第三十三話 血の色の鈴と翼
〜鮮血は光の渦に〜
カイラスギリー攻防戦の後は、宇宙における戦いは小規模なものとなった。戦いの焦点は地球にその場を移し、地球ローラー作戦を巡る激戦が繰り広げられている。だが、マーク・ギルダー指揮する第二部隊は、その戦線に参加はしていない。ゼノン少将の第一部隊がクレアとレイチェルを連れ、地球に降り立っての戦いを演じていた。
多分に温情が介入した采配であることは、誰もが認識していた。マークとエリス、シェイドとレイチェル…… 特定の相手は今のところいないクレアも、昔の仲間たちとの時間を過ごすことができる。それは彼らに許された最後の休暇である。こんな措置が行われること自体が、その後にやってくる一瞬の重みを際立たせる結果にもなっていた。
しかし、子供たちにそのプレッシャーはない。いつものとおり、新しいモビルスーツの配置に頭を悩ませるユリウスがいるだけである。休暇をもらったぶん、特殊な機体が数多く誕生していたのだ。
今までバーサーカーシステムUの猛威を振るってきたV2ガンダムは、最終形態V2アサルトバスターへと姿を変えた。これは大出力の兵器を多数備えている代わりに扱いが難しいものになり、さらにこれ以上の開発は望めないために格納庫入りとなった。
ショウのνガンダムは、首尾良くヘビーウェポンシステム装備型になっている。実は、今回問題なく稼働するのはこれだけである。 カチュアが使っていたアビゴルからは、超遠距離攻撃が可能なザンネックが生み出された。そして、これとV2ガンダムの技術を合わせた新たな機体、ザンスパインが誕生していたのである。
ザンスパインの設計思想は、さながらザンスカールの思想そのものであり、戦争末期の異常な兵器体系の産物でもあった。
最強のニュータイプの乗った超高性能機を倒すための機体。
対象となるような高性能機が歴史上存在しなかったわけではない。サイコガンダムやクィン・マンサ、サザビーにνガンダム。この時代であればV2ガンダムだ。なにより“ブラック・ジェネレーションズ”はそんな戦士たちの集合体であるのだから、ザンスパインの存在は決して意味のないものではない。
だが、たとえばラフレシアやαアジールは一機で広域を制圧するべく作られたものだし、ZZガンダムやEx−Sガンダムは可能な限りの高性能を求めた結果でしかない。相手にニュータイプがいるから、相手がガンダムに乗っているから、という設計思想を持っている機体は、普通の人間が考え出すものではないのだ。
ザンスパインが象徴するものは、ザンスカール帝国がいかにガンダムを、ニュータイプを恐れ、その排除に力を注いでいたかという事実である。完成前に終戦を迎え、結局V2ガンダムとの戦いは行われなかったのであるが、仮に完成していたとしたらそのパイロットはシャクティ・カリンであっただろうという状況が、この機体が味方の手にあることへの安堵感をもたらしていた。
それに、カチュアが乗る。それに対するプレッシャーはカチュアにはない。むしろ、長い間機体の性能でシスが優遇され続けて、自分はいいものが回ってこなかったことに対する開放感で、無邪気に心躍らせていた。
そのシスが、今回特殊な機体を使うことになっている。ビルケナウから超巨大モビルアーマー、ドッゴーラができ……これはこれで特殊な機体であるため、ユリウスに敬遠されてお蔵入りとなり……ドッゴーラとスカルガンダムから、ドラゴンガンダムが完成したのだ。
ドラゴンガンダム。
いまだ未知なる時代「未来世紀」で活躍したと言われるモビルファイター。
ドッゴーラと他のモビルファイターからできあがるのは予想されたことだった。だが、今目の前にあるドラゴンガンダムは、以前見たときと何かが違う。シャイニングガンダム同様かつての強さは感じられず、開発予定経路にシャッフル・クラブという謎の名前が存在していた。
ハート、スペード、ダイヤ、クラブ、そしてジョーカーの紋章を体現する五機のモビルファイター。これらの機体の乗り手がいかなる人物なのか、現時点では想像さえできない。ただ、機体を揃えなければならない事だけは確かなので、ドラゴンガンダムは二機製造された。その一つにシスが乗ることは決まっているが、残る一機に誰が乗るかは予定されていない。モビルトレースシステムを扱うことができるような特殊な人物はそう多くはいないからだ。
「クレア中尉がいればやってもらうところなんですが……。カチュアちゃんはザンスパイン、ショウはνガンダム…… 僕はザンスカールの機体でも埋めましょうか……。となると……ミンミ?」
「なんでありますか?」
不意に声をかけられて、ユリウスは驚いて振り返った。ミンミは自分の食事をトレイに乗せ、きょとんとしている。
ここは食堂なのだ。周りに誰がいるのか気付かずに一人でぶつぶつ言っていたユリウスは、ばつが悪そうに鼻をこすった。
この状態で、なんでもないと言って帰してしまったらもっと格好が付かないので、ユリウスはミンミに話しかけてみた。もちろん無理だと言われるのは分かっていたのだが。
ところが、ミンミの返事は意外だった。
「自分は、こういうのに憧れていたのであります!」
かくしてモビルトレースシステムの特訓が始まった。シスと一緒に動けるようになるまでかなりの時間が必要だったが、普段のように即実戦というわけではない。その意味では、休暇は有効に活用されたと言って良かった。
しかし、訓練の様子をブリッジから眺めながら、ユリウスは考え込んでしまった。
「本当にこれでよかったんでしょうか……」
「あれ、どうしてさ?」
隣にいたショウが独り言に答えた。カチュアもミンミも新しい機体を喜んでいるし、ショウのνガンダムはそう簡単に落とされる機体ではない。
「まあ、機体だけ見たらそうですけど……」
νガンダムHWSは他に類を見ない鉄壁の防御力を持ち、豊富な武装を備えた要塞のような機体である。こういうものには、今までシスが乗ってきた。ショウがシスと同じ任務ができるかどうか……つまり、戦局を見極めるまで我慢して待機してくれるかどうか、ユリウスにはいまいち信頼ができない。
シスの乗る最強の機体が控えているから、前線で戦う二人が多少の無茶ができる。その人選は、いつもはショウとカチュアだが、今度はシスとミンミである。今まで援護を担当していた二人なのだが、しかしドラゴンガンダムでその任務は似つかわしくない。
高性能の一機で敵軍に押し入り、中核を粉砕してきたのはクレアかショウの活躍によるものだ。クレアは不在、ショウは守りに回ってもらわないといけない。任務に適している機体に乗っているのはカチュアである。一人で行かせるのはなんとなく不安だ。
つまり、いつもと同じ連携が取れないのである。それをどう打開するのか、ユリウスはいろいろ考えてみた。
「……まあ、例によって例のごとく、ですか……」
「え? どういうことなの、ユリウス?」
「君が頑張ってください、ということですよ。ショウ」
単機の頑張りで戦局に影響を与えられそうなのは、結局νガンダムとザンスパインだけだ。これらのサイコミュ搭載機と比べて明らかに見劣りするまでに、ドラゴンガンダムの力は落ちてしまっていたのである。
「本当に、騒がしい方がいないと、過ごしやすいこと……」
ネリィから渡されたコーヒーの香りが鼻腔をくすぐっていく。マリアは紅茶の方が好きなのだが、ネリィがいる艦ではコーヒー以外が運ばれることはない。
マーク・ギルダーが煙草の煙が嫌いなために全艦禁煙になっているが、愛煙家と同様に紅茶党は肩身が狭かった。
エリスにもコーヒーを渡すと、ネリィは呆れたように妙な機体ばかりになりましたわねとつぶやいた。何の気なしに言った台詞だが、聞いているエリスは簡単に受け取ることはできなかった。
「クレアやレイチェルがいないから、戦力が足りないのよ……。私が出られれば、こんな風には……」
「貴女は前に十分傷つきましたわ。もう同じ事をしなくてもいいでしょうに……。同じ結果になるのでしたら……」
その言葉は、より深くエリスを傷つけた。あの瞬間に起こったことが昨日のように思い出されていく。
「同じ結果なら、どれだけいいか……。私が……」
「エリスがもう一度やれば、代わりにショウ君たちが助かるって思ってるんでしょう……?
だったら、そういう考えは良くないわ……」
そうじゃないわ、とエリスは答えてみた。だが、それに説得力があるわけではない。そんなエリスを見ながら、マリアはそっと溜息を付いた。
「私ね……ときどき、ニュータイプじゃなくて良かったって思うことがあるの。あなたやクレアみたいに、相手のことが分かったりできないけど…… 誰かの悲しいことばかり感じ取るなら……それは不幸じゃないかって思うのよ……」
エリスは黙ったまま、考え込んだ。
ニュータイプの時代はここで終わるのだ。いや、新たな感覚を得た人類の革新が世界に新地平をもたらすという理想は、この時代に来る前に潰えていると言ってもいい。シャア・アズナブルもアムロ・レイも世界を変えることはできなかった。彼らの理想を受け継ぐ最後の戦士、ハサウェイ・ノアの抵抗も時代のうねりに逆らう力は持っていなかった。彼らの残したのは、かつて希望であったものの欠片と数多くの悲劇でしかなかったのである。
もしもニュータイプという存在が人類の未来の姿であるのなら、遠い未来においては全ての人が心で分かり合うことができるはずだ。だが、現実はそうではない。この時すでに、強力なニュータイプは減少傾向にあり、全く現れなくなる時代が訪れる。
ショウは、その向こうにニュータイプの真実が分かる時代が来るとララァ・スンに告げられたと言っていた。しかし……そこで告げられる真実もまた悲劇でしかなかったとしたら、ニュータイプとして生を受けた人は、いったいなんのためにそう生まれたのだろう。
未来に待つものは希望であって欲しいと、エリスは心から願った。それは自分自身の存在に繋がるものでもあるからだ。
黙ったままのエリスに、マリアは言葉を続けた。
「クレアやレイチェルが……ショウ君もカチュアちゃんもみんな倒れてしまって…… 最後に残ってみんなを看病するのは、きっと私なんだなって。そう思うのよ。私は……エリスみたいに、誰かを守るために戦う力は持っていないから……」
「そんなことにはさせないわ……絶対に……」
うつむいたまま、エリスはつぶやいた。しかし、どうすればその決意を実現できるのかは、エリスにも分からなかった。
「なら…… お願い、無茶はやめて……。あなたを見ているのも辛かったんだから……」
エリスは答えられなかった。どうしても、自分のどこかを犠牲にすることでしか戦うことはできなかったから。
「ごめんなさい……」
これが口癖になってしまったのは、いつの頃からだったろうか。戦いの中で、エリスは思い出せないほど口に出してきた。偽善的だという印象を持たれることがあることも知っている。だが、エリスは、その言葉を繰り返すことしかできなかった。
「それでも、いいんですのよ」
テーブルにクッキーの皿を置いて、ネリィはエリスの隣に座る。
「貴女がいるだけで奮い立つ人は一人ではないのですから。戦う人の帰りを待つだけでも、貴女は十分役に立っていますわよ」
ネリィの励ましもクッキーの甘味も、心を晴れさせてくれることはない。どこかで鈴の音が鳴るのを感じながら、エリスは悲しげに目を伏せた。
ザンスカール帝国の最終兵器エンジェル・ハイロウの建造宙域には途方もない数の艦艇が集結している。戦力を集中する間際のリガ・ミリティア、第一部隊が戻らない“ブラック・ジェネレーションズ”だけでは、正面から挑んでは一溜まりもないように見えた。
だが、マークの顔に悲壮感はない。
「敵は圧倒的有利な状況を頼みに、戦後を睨みながら行動している。つまり、首脳陣が権力争いに没頭し、手駒の消耗を恐れて本気で交戦しようと思っていない。ここに我々の勝機がある。
敵全軍が来たら対抗はできまいが、今攻め込んでくるのはタシロ・ヴァゴの配下だけだ。それも戦局が不利になれば後退する。だからこちらは最初の一撃を凌げばいい。だが、相手はリガ・ミリティアを叩いた手柄で、戦後の発言力を高めるために意気込んでかかってくる。十分注意してかかって欲しい」
「戦功に目がくらんでいるのでしたら、ガンダムは格好の目標になるでしょうね」
ユリウスの言葉には誰もが頷いた。現に、散開している自軍のそれぞれに敵部隊が向かっているが、明らかに“ブラック・ジェネレーションズ”の守るガチャベースに侵攻している敵が多い。
「散っている味方は集めた方がいいな。戦線が広がりすぎると全てをカバーできない。
今艦隊の数を減らすわけにはいかないからな……」
地球連邦軍を動かすことに成功したリガ・ミリティアは、決戦に向けて各地の部隊を集結させている最中である。ゼノン少将の部隊もまだ到着していない。なにより、最後の戦いが消耗戦となるのは必至である。
「ウッソ・エヴィンはどうなんでしょう?彼一人で守りきれるでしょうか?」
「ホワイトアークの速力では合流は難しいな。リーンホースJr.は最初から全力で逃げれば大丈夫だろうが……」
「大丈夫ですよ。あの艦にはジン・ジャハナムがいるでしょう?」
「彼は…… なるほどな」
リーンホースJr.にいるジン・ジャハナムは、名前を借りただけの影武者である。彼は、本物のジン・ジャハナム……ウッソの父親ハンゲルグのような果敢な抵抗などは考えず、一目散に逃げ出してくれるだろう。その方が戦力を集中できて助かるのだ。
「数が少ないぶん、取れる戦術には限りがある。ガーダーも含めた防衛戦になるな。
では、総員第一戦闘配備!モビルスーツ隊、順次出撃!」
パイロットが駆けだしていった後、マークはふと懸念を思い出して目を閉じた。その思考を刺激する気配が、宇宙の向こうにあった。人々を恐れおののかせる鈴の音は、戦場のどこかから響いてくる。
「鈴の音は遠いな…… ということは、正面には来ていない……」
死刑執行人の鈴の音も、マークにとってはファラ・グリフォンの所在を知らせる合図にすぎなかった。たとえ戦う力を失っていても、死神に怯える“戦場の魔王”ではない。
「ザンネックはどのあたりにいるんだ?」
「ホワイトアークに向かっています。付近にシノーペが三隻います。大丈夫でしょうか?」
「……まず、無理だな。V2だけでは……いかんな……」
クレアがいればな。今頃はもうホワイトアークに到着していても不思議ではない。だが、今はあいつに頼れない。
カチュアのザンスパインを行かせて、空いた穴はレイチェルに埋めてもらって……
ここまで考えると、マークは自分の考えに苦笑せざるを得なかった。他に思いつくのはシェイドやジュナスたち、かつての最強のパイロットの勇姿ばかりだ。ニュータイプが一人で戦局をひっくり返すことしか頭にない。
だが、事実手持ちの戦力に余力はないのだ。艦内に残っている顔ぶれにも、モビルスーツを操れそうな人物は思い当たらない。
「また、ショウに行ってもらうことになるか……」
艦の損害がどの程度になるか考えながら、マークは厳しい表情で通信を入れた。
「ショウを別戦線へ回すんですか!? 無理ですよ、こっちが戦えない!」
『だが、ホワイトアークの戦力では落とされるぞ。10機以上のモビルスーツが同時に向かってきたら、サイコミュのないV2では艦を守りきれまい』
もう敵機は目の前にいるのだ。ユリウスは頭を抱える時間も、戦力の少なさを嘆く暇もなかった。一瞬で閃いた選択に戦場の運命を委ねることを、ユリウスは日課のように行った。
「……カチュアちゃん、行ってください!」
「えっ、私なのぉ?」
『一人でか?』
「ザンスパインの方が向いているんです!νガンダムはどうしても手放せない!」
だが、ユリウスはこの思考に恐怖していた。モビルスーツの性能だけで戦力分析をしている。性格や実力を考えれば、マークの言うとおりショウの方が適任なのは明らかなのだ。この選択の結果、もしカチュアが戦死したらと考えると、操縦桿を握る手の震えが止まらなくなっていく。そのことはニュータイプたちにはありありと感じ取れた。
「ユリウス……大丈夫なのぉ?」
「僕は大丈夫ですから…… カチュアちゃん、早く行ってください! その方が早く帰って来れます!」
その語気に圧されて、カチュアは隊列から離れる方に機体を向けた。明るかった表情に真剣さが映し出されていた。
「どっちに行けばいいの?」
『鈴の音がする方だ…… 近づくときは注意してな』
「うん、分かったよ!」
飛び去るカチュアの姿を見送ることもなく、ユリウスは敵の布陣を確かめた。今回も、やはりビームストリングスの大群を相手にしなければならない。
「ここでザンスパインに戦線を切り開いてもらう予定だったんですが……」
ショウのνガンダムは最後まで温存しなければならない。ドラゴンガンダムはいきなり前線に出せない。
「そうなると、僕ですか……。
……コンティオだっていい機体ですよ。少なくとも、敵はそう思っているんです」
静かに深呼吸をすると、戦場の第一撃となるビームライフルを撃ち放つ。ラー・カイラムの援護射撃がそれに続いた。
すぐにザンスカールの反撃が始まる。放火の中のユリウスはあえて回避せず、ビームシールドでひとつひとつ破壊の光を受け止めていく。避ければそれに合わせて敵も動くが、こうすれば少しは敵の動きが止まる。
戦場のタイミングを誰かに作ってもらって、それを助ける。ユリウスやショウが慣れない仕事に戸惑う中、ミンミの役割は普段と同じだった。
モビルトレースシステムという特異なコックピットの中で、ミンミは手にした武器を振り上げた。
「てやぁーっ!」
槍のような切っ先を持つ旗は、ビームサーベルの外側から攻撃できるだけの長さを持っている。そこはビームストリングスの反撃が予想される距離でもあるが、ミンミは迷わず突撃した。
計器ではなく目で間合いを測り、普段は軽くスイッチを押す場面で全力で腕を振り下ろす。装甲の固さが手に伝わり、それを引き裂く手応えが体を震えさせる。
自分は敵を壊している、その手応えである。スイッチを押し、爆発する映像を見るだけの戦争では感じることのなかった嫌な感触。
全ての機体にこの操縦デバイスが導入された時代では、人類はついに戦争をやめてしまったという。ユリウスはそれを笑い話だと取り合わなかったが、ミンミは分かるような気がした。
しかし、今は戦争をしているのだ。手の感覚に震えていたミンミの周りにビームストリングスが張り巡らされる。
モビルトレースシステムの恐怖の一端がここにある。機体の損傷を、搭乗者自身への痛覚で感知させる機能……ミンミには誰が考案したのか知る由もないが、少なくともこれだけは正気の沙汰とは言い難い。
「ミンミちゃん……! 危ないっ!」
フィン・ファンネルが後方から駆けつけて、ミンミの前にいた一機を吹き飛ばす。その後ろでビームライフルを向けていた敵に、ミンミは反射的に右手を向ける。
「どっ……ドラゴン、ファイヤーっ!!」
怯え、震えた声に、かすかに残った闘志を乗せる。宇宙空間に灼熱の龍が飛翔し、驚くリグ・シャッコーの装甲を焼いていく。そのまま勢いづいて前に出ようとするショウを、ユリウスの声が止めた。
「ショウ、ファンネルは使わないでください!」
「なんでさ! 今の、あぶなかっただろ!」
「後で使ってください…… それから! カチュアちゃんが危なくなっても、絶対に一人で行かないでくださいよ!」
その言葉と、口調の強さに、ショウは反発さえ抱いた。無理にとげとげしい態度を取っているように思えたのだ。
「ユリウスっ、ちょっと……!」
「この敵にサイコミュを使う必要はないです…… あなたが抜けたら、みんなの帰るところが……!」
独り言のように答えながら、ユリウスはショットクローを飛ばした。ファンネル同様遠隔攻撃をする武器だが、意志の伴わない自動操縦である。それでも牽制にはなり、命中もする。優秀なニュータイプパイロットが常に敵陣営にいた時代は、もう過去のものなのだ。
「ユリウス……」
焦っているのがはっきりと分かった。戦場全体を見渡して考える時間が少しでも欲しい。そのために回避をなげうってビームシールドで防ぎ、ショットクローに攻撃を任せる。めまぐるしく次の一手を求めて頭を動かしていく小さな天才は、次々と自分の手持ちの駒が動かせなくなるのに苛立ちを感じていた。
「ショウ…… 頼むから、助けに来ないで…… 動かないでください……!」
普段のしゃべり方が命令口調のユリウスが、懇願するような疲れた声を出した。
ただ、シスは正確に動いている。ショットクローの動きと挟み撃ちをするように敵を追いつめ、槍で貫いていく。その機体が金色の輝きを帯びると共に、戦場の視線は中央に留まるユリウスから、圧倒的な勢いを示すシスのドラゴンガンダムに移っていた。
スーパーモードに達したまま、シスは必殺技を出さずに戦い続ける。それを確認して、ユリウスはわずかに安心したような表情を見せた。ショットクローの動きをシスから遠ざけ、ミンミの援護に向かわせる。
その時、ミンミは文字通りの格闘戦をしていた。ビームストリングスをかいくぐり、至近距離に飛び込むと、相手がビームサーベルを抜く暇も与えずに攻撃する。最も単純で、それでいて常識では考えつかない行動……素手で殴りかかるドラゴンガンダムの姿は、少なからず敵に動揺を与えた。次の衝撃は、そのダメージである。
ミンミも迷わずに攻撃しているわけではない。体で戦場を感じるモビルトレースシステムにも、嘘が混じっていると分かったからだ。モビルスーツの装甲を殴ったときの痛みは、今、手に感じているようなものではないだろうから。
格闘戦をしているリグ・シャッコーの背中にショットクローが突き刺さる。その隙を見逃すわけには行かないのだ。たとえ何を考えているときでも、今は戦争なのだから。
「これも、世界平和と、正義のためなのであります!」
迷いを吹き飛ばすように、叫ぶ。拳を突き出す。装甲が破れ、リグ・シャッコーが炎を噴き出していく。
「ミンミ、シス、今です! 敵の旗艦に!」
ユリウスの声が届くまで、自分がスーパーモードに達していたことにさえ気付かなかった。コンティオとラー・カイラムが号砲のように、敵艦シュバッテンにメガ粒子砲を放つ。黄金に輝く二機のドラゴンガンダムは、その身を剣に変えて突撃した。
一瞬の奇跡が終わると、二人は精根尽き果てたように輝きを失ってしまう。旗艦が大損害を受けて撤退したザンスカール軍は一瞬指揮を失ったが、そうなることをあらかじめ知っていたユリウスはすぐに撤退の指令を出した。
「ショウ、後は頼みます…… フルアーマーシステムは壊されてもいいですから、突破だけはされないでください」
「ユリウス……」
何と言いかければいいのか分からないまま、ショウはそのままを返事にした。
「後は、任せてよ」
ユリウスが微笑んだ気がした。勝機を引き寄せたという達成感が、そこに込められていた。
V2ガンダムは苦戦していた。ザンネックとファラ・グリフォンの戦闘能力だけならば、どうにかできただろう。シノーペから発進してくるモビルスーツを順に落としていくことも、ウッソ・エヴィンならたやすいことである。だが、その両者が同時に集まってきていたのだ。
ファラほどの力量を持つ強化人間は、この時代には彼女一人がいるだけである。ザンネックを止めることができるのもウッソしかいない。ホワイトアークの周りに群がるゾロアットは、艦を守るモビルスーツ隊の3倍の数で押し寄せていた。
「来るなら、僕のところへ来いっ……!」
ザンネックの砲撃を回避しながら、なんとかゾロアットの注意も引きつけようと近づいていく。だが、V2とホワイトアークを同時にザンネックに狙われるような位置に行くことはできない。焦るばかりの戦況の中、ウッソは何かが戦場を横切るのに気がついた。
漂うように戦場を流れる小さな物体は、モビルスーツの装甲の破片か、そうでなければ手から離れたビームサーベルのように見えた。シノーペのうちの一隻は、すぐ近くを通過する軌道を取る物体に視線こそ向けたが、対処を考えることはなかった。ミサイルが命中するほど大きくはないし、激突するわけでもなかったからだ。そして、その物体が突如ビームサーベルのように光を放った。
「えっ……?」
「何だってぇ……!?」
三隻のシノーペが次々に爆発するのを見たウッソとファラは、その武器の威力に息を呑んだ。
ビットやファンネルと呼ばれるニュータイプ用の武器が、かつて戦場の王者であったことは、知識として二人も知っていた。だが、それの開発・研究を続けるほどには、ニュータイプや強化人間は少なすぎたのだ。
今や伝説の武器となってしまった物の、亜流の兵器。ファラ・グリフォンは、それが鈴の音に引かれてきた新しいモビルスーツに帰還する姿を認めて、唇の端をゆがめた。
「敵なのか……! どっちだ……!」
紅紫の機体色と、猫のような目はザンスカール系モビルスーツ特有のものだ。だがザンスパインの中にいるカチュアのイメージは、ウッソには敵という認識は与えなかった。
「アハハハハハッ! どうだいあの翼は! まるでギロチンの血の色じゃないか!」
ファラは笑った。もう一人のザンスパインのパイロット候補として彼女が数えられる理由が、まさにこの一点にある。
ザンネックキャノンの砲身をV2からザンスパインに向け直し、天空の高みから地表を射抜く巨大な光を解き放つ。まだ、赤く輝く光の翼の中心にしか見えないザンスパインは、螺旋を描くように横にずれてビームを回避する。
「綺麗だねぇ、それでこそギロチンの翼だよ! さぁ、おいで! 血の色の翼で、相手の首を切り落としに!」
だが、二人に接近するカチュアは、ファラの勢いにあっけにとられるばかりであった。
「……なに言ってるのかな、あの人?」
ファラ・グリフォンをそうしてしまった狂気の根元など、幼いカチュアが知る由もない。ただ、手強い敵パイロットだと聞いているだけなのだから。
カチュアは、やはりいつものように、ぎりぎりの間合いからビームライフルで牽制した。ザンネックキャノンを封じるために接近戦を挑んだウッソと比べて、まだザンネックからの距離がある。
赤い光の翼が、舞姫のように宇宙に踊る。ウッソは純粋に、それに美しさを見いだしたが、ファラは手の届かない距離から軽い攻撃を続けるカチュアに苛立ち、怒りを走らせた。
「ギロチンって言うのは、人の首を切るものだろう!」
何度も放たれるザンネックキャノンは、全て回避されるか、ビームシールドと光の翼で防ぎきられてしまう。逆に何でもないビームライフルの射撃が、苛立つファラの機体を少しずつ磨り減らしていく。そして再び、あの武器がザンスパインから放たれた。
ティンクル・ビット。移動するビーム砲であるビットやファンネルとは対照的に、自在に空間を乱れ飛ぶビームサーベル。
「アハハハハハハ……! いいねえ、こいつもギロチンかい!」
ファラは昂揚したが、ザンネックの周囲に浮かぶものは狂気の妄想が生んだ幻影ではない。ビーム砲は一瞬だけ回避すればいいが、ビームサーベルは振られる軌道全てが危険地帯である。それが4本同時に舞い踊るのだ。
これが格闘戦なら敵機を斬れば片が付く。しかしティンクル・ビットはモビルスーツよりはるかに小さく、それを操るザンスパインははるか彼方で螺旋軌道の回避に徹しているのだ。射撃で撃ち落とすにしても、ビームシールドと光の翼の防御、そしてニュータイプの回避能力の前では容易なことではない。
これこそが対ニュータイプ、対ガンダムへの必勝の策であった。ウッソにはそれを操るカチュアが、紅紫の舞姫にすら見えた。
じりじりと削るように、ティンクル・ビットの切っ先がザンネックを傷つけていく。一度として直撃を受けたという手応えのないままファラの機体は警報を発していく。
「違うだろう、ギロチンってものはさぁ! そういうのじゃないだろ!」
狂気のオーラを浮かべて、ファラはザンネックをザンスパインに向けて突撃させる。光の翼が、初めてファラに正対した。
ティンクル・ビットが4つ揃ってザンネックの正面に並び、一斉に切り裂いていく。それを押し通って、ファラはザンスパインの翼の射程範囲まで到達した。
「さぁ、見せてごらん! あんたのギロチンをさぁ!」
「さっきから、おばさん何言ってるの? 私、ギロチンなんて嫌いだよ」
幼い声がファラの耳朶を打った。虚飾の全くない言葉が、狂気と妄想に冒された思考を溶かしていく。
嘘だろう。こいつはギロチンの機体じゃないのかい。あんたはそれを知らないで乗っていたのかい。お笑いだ。こんなお嬢ちゃんに。何も知らないお嬢ちゃんに。
ザンネックは光の翼に飛び込み、自殺とも思える格好で真っ二つになった。それは首を落とされたのではないし、ファラ自身の肉体は完全に蒸発していた。
エンジェル・ハイロウを巡る最後の決戦のために、地球から艦隊が上がってくる。ゼノン・ティーゲル率いる部隊と合流したマーク達は、宇宙の暗闇に浮かぶ金色のリングを感慨深げに見つめていた。
「帰ってきたな、この時に……」
「確固たる勝算があるのでしたら、思い出に浸るのも悪くないですけどね」
ニキの視線はまだ和らいでいない。結局ここに来るまでに、エンジェル・ハイロウの影響を中和する手段は見つかることはなかったのである。エリスもマークも一言も発することのないまま、かつて自分たちを破滅に追いやった、愛と平和の力を思い出していた。
「カイラスギリー建造の予算はなかったんですか?あれならサイコウェーブの有効距離の外から叩くことができます」
「私はそこまで考えてはおらんよ。作戦は正攻法で行く。戦力は決して前回に劣ってはおらん」
ゼノンは諭すようにユリウスに答えたが、その作戦に成算があるかどうかは答えなかった。
沈黙が続くばかりの会議から退出したマークとエリスは、廊下を流れながら肩に手を回した。
「ここで終わってしまうのかしら……。それとも、まだ戦いが続くのかしら……」
「続くさ……そしてそこに行くんだ。俺たち全員でな」
マークは、エリスを抱く手に力を込めた。それが愛の所産であることは疑うべくもない…… ならば二人の力を奪ったエンジェル・ハイロウの光が、愛と平和を願って放たれたものだということは、あまりにも皮肉な事実である。
だが、天使の輪の中心で祈るシャクティには、二人の……“ブラック・ジェネレーションズ”の抱く思いは、まだ想像すらできないことだった。
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