第三十二話 災いのザンスカール
〜宇宙を走る閃光〜
「リガ・ミリティアはカイラスギリーを見せ球に使うつもりでしょうか?」
「配置からするとそうなんだろうな。まあ、現状ではそれが一番得策だろう」
ユリウスは、せっかくのカイラスギリーが主役になっていない戦力配置図に不満の表情を示した。
とはいえカイラスギリーは修理中で、まだ発射ができる状態ではない。急いで修理してもらいたいものだが、すでにリガ・ミリティア秘蔵のラビアンローズWが死力を尽くしているのだ。
未完成の戦略級兵器と、虎の子のドック艦が一カ所に集まっているのだ。これが標的にならないはずがない。どうせ狙われるのであれば囮として使った方が利口だ。
結局、ユリウスもリガ・ミリティア首脳と同じ結論に達した。
カイラスギリー奪取作戦の目的は、ザンスカール本国の艦隊への砲撃だけではない。別方面で猛威を振るっているムッターマ・ズガン率いる艦隊を首都防衛のために転進させるということも含まれていた。
カイラスギリーとラビアンローズWは、そのズガン艦隊と本国の艦隊に挟み撃ちに合う形になっていた。守備するのはリーンホースを捕獲した敵艦の部品を使って改修したリーンホースJr.一隻だけである。
ガチャベースは、そこからかなり離れた場所に構えられていた。そこから密かに出撃して、リーンホースJr.と共に、ズガン艦隊を撃退する。また、ザンスカール本国の艦隊へも牽制の部隊を派遣する。今日は激戦が予想された。
そのため、ゼノン少将が指揮を執る第一部隊も援軍に駆けつけていた。主力部隊はこちらであり、クレアとレイチェルも艦を移している。マークやユリウスたちが担当するのは、首都防衛艦隊への陽動である。
「それにしても、なんでしょうねあれは……」
ラー・カイラムの隣に停泊している、第一部隊の母艦を見てユリウスは呆れ気味につぶやいた。彼らは火星から木星まで転戦を続け、地球圏では見られることのないデザインの機体も多数所有している。とは言え、マザー・バンガードの風貌は、連邦軍の中に混じるにはあまりにも目立ちすぎるのではないかと感じるのだ。
もちろんマザー・バンガードの中では、今日もクレアが暴れていた。戦艦の形もさることながら、クロスボーン・ガンダムの形は乙女の心をときめかせるのに十分なインパクトがあった。
「いいないいなー!私も木星行きたいー!」
「敵の機体はもっとすごかったぜ。インベーダーゲームの敵みたいなのがあったな」
「あー!もう、なんで呼んでくれなかったのよー!ねえねえ、もう一回行こうよー!」
シェイドに話を聞きだして叫ぶクレアの姿を眺めて、ジュナスは懐かしそうに目を細めた。
「やっぱり、クレアがいると賑やかだね」
「騒々しいのが帰って来やがったぜ」
エルンスト・イェーガー少佐は、若い兵士から距離を置いたところで煙草の煙をくゆらせていた。
「でも、嬉しそうだよ、少佐?」
「まあな……」
新しい機体が次々と増えていく中、エルンストは一年戦争最強の機体パーフェクト・ガンダムを使い続けている。彼にとっては、その“完璧なガンダム”という名が、ただの称号や賞賛の言葉であるだけではなく、特別な意味を持っているのだ。
こんなことを言う者はもはや少数派であるが……エルンストのような古い人間にとっては、ガンダムMk−U以降の機体や、果てはアレックスやGP−01ゼフィランサスまでも「ガンダム」の対象から外れてしまう。それはあくまで“栄光の、あのガンダム”をモデルに作られた新型機にすぎない。彼にとってガンダムとは、アムロの乗ったRX−78と追加装甲タイプに限られるのである。パーフェクト・ガンダムは彼にとってのガンダムの許容限界点であり、また未来の機体にも対抗し得る驚異の戦闘能力を持っていた。そしてなによりも、このガンダムを設計した者の魂は……もう若い者たちが知る機会すらなくなった今となっては……誰かが受け継いでいかなければいけないものだからだ。
そうは言っても、時代は進むのだ。一年戦争というホームグラウンドを離れて未来の世界を訪れ、若いニュータイプたちの戦いを見るにつけ、エルンストは自分がオールドタイプと言われる人間なのだということを肌で噛みしめていた。火星で戦ったオールズモビルの者たちには、どこか郷愁すら覚えたものだ。
だが、天才や超能力者たちは、誰もが若く脆い。わずかな失敗ですぐに落ち込み、下手をすれば壊れてしまう。だからこそ、エルンストは自分が古い人間であり続けなければならないと思っていた。若者に文句を言いながら、彼らの失敗のフォローを楽しんでいる自分に気付いたとき、彼は苦笑しつつも妙な嬉しさを感じていた。
「俺の作ったパーフェクト・ガンダムは誰にも負けない、か……」
「え?」
独り言を聞いていたジュナスは、かつてほど敏感に人の意志を感じることはできない。
「俺があいつらと同じ歳の頃…… いや、もっとガキだったときにな、プラモデル作りが流行ったもんだ。その時……
いや、いい。お前に言っても分からんな。コンピュータゲームの方が好きだろう」
もう一度煙を吐き出すと、エルンストはジュナスの側から歩き去った。
“ブラック・ジェネレーションズ”はごく普通に使ってしまっているが、歴史上幻となった機体も存在する。
フルアーマータイプの機体の多くはそうだし、エルンストの愛機パーフェクト・ガンダムなどはそもそも存在そのものがかなり怪しい。そんな中で、ユリウスが乗り込むビルケナウは曖昧なポジションに位置していた。
歴史の表舞台に出ることは出たのだが、出撃寸前に小破した味方機が母艦に流れ着き、そこで爆発を起こして艦もろとも宇宙の藻屑となったのである。従って、実際にビルケナウが宇宙を駆けて交戦する場面を見た者は一人もいない。これは「幻の機体」なのかどうか、判別するのは難しいだろう。
とは言え、性能面では申し分はない。特に指揮管制能力に秀でた面はユリウスにとっては嬉しいものだった。今日は戦場の一部分にいながら全体を見ていなければならないからだ。
シスの乗機は、ついに宇宙世紀最強のガンダムとも言えるV2ガンダムになっていた。汎用性に富む光の翼や、数々の大出力の武装が艦隊決戦に間に合ったことは戦局を大きく左右する。ミンミのVダッシュガンダムがガンブラスターになってしまったが、それも気にならないほどの力があった。
その横には、かつてアムロ・レイが乗ったνガンダムが並んでいる。宇宙世紀に名高い両機の姿は、つい先日までの量産型の悪夢を忘れさせてくれるだけの力強さがあった。
その足下で、カチュアが別の機体を見上げていた。
「ねえ、可愛いよねあれ? いいな〜」
カチュアが羨望の視線を送るのは、先日捕獲したザンスカールのモビルスーツたち。女の子が好きそうな可愛らしいデザインと言うよりは、どちらかといえば悪役っぽい凶悪なデザインだとショウは思った。
「おめめとか、さぁ」
「そ、そうかなあ……?」
ゴッドワルドが乗っていたアビゴルを使う予定のショウは、カチュアがそれに乗りたいと言い出すのに困ってしまった。別に譲っても構わないが、なんとなく乗りたくない機体を押し付けるようであまり気が乗らなかったのだ。
そうは言っても、カチュアはこの手の機体が気に入ってしまったらしい。半ば強引に押し出されるように、ショウはνガンダムに乗り込んだ。
「準備はいいですか? 機体は良くなっていますが、今日の戦いも厳しいですよ?」
「だ、大丈夫だよ、たぶん」
「とりあえず、最初にシスに突っ込んでもらいますから。ショウとカチュアちゃんは、それを見てから行動してください。
僕とミンミは艦を守ります」
前までは切り札として温存されたバーサーカーシステムUの巨大な力の脈動が、先陣を切って敵軍に飛び出していく。本来は美しい軌跡を描くはずの光の翼も、どこか禍々しいイメージさえ感じさせた。
だが、それを余裕の表情で見ていられる状況ではない。牽制とは言え、ザンスカール本国への攻撃をラー・カイラム一隻だけで行うのである。最強の機体とニュータイプの軍団でもなければ生きて帰ることさえ不可能な作戦だった。
サイコミュを導入した新型機コンティオの一群が、シスに正面から遭遇した。それは一般兵士にも扱うことのできるように簡略化した優秀な量産型と、考えられる限りの性能を一つの機体に詰め込んだ怪物との違いを際立たせるだけの結果に終わった。瞬間的に壊滅するコンティオ隊を見せつけられ、ザンスカール首都防衛艦隊は慌ててモビルスーツを発進させていく。その直後に次々と艦艇が火を噴き、戦う間すら与えられずにモビルスーツは戦闘意志を放棄する。
「いい感じですよ……。ザンスカールのモビルスーツも捕獲したいですしね……」
敵艦隊は何隻いるのか分からないのである。V2ガンダムの勇姿を印象づけるためにも、まず最初に敵の精鋭部隊を叩きつぶしておく必要はあった。
いつものように景気よくペーネロペーを飛ばしていたクレアは、指揮範囲外に達するとけたたましくコックピットに鳴り響く警報に苛つくことになった。老技師ダイス・ロックリーの手によって設置された逸脱防止装置である。
「んーもぅ、あのハゲジジイ!武器を捨て兵士を封印すれば、それが平和だという考え方は間違っている!」
あとでケイに頼んで外してもらおうと考えながら、騒音を止めるためにコックピットに新しく付いた部品に目を配ると、脱出装置のようなボタンに気が付いた。
「確か、分離できるようにするとか言ってたよね……。このスピードでブーツアタックみたいなことをやったら面白いだろうな〜」
ペーネロペーのフライトユニットは、スピードも質量もVガンダムのパーツとは比較にならない。確かに敵はただではすまないだろうが、しかし熱核ギガブースターと引き替えにするつもりはない。
結局騒音に耐えながら飛び続けるクレアを遠くで眺めているラナロウ・シェイドも、さすがに唖然とするばかりだった。
「本気であんなもの動かしてるのかよ……」
「いつか敵と衝突するわよ、絶対」
レイチェルも内心呆れているようだった。シェイドは肩をすくめて、エネルギーがなくなったら帰って来るさ、と返しておいた。
「ま、カバーならいくらでもできるさ。X3はいい機体だ。Iフィールドもあるし、いざとなったらコアファイターがあるしな……」
弾を使い切ってきたクレアと入れ替わるように飛び出したシェイドは、巨大なビームサーベルで敵機を軽々と薙ぎ倒していく。その姿は全盛期の彼を彷彿とさせるものがあったが、レイチェルは言いようのない不安に襲われていた。
ラナロウ・シェイドは、Iフィールドなどという防御用の装備に期待をかけたり、コアファイターでの脱出を想定するような人間ではない。彼が撃墜される可能性を考える事態などありえないはずなのだ。
しかし、その状況は、確かにかつて一度だけあった。その瞬間に向かって時代を進んでいることを、レイチェルは改めて恐怖した。
「そろそろV2のエネルギーは尽きますよ。ショウ、カチュアちゃん、出てください!」
「よしっ!ショウ、νガンダム、出るよ!」
もうひとつの白い機体が宇宙に飛び立っていく。ガンダムという名を恐れ続けた宇宙の人たちにとって、次々に現れるガンダムタイプの機体は、その名と共に心の底からの恐怖を呼び起こすのだ。
「あの中……!」
「うん、いるよ!」
ショウとカチュアはそれだけを言うと、混乱した敵艦の間を縫ってコロニー内部に突入していく。
「ちょっと、なにをするんですか! カチュアちゃんまで!」
ユリウスは叫んでみるが、それで止まる二人ではない。コロニーの中に誰かいるんだよ、という返事を残して二人の姿は見えなくなってしまう。
「……そりゃ、無人コロニーじゃないんですから誰かいるのは確かですけどね。
困ったなぁ…… カチュアちゃんまで行っちゃうなんて、カイラスギリーが使えないじゃないですか……」
『ユーリィ、あなたショウ君が一人なら使うつもりだったんじゃないでしょうね?』
ミノフスキー粒子の濃い戦闘宙域であろうと、ニキとユリウスの回線が途切れることはない。思わずユリウスは息を呑んで、咽せ返りそうになってしまった。
「じ、冗談ですよ、ニキ先生」
慌てるユリウスの声を聞いて、マークたちの悪い影響だとニキは感じた。ユリウスは、ショウなら見捨てても惜しくはないと考える子ではない。ショウの力を認めて、信頼しすぎるあまり、どんな戦況に置かれてもショウは絶対に生還するという根拠のない目算を立ててしまうのだ。
根拠があるとすれば、これまでの数々の経験がそうかもしれない。だが、実体験を重視して理論を無視するのは指揮官として適当ではないはずだ。ユリウスはその間にある結論を探した。そして自分にはない感覚を持つ少女に、その任を託すことにした。
「シス、あなたが連絡の要です。ショウたちになにかあったり、脱出するのを感じたらすぐに言ってください」
「了解。今は、まだ大丈夫……」
それはそうですよ。もともと、放っておいてもいい場所だったんですから。
ユリウスの考えたとおり、ザンスカール内部での戦いは今のところ不利ではあるものの、リガ・ミリティアのパイロットはそれを打破して生還するはずなのだ。アムロやジュドーに勝るとも劣らない天才、ウッソ・エヴィンならば。
ア・バオア・クー、アクシズに続いて、ショウが敵国の中を飛ぶのはこれで三度目になる。そのいずれも、待ち受ける思念はショウの心に強烈なプレッシャーを与えていた。ア・バオア・クーは一年戦争最後の戦場である。その敵意の強さは強烈であったが、戦場であればそれは当然のことだ。アクシズで待っていたものはハマーン・カーンの恐るべき力であった。彼女の心に暗く澱んでいた悲しみ、孤独感……それはニュータイプの感性を貫き、あるべきではない力の源になっていた。
だが、ザンスカール帝国の人々の想念は、そのいずれとも違う、異質な感覚を呼び起こした。
ウッソの乗ってきたVガンダムの周りに群衆が集まっている。より正確には、その脇にあるギロチンの周りに。地球で見たとき、人はそれを恐怖し、嫌悪していた。だが、ザンスカールにすむ人たちは、それに熱狂してさえいる。
マリア・ピア・アーモニアの理想のためなら、これくらいは仕方がないと思っている人たち。
マリアの思想は正しいのだから、彼女が認めたギロチンの使用もまた正しいのだと信じている人たち。
純粋に、ギロチンで人の首が飛び跳ねる場面を楽しみにしている人たち。
誤った思想の元で生きるよりも、マリアの手による死の方がより祝福されたものなのだと確信している人たち……。
広場には様々な思念が飛び交っていた。だが、その全ては邪悪な善意という言葉に集約される。
「こんな……だから……!」
だから、あのときユリウスはカイラスギリーでこのコロニーを消滅させようと言い出したのだ。ショウ自身、その考えが頭に浮かぶことは止められなかった。
しかし、それはあくまで、人が死ぬときの感覚が流れ込んでくることがない人の発想である。その考えは間違っていることは疑いの余地はない。だが、それが目の前に広がる災いの帝国の存在を許す理由にはならなかった。目の前に立ちふさがるモビルスーツから感じる悪意は、これまでのいかなる敵からも感じたことのない混沌としたものだった。
ハマーン・カーンやシャア・アズナブルの、最も醜い部分だけを肥大化させたような汚れた思念。
ジェリドやシロッコよりも暗く澱んだ、不幸の原因を他人にしか求めない歪んだ思想。
敏感なニュータイプの少年は、カテジナ・ルースと遭遇しただけで吐き気すら催した。それはプレッシャーというより、生物が持つ防衛本能に近い。内蔵をぶちまけられた死体を見せられて、人間の体の中にはこれが詰まっているのだと言われても、それを直視できる人間はほとんどいないのと同じ事である。
「あなたはっ……!」
ショウは反射的にビームライフルを撃っていた。それを避けきれずに機体を損傷させたカテジナは、満たされない妄執をショウに向けて解き放った。
「また子供が…… 子供ばかりで、なにをしようって言うんだい!」
カチュアの乗るアビゴルも、カテジナに集中攻撃を加えていく。他にもザンスカールのモビルスーツは何機もいるのだが、ニュータイプの感覚が鋭敏になればなるほど、この敵だけは倒さなければならないという思いが沸き上がるのである。
「あなたは……人の不幸を吸い寄せて自分を不幸にしていく……! それを大きくして、他人に押し付けて、自分も相手も不幸にする!あなたは、あなたはいてはいけない人だ!」
ショウの意志が爆発し、フィン・ファンネルがリグ・シャッコーを包囲する。強力なニュータイプではないカテジナには、これは避けられないはずだった。
だが、それを止めるように、ウッソのVガンダムが飛び込んだ。
「やめて、カテジナさんは……!」
「ええい、あんたはッ!いつもいつも私の邪魔を!」
カテジナの動きに、ウッソに対する容赦はない。逆に、Vガンダムはフィン・ファンネルの軌道から外れるようにリグ・シャッコーを押し出していく。
「邪魔しないでっ!落とさないと、それは!」
「……こっちで、なんとかするから!早く脱出しよう!」
ウッソはビームシールドでカテジナの攻撃を防ぎながら、なんとか状況が変わることを祈った。しかし救い出したシャクティを乗せ、相手がカテジナでは全力で戦うことなどできるはずがなかった。ショウやカチュアがカテジナを許さないのは当然かもしれない。だが、カテジナがウッソに向けて狂乱じみた攻撃を仕掛けてくることは、ウッソにとっては悲劇である。
防げない攻撃というわけではない。だが、この場でカテジナを撃ちたくないと考えている者は、ウッソ一人しかいないのだから。
「ショウ達……来るわ…… 追われている……」
「よし、カイラスギリー発射準備!シス、目標設定!」
シスから連絡を受けた直後に、ユリウスは待ちに待った指示を出した。頭の中で何度もシミュレートを繰り返したはずの瞬間だったが、最後の詰めをシスにさせたことはユリウス自身も予想していない判断だった。
カイラスギリーほどの巨大なビーム砲ともなれば、発射までにはかなりの時間が必要とされる。発射を指示したときと実際に射撃が行われるときでは戦場の様子は様変わりしているはずで、それを予想しなければならなかった。また、その間に発射コース上にいる味方は待避しなければならない。このタイミングの取り方も難しいところだった。
それを、まだラー・カイラムのレーダーにショウたちの機影が映る前から、シスとショウの心の繋がりを頼りに実行できてしまう。もはやこれは超能力者に近い運用方法である。
マーク達も、戦場に数多く散らばる白旗を揚げた敵機の回収を急いでいた。それによって空いた空間に、まだ戦闘能力を有する敵艦が突入してくる。
「僕たちも帰還しますよ」
「了解……」
ユリウスたちはすでに多くの戦果をあげ、そして傷ついていた。
帰還するべきラー・カイラムすら、何発ものミサイルやビームストリングスを避けきれずに損傷を受けている。機体の回収が終わればすぐにも離脱したい状況だった。
「大佐、ショウさん達はどうするのでありますかっ!?」
「シス、発射コースは確認しましたね?」
「ええ……分かるわ、ショウたちなら……」
ショウたちが駆け抜ける宙域はカイラスギリーの射線を横切る位置にあった。全てを消滅させる奔流が宇宙を貫くイメージが子供たちの間に走る。そのとき、まだカテジナはウッソを追っていた。ビームライフルの光を避けながら、三機は絡み合うように戦場を逃げ回る。
「カテジナさんっ!どうしてあなたが!」
「あなたは邪魔なのよ、ウッソ……!あなたがいるから、私はこうしなければいけなくなったの!」
「そんな、カテジナさん……!」
ウッソの叫びは悲痛ですらあった。だが、そこにはアムロとララァ、カミーユとフォウのような心の繋がりはもはやないのだ。
ショウはνガンダムのスピードを落とさず、フィン・ファンネルをその場に残していく。自分の機体ではなく、カテジナのリグ・シャッコーを包むようにバリアーを展開させて挙動を制し、攻撃することなく間合いを離していく。
「落とさずに済ませる方法があるなら……!」
「イラつくのよ、その態度ッ!」
迂回しようとしても追いすがってくる障害物をビームサーベルで打ち払うと、カテジナはショウに憎悪の対象を変えた。
その意志を感じ取ると、ショウも後ろに向き直る。その目には失望の色が濃く浮かんでいた。
サイコフレームによって伝わるショウの意志はνガンダムをオーラで包み込み、ビームサーベルを叩きつけてリグ・シャッコーを押し飛ばす。一瞬だけコントロールを奪い、ショウは魂の命じるまま叫んだ。
「ユリウスっ!撃って!!」
「了解です!
目標カテジナ・ルース!ビッグキャノン、発射!!」
巨大な砲身に光が灯る。もはや待機するだけでも危険なほどに溜め込まれた莫大なエネルギーが、宇宙空間の虚空を満たしていく。
ソーラ・システムやコロニー落としの際に魂を震わせた恐怖感は、今はなかった。
リグ・シャッコーがあった位置を通り過ぎた光の束は、その背後にあったザンスカールの艦隊を次々に消滅させていく。それを見つめながら、カテジナは歯を噛みしめた。
νガンダムが機体を跳ね飛ばさず、その場に押しとどめていただけであったら。
その力を反発に使わず、機体を撃破する方に向けていたら。
すぐに機体を立て直してνガンダムに再度向かっていたら。
この結果でなければ、カテジナの肉も骨も宇宙空間に溶けていただろう。情動のままに動くことが己の破滅に繋がると知ったカテジナは、苛立ちを体内に循環させ、増幅させていった。
光の流れがショウたちとカテジナの間隔を広げさせていく。それは様々な神話に残る、生と死の境に流れる大河のように見えた。
その破壊の渦を見つめながら、ウッソの後ろに座るシャクティは涙していた。
「どうして…… どうして、こんな……」
何が起こっているのかも分からず、少女はただ泣くことしかできなかった。その涙の根元にあるのは、純粋な善意である。
だがその涙がもたらすものがさらなる破壊であるなら、シャクティの善意はカテジナの悪意よりも度し難い存在にしかならないのだ。
悪を撃つことはできても、よかれと思って行動している人間を責めるのは難しい。特に、それが年端もいかない少女であるならなおさらのことだ。だが、その偽善と矛盾の付けを払う瞬間は、今も刻一刻と近づいていた。
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