌がった。
そしてドーベンウルフに乗っているミンミはファンネルを動かすことができない。
「もう、やだな〜。みんないい機体に乗ってるのにぃ」
「ご、ごめんね、カチュアちゃん」
ショウがすぐ隣にやってきていた。カチュアは慌ててショウの事じゃないと訂正するが、しかしショウの機体は羨望の視線を浴びるだけの戦闘能力を持っていた。完全武装のスペリオルガンダムは、ペーネロペーと同じく特別な呼称がある。Ex−Sガンダムと呼ばれるその状態は、Iフィールドで身を固め、全身に備えられた強力な装備はスペリオルガンダムとは比較にならない力を持っている。
ゾディ・アックを守るカチュアたちとは別に、レイチェルのαアジールを中心に敵モビルスーツ隊を制圧するのがショウたちの役目だった。空間を舞うキュベレイの横を通り過ぎたEx−Sガンダムは、そのまま戦場に向かっていく。
「……でも、やっぱりちょっとうらやましいな」
カチュアが短くつぶやく間に、凄まじい速度でペーネロペーが横を駆け抜ける。最後に出撃したというのに……最初に出ていたら誰も追いつけないからだが……次々と先発のモビルスーツたちを追い抜き、アクシズを攻撃するロンド・ベル隊の最前列に立っていた。
「クレアさん、飛ばしすぎですよ!」
「そんなことないって。出力の70%くらいだよ、これでも」
これでも、と言うのは最高クラスの宇宙戦艦の全速力を軽々と追い抜く程度である。テストで8割までは試していたクレアにとっては体にかかる圧力も心地良い疲労感でしかなかった。
クレアはそのままギラ・ドーガの編隊の中へと突入する。機体をかすめて流れていくビームマシンガンの光が、真夜中のドライブで後ろに流れていく夜景の輝きのように美しい。
「戦いはもっとエレガントにやらなければな……」
クレアは陶酔したような笑みを浮かべて、そして全身に精気をみなぎらせる。敵中で飛竜から英雄へと姿を変えたペーネロペーのビームサーベルが閃き、ギラ・ドーガの頭部を弾き飛ばす。
すでに“白銀の怪獣”の噂はネオ・ジオン軍に広がっていた。彼らは正面から立ち向かうことはせず、数機が包囲してビームマシンガンを向けた。だがクレアの挙動と熱核ギガブースターの推進力は常人が対応できる速さではなかった。扇の陣形の端にいた一機が閃光と化し、それが終わるより前に爆発が連鎖的に巻き起こる。一瞬にして5機のギラ・ドーガが宇宙の塵となって消えた。
クレアにとってはそれは連続して剣を突き出しながら突進する一つの動作でしかなかった。一機を撃墜して、移動して、また別の機体に攻撃するわけではない。
次の突撃で別の一小隊をまとめて潰し、クレアがあたりに視線を走らせた時にはペーネロペーの周囲にはギラ・ドーガの姿はなくなっていた。それを確認したクレアは、開戦前に溜めた息をようやくゆっくりと吐き出した。
かつてナイチンゲールを手に入れたとき以上の興奮に体を震わせ、不敵な笑みを浮かべて次の獲物を探す。視線の先にαアジールの巨大なシルエットを見つけたときに、ペーネロペーの胸部のモノアイとクレアの瞳が光り輝いた。
「よぉぉしっ、見つけた!あれだっ!」
満面に笑みを浮かべて突撃するクレアの意志は、αアジールの中のクェスの勘に障った。
「なにさ、アンタ……!消えちゃいなよ!!」
ファンネルのビームが、ペーネロペーの駆け抜ける軌道を追うように降り注ぐ。背後に迫り来るその緊張感を楽しんでいたクレアに、とうとう一発のビームが追いつき機体を激しく振動させた。
軌道を見失ったペーネロペーは攻撃することなくαアジールの横を抜け、一気に敵の攻撃範囲の外まで飛び去ってしまう。
「なっ…… なんなのよ、アイツ!?」
クェスはあまりの速さに狼狽した。αアジールをペーネロペーの飛び去った方角に向き直し、帰ってくるはずの敵に神経を集中させる。クレアもまた、このスピードを捉えることができるファンネルに驚いていた。
「遅い、遅いぞ、ペーネロペー!奴の反応速度を超えろ!」
自分の機体に叱咤激励すると、クレアは熱核ギガブースターの出力を全開まで引き上げた。強烈なGが体を椅子に押しつけ、目の前のスクリーンに映る情景が視認できる速さを超える。ここから後はニュータイプの勘を信じるだけだった。
「さぁ……行くよっ!秘剣つばめ返しーっ!!」
「えっ……!?」
クェスの脳裏から、クレアとペーネロペーの姿が一瞬消え失せた。背後に回られたのだと気付いたときには、クレアは飛竜の姿のまま腕だけを伸ばしてビームサーベルを叩き付けていた。
αアジールの、巨体に比べればあまりにも小さな頭部の目の前で、ペーネロペーが英雄の姿に戻っていく。とどめのビームサーベルを突き出すのを、クェスは呆然と眺めていた。
その瞬間に戦場の主役は決まった。爆発するαアジールを横目に悠然と飛竜に体形を変えて飛び去るペーネロペーの姿はスローモーションのように敵味方の脳裏に焼き付いていた。
「あっはっはっはっはぁーっ!我が世の春が来たぁ───!!」
クレアは哄笑しながらファンネルミサイルを乱射し、護衛に従えるようにして敵陣を一気に切り裂いていった。止められる者などいるはずがない。誰が自分が発射したミサイルを追い抜いてしまう機体の存在を思いつくのだろう。
その戦場の大混乱を眺めながら、シャアはアクシズの最終防衛ラインとして自ら愛用の赤い機体、サザビーを駆って待ち構えていた。
「誰があれをやっているのだ?アムロではない……マーク・ギルダーでもないな。
ラナロウ・シェイド……か……?いや……」
戦場の魔王はこうもせっかちではない。白い弾丸すらここまでの速さはない。
いったい、誰だ……?
「ユニバァァ───ス!!」
「クレアか……」
一瞬だけ心が捉えた、躍動感溢れる少女の魂。
間違いない。あの娘ならこんな無茶をする。
シャアはサザビーを半回転させ、脇を駆け抜けるペーネロペーとは逆の向きにビームトマホークを振り抜いた。そこに帰ってきたペーネロペーのビームサーベルが飛び込み、強烈な衝撃と閃光を炸裂させる。
「え、ええーっ!?なんで止めれるのぉ!?」
絶頂の高揚感を一気に覆され、クレアは全身から噴き出ていた汗が急に冷たく感じられた。
慌てて、まだモビルアーマー形態のペーネロペーをモビルスーツに変形させる。そうでなくては格闘戦などできないが、それに必要な時間は明らかに無防備な隙でしかない。
「……そんな機体では私に勝つことなどできはしないよ!」
シャアは呆れたようにビームトマホークを軽く振り回した。機体に致命的損傷はなかったものの、鎧の胸から突き出た飛竜の首が切り落とされる。
「あ……!!」
そのあっけない一撃でクレアは青くなった。熱核ギガブースターの速度に対応できるセンサーはあれしか存在しない。変形して逃げようにも、メインセンサーがなくては何かに衝突して即死してしまうだろう。だが、モビルスーツ形態で戦い続けるには味方との距離が遠すぎた。敵の防衛戦の一番深いところまで、戦いが始まったとたんに自分一人で飛び込んでいたからだ。
加えてペーネロペーは加速力は他の機体を圧倒するが、全身を覆う甲冑は格闘戦の細かい動きには邪魔になってしまう。しかも、それは削られるのが役目の装甲ではなく、傷つけられてはいけないミノフスキークラフトなのだ。
「や……やばぁ……!」
クレアは気軽に部屋に遊びに行ったらいきなり押し倒されたような気分を味わっていた。だが抵抗もしない彼女ではない。
ファンネルミサイルが両腕のシールドから飛び出し、サザビーとペーネロペーの間に割って入るように飛び回る。シャアは自分に向かってこないミサイルの動きに違和感を覚えたが、本体のペーネロペーがビームライフルを構えるのを見て、それが目くらましなのだと確信した。
「そこか……ファンネル!」
シャアの精神がサイコフレームを通じて、無数のミサイルを爆風に変えていく。煙幕の向こうから飛ぶビームを回避すると、ビームライフルの銃口をクレアのいる所に向けようとした。
だが感じ取れたクレアの心は、すでにビームライフルの届かない距離にいた。一瞬の隙をついて逃げてしまったかと思えば、そちらでギラ・ドーガに包囲されて慌てている。
「……いつも騒がしかったな、あの娘は」
そんな記憶は確かにあった。だがどこで出会ったのか、詳しいことはよく思い出せない。今は敵なのは間違いないが、味方だった事がなかっただろうか?それも、有り得ないくらいにずっと昔から。
逃げ出したペーネロペーを囲むギラ・ドーガが、遮二無二駆けつけた援軍のファンネルに撃退されていくのが見えた。
「馬鹿っ!クレアの馬鹿!一人で飛び出してどうする気だったのよ!」
レイチェル・ランサムの怒りは友軍の失敗を責めるだけのものではない。彼女たちは仲が良かった。そんな事を何故知っているのかは、やはり鮮明な記憶は思い出せなかった。
ペーネロペーのこじ開けた戦場を無理矢理押し広げて来たのはレイチェルのαアジールだけではない。その横から飛び出したガンダムから放たれる波動が、シャアの心を幻想の記憶から引き戻した。
「……ひどい、ひどいよ!どうしてっ!!……何でこんな事をっ!!」
「何っ……?」
とっさに受け止めたビームサーベルから受ける圧力はクレアのように簡単なものではなかった。怒りや悲しみ、寂しさがその手に込められているのをシャアは感じていた。
そうされる理由は確かにある。地球寒冷化作戦によって失われる人命は必要な犠牲と言い切るにはあまりにも大きすぎた。それを己の業として受け止めるつもりでもいた。だが、ガンダムの中の少年は、ただアクシズを地球に落として多くの命を奪おうとしているのを責めているだけではないのだ。
「あの時、一緒に未来に行こうって言ってくれたじゃないか!ニュータイプの未来を作ってくれるって言ったじゃないか!
それなのに……!約束したのに!どうして今になって、こんなことをするんだよーっ!!」
ビームサーベルを叩き付けるように押し出したガンダムは、逆にサザビーのパワーに弾き飛ばされる。その光景とよく似た瞬間が突然シャアの脳裏にありありと浮かんだ。ジオンの赤い彗星として専用のザクに乗っていた時だ。少年はアムロ・レイと同型のガンダムに乗って、ぎこちない動きの中に才能の片鱗を隠して必死で戦っていた。
「まさか……!君は、あの時の少年なのか!?」
そんな事があるはずがない。あれからどれだけの時が経っているのだ。
崩壊するア・バオア・クーの中、私を青いガンダムに乗せて駆け抜けた少年が。
ダカールの演説を聞いて、未来への希望を胸にふくらませていたあの少年が。
今、地球人類を粛正しようと言う自分の前に、いささかも変わることのない眼差しを向けている。
信じていた人に裏切られた怒りと、時を経てこんな姿になってしまった英雄に対しての深い悲しみを湛えた視線を。
何度もビームサーベルを打ち合わせながら、今までの事が走馬燈のように甦っていく。
ララァが死んだとき、共に刻を見た一瞬。キリマンジャロ基地でフォウ・ムラサメの亡骸を抱いて絶叫するカミーユの隣で、同じ悲劇を嘆く瞬間。そこにいた少年の姿を、シャアははっきりと認識した。
「君は……いつもそうだったな……。誰よりも、他人の悲しみを自分の事のように感じて、いつも泣いていた……」
「それは……!」
ショウは言葉に詰まった。自分が一人では何も出来なかったから。臆病で一歩を踏み出すことが出来なかったから。
だから、他人に手を貸すことでしか戦ってこられなかった。
「優しいな、君は。私は君のように生きることはできなかったよ……」
ショウの心の持つ、悲しみへの共感の力は、シャアを変えていったものにも及んでいた。
それを悟ったシャアは痛々しさすら感じた。この少年が時を越えて私の元に来てくれたなら、それはやはり悲しみを感じるためなのか?もしもそうなら、それこそが最大の悲劇ではないか。なのにこの優しい子供は、私が人類に絶望したことを、やはり悲しんでくれている。
彼の期待に応えることができなかった事に、シャアはわずかに心を痛めた。それを受け入れてやりたいとさえ思った。
「……だが、そんな温かい心を持った人類が地球さえ滅ぼすんだ!それを分かるんだよ、アムロ!!」
サザビーから放たれたビームがEx−Sガンダムの脇を通り過ぎ、その後ろまで迫っていた白いモビルスーツに向かって飛ぶ。
フィン・ファンネルの形成する障壁でビームを止めて、同じくビームライフルを発射する。それはシャアの意志を否定し、ぶつけ合う魂の代替物でもあった。
「だから!世界に人の心の光を見せなきゃならないんだろう、シャア!!」
アムロはνガンダムを飛ばして、Ex−Sガンダムをほとんど無視するようにサザビーに斬りかかる。
「なんでこんなものを地球に落とす!?
これでは地球が寒くなって人が住めなくなる!核の冬が来るぞ!」
「地球に住む者は自分たちの事しか考えていない!だから、抹殺すると宣言した!」
アムロとシャアは、お互いの心をモビルスーツという兵器を通して表現する。ショウが見ていようと変わることのない現実……相容れることのない正論と理想、そしてニュータイプとしてもっとも先鋭化した二人の魂のぶつかり合いであった。
「地球は人間のエゴ全部を飲み込めはしない!」
「人間の知恵は、そんなものだって乗り越えられる!」
「ならば……!今すぐ、愚民共全てに英知を授けてみせろ!
地球が持たん時が来ているのだ!!」
サザビーの背からファンネルが飛び立ち、サイコフレームの光が宇宙に閃く。
「……遅い!そこっ!」
同時に飛び立ったフィン・ファンネルの軌跡を残して、νガンダムは後ろに飛び去っていく。その一瞬後に、アムロのいた場所に流星のようにビームが駆け抜ける。シャアはサザビーの位置をわずかにずらすだけで、フィン・ファンネルの繰り出すあらゆる角度からの攻撃を避け切り、再びその距離を詰めていく。二人の機体はペーネロペーのように強引に振り切る推力もなければ、クィン・マンサほどの耐久力があるわけでもない。しかし極限まで達したパイロットの操縦技術は、怪物的な性能のもたらす力など何の意味もないかのように感じさせる力を持っていた。
「シャアッ……!」
「アムロ……ッ!」
再びビームサーベルがぶつかり合い、閃光と共に二人の意志が弾け合う。その一瞬の太刀合わせでνガンダムとサザビーは再び距離を離し、虚空と化した空間にファンネルのビームが雨霰と降り注ぐ。ファンネルの動きを読み、ビームサーベルを払い除け、二人は互角の戦いを演じながらアクシズの地表へ降り立っていった。
その二人の戦いを間近で見せられ、ショウは呆然と眺めているしかできなかった。クレアは背筋に冷たいものを感じながら、本気で攻撃してこなかったシャアの気まぐれに感謝していた。
「なに、呑気に見てるのよ!みんな無理してアルビオンごと前に出てるのよ!早く帰らなきゃいけないわ!」
レイチェルに言われて、クレアははっと我に返ってペーネロペーを後退させる。敵中に飛び込んでいたアルビオンはゾディ・アックの支援をするはずだったモビルスーツを艦の防衛に回し、必死の防衛戦を繰り広げていた。そこに急行するクレアとレイチェルは、ショウのEx−Sガンダムがシャアたちを追っていったのに気づかなかった。
アルビオンに二人が戻ると、事態は慌ただしく動き出した。アルビオンが前に出ることで本来の作戦が後回しにされてしまい、それに軌道修正しなければならないのだ。
中央に深く入り込み、左右から挟撃される姿勢にいたロンド・ベルは二手に分かれて反撃を開始する。クレアの回収が終わった今、偶然だがそれはごく自然な行動に見えた。
「クレア、どうだったぁ?うまくいった?」
「そりゃもうバッチリぃ!シャアには効かなかったけどあれはもー例外っ!」
そんな状況下で、帰艦したクレアはケイ・ニムロッドと固く抱き合って新兵器の成功を祝いあった。だが、感動の余韻に浸っていたケイは、クレアの背中の向こうからほとばしるレイチェルのものすごい視線に息を飲んだ。
「あっ、あのぉ…… もしかして、お仕置きかなぁ……?」
「戦いが終わったら二人ともたっぷりしてあげるわよぉ……!?」
ケイとクレアは、抱き合ったままレイチェルの怒りの表情に怯えていた。
「帰ったらクレアにはお仕置きですね」
ゾディ・アックの中で報告を聞いたニキは冷静につぶやいた。口調は静かだが、このタイミングは待ちに待っていたものだった。
「アルビオン、ラー・カイラム、射線から外れました。発射準備完了です」
ユリウスの声も幾ばくかの焦燥感が見えた。当初の予定では正面の敵先陣を排除したらすぐにこうするはずだったのだ。彼らが間に合わなければ、モビルスーツ戦の結果に関わらず戦いは負ける。発射ボタンに指をかけるユリウスは矢継ぎ早に質問をかけた。
「アクシズの落下軌道はどうなっていますか?まだ間に合いますよね……!」
「予定より多少の遅れはありますが、まだ破壊可能な距離にあります。
……Ex−Sガンダムの帰艦が遅れていますよ?」
「射線にはいません!大丈夫です、ショウを信じてください!」
ユリウスの声は逸ってはいたが、ニキはそれを信じてやる気になった。ユリウスが誰かを信頼しきって、それを他人にも信じて欲しいと言い出すのは初めてのことだった。ショウ・ルスカという少年のことは報告でしか知らないが、ユリウスがそこまで言い出す相手なら信じていいと思っていた。
「……分かりました。信じましょう」
「では、行きます!」
ゾディ・アックの巨大な機影が徐々に変化を始めていく。円筒形の機体が中央から二つに割れて、内部に格納されていた巨大なメガ粒子砲が姿を現していく。そこに光が集まっていくのを確認しながら、ユリウスは一度つばを飲み込んだ。
ショウ……聞こえていますか? 今から、撃ちます……!
アクシズに降り立ったアムロとシャアの機体は確実に消耗していた。
「ララァを失った時のあの苦しみ……存分に思い出せ!」
フィン・ファンネルのバリアーがサザビーの腹部から放たれた奔流を食い止めきれずに弾き飛ばされる。シャアのファンネルはすでに使い果たしていた。
「クッ……!情けない奴ッ!」
アムロの放つビームライフルの光が赤いシールドを溶かしていく。最後のエネルギーを使い果たしたライフルを捨てて、νガンダムは予備のビームサーベルを片手に構えた。
だが、ショウのEx−Sガンダムはほぼ無傷で残っていた。追いつくことができれば武器を使い果たしたサザビーを倒すことも、二人の戦いに割って入って止めることもできるはずだ。しかしショウが飛び出そうとした瞬間に、その前に黄色い幻影が立ちはだかった。その姿を見たショウは、あの時と同じように時間の概念を超えた空間に導かれていた。
(行っては駄目……)
「あなたは……!」
ララァ・スンの見せた世界は、ショウにとっても驚愕の光景だった。
格納庫の中で作られているモビルスーツはRX−78ガンダムに間違いない。
発進する戦闘機たちの横を、騎士のような印象のモビルスーツが駆け抜けていく。それは峡谷を越え、砂漠を押し渡り、敵軍を率いていたガンダムタイプの機体と激突する。騎士のような機体はガンダムタイプを押し切ると、右腕に構えたメガキャノンから強烈なビームを吐き出していく。
夕焼けの中を飛ぶホワイトベース。それを眺める黒い機体は、馬の形をしたサポートメカに騎乗していた。
普通は頭部にあるはずのアンテナが口に付けられ、髭のような印象を見せるガンダムがビームライフルで闇を引き裂く。
青い塗装を施されたジムが、ジオン軍の大軍を前に果敢に剣を抜く。
宇宙にサイコガンダムMk−Uの拡散ビーム砲が轟き、Zガンダムが、ZZが反撃に出る。
壮麗な意匠をあしらった宇宙戦艦の横をプルとプルツーの見た赤いガンダムが飛び去っていく。それが去った後に巨大なビームの束が溢れ、天使のような翼を備えたガンダムが優雅に宇宙を羽ばたいていく。
そして、その戦いの中心にいるのは、ガンダムのアムロと赤いザクに乗ったシャアの姿であった。
「貴様ほどの男が……なんて器量の小さい!」
「ララァ・スンは、私の母になってくれるかもしれなかった女性だ!そのララァを殺したおまえに言えたことか!!」
ガンダムとザクが、νガンダムとサザビーが、剣と斧とを打ち合わせていく。
ララァはその光景を満足げに眺めていた。アクシズの上で戦う二人を。幻想の中で激突する二人を。
「なに……これ?こんな事が本当に起きるの?起きたの……?」
ショウの問いかけにララァは答えず、ただ微笑みを浮かべていた。
(お願い、あの二人をそっとしておいてあげて……私はあの二人を見ていたいだけ……)
「そっとしてって、戦ってるんだよ!止めなきゃ!」
ララァの微笑みに悲しげな色が宿る。そしてその眼差しに、Ex−Sガンダムの挙動は止められたままになっていた。
だが、ショウが為す術を失っている間に事態は急変した。轟音と共にアクシズが揺れ、νガンダムとサザビーは転倒し、そのため戦闘を中断した。
「何が起こっている……!?」
シャアはアクシズそのものを砲撃する巨大なモビルアーマーの姿を見た。モビルアーマーと言うよりも、それは小型のコロニーレーザーに近い。
「あのモビルアーマーなのか……?クッ……!」
激しい振動が断続的に起こり、ついにアクシズは中央部から崩壊を始めた。二人はようやく機体をアクシズから離して向かい合ったがすでに全ての武器は使い尽くしていた。だが、それで戦いをやめる二人ではなかった。νガンダムの拳がサザビーに撃ち込まれ、コックピットに衝撃を受けたシャアは大きく揺れた。
「アクシズの破壊に成功しました!」
ユリウスの声がブリッジに届き、スクリーンに映る光景に歓喜の声が響き渡る。だが、それもニキのつぶやきで遮られた。
「……今計算してみましたが、分断されたアクシズの後部は地球の重力に引かれて落下します。これでは……」
「おんなじじゃないの〜!」
クレアはどこか面白そうに言うと、補給を終えたペーネロペーを再び出撃させた。
「どうするのよクレア!?」
「祭りに行ってくる!生きて帰るかはわかんない!」
全く反省していないその言葉に、エリスも嘆息した。だが、マークにどうするか聞いても、どうせ同じ事なのだ。
「……モニターが死ぬ!?」
頭部の装甲を破壊され、シャアはサザビーの脱出ポッドで離脱した。だが、νガンダムの手を伸ばしてアムロはそれを捕らえて、アクシズの地表に叩き付ける。
「何をするつもりだ!?」
シャアは脱出ポッドのコンソールを叩き、どれだけの機能が生きているか必死で探す。だが、それは自分の命がいまやアムロの手に握られていることの確認でしかなかった。
「ガンダムでアクシズを押し返す!お前も手伝え!」
「馬鹿な事はやめろ!」
だが、アムロはそれを聞くことはなかった。人類の存亡を賭けたこの一瞬に、彼はまだ祈ることをやめようとはしなかった。
「貴様ほど急ぎすぎもしなければ、人類に絶望もしちゃいない!」
「アクシズの落下は始まっているんだぞ!」
アムロは一瞬だけ黙り、そして叫ぶ。
「……νガンダムは伊達じゃない!!」
落下するアクシズを抱えるように機体を動かすと、残された全ての力をバーニアにかける。だが、それはどう見ても無謀な試みでしかなかった。落下する小惑星を動かすまでの力を持った機体などあるはずがないのだ。
しかし、微動だにしないνガンダムの隣に、白銀の甲冑を帯びたガンダムが取り付いた。
「よおーし一番乗りっ!頑張ろうねっ!」
「……クレアか!やめてくれ、こんな事に付き合う必要はない!
下がれ、来るんじゃない!」
「大丈夫大丈夫っ!たかが石ころの一つ、熱核ギガブースターで押し返してやる!」
ペーネロペーの爆発的な推力がアクシズの姿勢をわずかに変える。モビルスーツの限界はやはりそこまでだが、それに勇気づけられたパイロットが次々にアクシズに集まっていく。それはいつしか、敵と味方の垣根を超えた行動になっていった。
「何だ!?何が起きているんだ!?」
モニターも壊れ、身動きのできないシャアは外の様子をただ想像するしかできなかった。
だが、そこにはっきりと見えたのだ。白いキュベレイが横に来ている。αアジールの巨体がアクシズの真下に陣取り、その圧力にきしんでいる。
「……お前たちが……」
だが、その中にはシャアの想像した女性たちはいない。シャアと人生を共にした女性たちは皆、苦しみや悲しみを背負ったまま死んでいったのだ。それに気づいたシャアは何も聞こえなくなったコックピットの中で、一人つぶやいた。
「結局、遅かれ早かれこんな悲しみだけが広がって、地球を押しつぶすのだ……。ならば人類は自分の手で自分を裁いて、自然に対し、地球に対して贖罪しなければならん……アムロ、なんでこれが分からん!」
シャアの叫びはアムロには届くことはなかった。彼は必死で、集まってくるモビルスーツたちに呼びかけていたからだ。
「摩擦熱とオーバーロードで自爆するだけだぞ!もういいんだ、みんなやめろ!」
「そういうわけにはいかないよ!……ンッ!?」
中央を支えていたペーネロペーの手が軋みをあげて粉々に砕け散る。圧力が胸にかかって、修理してきた胸のセンサーが再び折れ曲がる。あまりの推進力のために、機体の装甲すら押しつぶされてしまったのである。
「やっ、やばい……!」
「離れろ!ガンダムの力は!」
クレアの機体が柔らかい光に包まれ、アクシズからゆっくりと離れていく。それを皮切りにジェガンやギラ・ドーガ、そしてαアジールやゾディ・アックまでもがサイコフレームの放つ輝きに押し流されて、安全な場所まで流されていく。
「これはサイコフレームの共振?人の意思が集中しすぎて、オーバーロードしているのか?
なのに恐怖は感じない……むしろ温かく安心を感じるとは……!?」
シャアの力と命もその中に取り込まれていく。その安らぎの中で、シャアもアムロと共に、地球を救うための光の一部となっていた。サイコフレームのオーロラの光がアクシズを包み、ゆっくりと地球から離れていくのをラー・カイラムのブライトは見ていた。それがアムロ・レイとの永遠の別れになることも、シャア・アズナブルの脅威を感じる最後の機会になることも悟っていた。
だが、その光景を見てもまだ、ショウのEx−Sは動きを封じられたままでいた。
「ララァ……!これでも、まだ見てるだけなの!?僕は行くよ!!」
ショウは強引にララァの幻影を振り切り、アクシズの岩盤に急行した。νガンダムの周りには一機のモビルスーツもいなくなっていた。
「ここに来ちゃいけない!離れるんだ!」
アムロはEx−Sガンダムも命の光で包もうとする。全てのモビルスーツを抱き包み、アクシズからオーロラのように伸びるその光を放出し続けたアムロとシャアは、急速に自分自身の生命の力が失われていくのを感じとっていた。
それを悟ったショウは、背後の空間を舞うララァに向かって叫んだ。
「二人がこんなになってるのに……!どうして、ずっと見てるままで!?」
ララァは悲しげな表情を三人に向けた。その心の到来を、来るべき瞬間を感じて、アムロとシャアは残されたわずかな力を体に漲らせた。
「ララァ……そこにいるのかい?君がショウを連れてきたんだね……」
アムロは死を前にして、落ち着いた口調で諭すようにショウに語りかけた。
「君はキリマンジャロにいたな……その時、僕は兄がいるか聞いた……」
「う、うん……」
アムロはその返事に、自分の確信が間違っていなかったことを知った。
「僕とシャアの戦いを最後まで見届けることに何の意味があるんだ?ただ、悲しいだけじゃないのか?」
「最後なんて言わないでよ……生きて、もう一度やりなおしてよ!
ガンダムなんでしょ……!ニュータイプなんでしょう!!」
ショウはまた泣いていた。何度これを繰り返したことだろう。ララァ・スンの死から、果てしない悲劇を目の当たりにし続けて。
あくまで離れようとしないEx−Sガンダムを包む光に、ララァの意志も流れ込んでくる。
(二人をもうそっとしてあげて……ショウ…… 二人はもう十分に戦ったわ……)
ララァは待ち続けていたのだ。二人が戦いを終えて、安らぎの世界に帰ってくる今日という日を。
「でも……でもっ……!」
二人に死んで欲しくない。生きて、ニュータイプの未来を作って欲しい。だが、その声に答えられるだけの命の力を使い果たしてしまっていた事はショウにも感じ取れていた。
(私たちの旅はここで終わるのよ…… でも、ショウ……あなたには待っている人がいるわ…… 遠い、どこかで……)
泣きじゃくる子供の頭を撫でる母親のように、ララァは優しくショウに微笑みかけた。
「待ってる?誰が……?」
……僕たちにできなかったことをやれる人たちだ……。
アムロの声が聞こえる。だが、彼らはもう声で話す力もなくなっていた。
……人は変わらなければならないのだ……。地球を汚さない……調和の取れた世界を作らなければ……。
シャアの思いは今も変わることはなかった。ただ、彼はあまりにも純粋すぎたのだ。
(あなたは生きて旅を続けるの、ショウ……。その終わりに……待っているから……)
「ララァ?」
魂が飛び去る時がやってきた。ララァはコックピットの中で力尽きた二人を両手に抱き、歓喜とも悲しみともつかない涙を浮かべた。
……君の中に帰るときが来たよ、ララァ……。
……ララァ……もう一度、私を抱いてくれるのか……?
二人の最後の吐息を受けて、宇宙に浮かぶ亡霊はゆっくりとショウの前から薄れていく。
「待って……待ってよ!行かないでぇ───!!
やっと、やっと分かり合えたんじゃないかぁ───!!」
アクシズが光に包まれ、地球から離れていく幻想的な光景の中から、ひとつの光が飛び出していったのを何人もが目撃した。それを、νガンダムの脱出の証だと主張する者は、絶えることはなかった。その根底にあるのはアムロとシャアの死を信じられない、信じたくないと言う英雄への憧れであろう。そしてそうした者は、やはり信じるに違いない。
安らぎの国で、二人は戦いを終えて幸せに暮らしているのだと。
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