第三十八話 乙女の友情!? 熱闘、クレアとアレンビー!!
〜決勝開幕! ガンダムファイター大集合〜
ガンダムファイトが開催される年は、ふたつの時期に大きく分かれている。
前半が一年の大部分を占めている。サバイバルイレブンと呼ばれる、11ヶ月もの長期間に渡っての生き残り戦である。これは敗北していなければそれでいいという単純なルールであり、戦績が百勝一敗であろうと失格になってしまう。勝利数を競う必要はないため、ドモン達のように協同して修行に励むこともルール違反ではない。
逆に言えば逃げ回っていても通過できてしまうのであるが、そんな根性では本戦が始まったとたんにやられてしまうだろう。
このサバイバルイレブンを見事生き残ったファイターだけが、ネオホンコンで行われる決勝大会へと駒を進めることができる。それはこの一年を締めくくる最後の一ヶ月にふさわしい、熱気に満ちたお祭りのような時間であった。
世界中から、さらには宇宙に浮かぶコロニーからも観光客が押し寄せて、そこから得られる収益だけでも為政者としては笑いが止まらない金額である。さらに全地球圏の注目を集めるガンダムファイトの独占放映権、高騰を極めた大会会場への入場券……それらを合わせた総収入は、まさにガンダムファイト優勝国への賞金と言って差し支えのないものであった。
「どうして最初からネオホンコンでやらないんでしょうね?」
ユリウスの疑問は経済的見地からだけではない。
決勝大会の会場は、それを観戦する一般客が入るのである。当然ながら、ガンダムファイターたちの攻撃が客席に誤爆する危険を防ぐため、試合場は強力なバリア・フィールドによって守られていた。ガンダムファイトは何度も開催されているが、バリアーが正常に動作していた場合は、いかにガンダムファイターの必殺技が常軌を逸した破壊力を出そうと観客に被害が及んだことはない。
そんな強力なバリアーがあるのなら、ガンダムファイトの日程全てをネオホンコンか、もしくはバリアーで区切られた競技場でも作って開催していれば、地球上の都市が次々に廃墟になることはなかったはずだ。
政治家のすることは俺には分からんよ、とマークは答えておいた。明確な理由が彼にも思いつかなかったからだ。
リーンホースJr.がたたずむネオホンコン旧市街は、そんな世界各地に広がる廃墟のひとつであった。ガンダムファイトに熱狂している新市街とは、同じ国の一部とは思えないほどに荒廃していた。すでに住む人もなく、打ち捨てられた建物のほとんどは倒壊しかけている。それはガンダムファイターの剛拳によるものではなく、老朽化を放置した末路である。世界中から観光客が集まる中に宇宙戦艦が行くのもまずいだろうという配慮でこの場所に停泊したのだが、この旧市街地の荒れ果てようでは、ここで戦闘を行うことさえ文句を言われそうにない。野営地設営と称してガチャベースまで構えてしまったが、それでクレームのひとつも来ていないのだ。
「ねぇー、こんなとこいてもしょうがないよー。街に遊びに行こうよー?」
子供たちは、お祭り騒ぎの新市街を眺めて羨ましそうにしていた。大人でもこんな風景ばかり見ていれば気が滅入ってしまう。
「そうだな、もう戦いらしい戦いはしないからな。直に観戦するのも悪くはないだろう」
ギアナ高地でデビルガンダムを撃破した今、“ブラック・ジェネレーションズ”に残った仕事はドモン・カッシュの優勝を見届けることぐらいしか残っていない。それなら、戦艦の中で実況放送を受信するのも、観客席で見るのも変わりはない。決勝大会が終わるまでの一ヶ月間の休暇をもらったようなものだった。
張りつめていた気を緩めて、賑わう市街に向かう“ブラック・ジェネレーションズ”は、まだデビルガンダムが完全に消滅していないとは知る由もなかったのである。
事前の航海予定では記録の必要なしと判断された戦いを見て、ショウたちはもう一度驚くことになった。
ドモンたちシャッフルの称号を受け継ぐ戦士達は、未来世紀でもトップレベルの強豪であり、宇宙世紀で言えばアムロやカミーユと同じ位置を占めるものだと考えていたのだが、それは認識不足だった。決勝大会に集結したファイターたちの多くはドモンたちと同等以上の実力を持っていたのである。シャッフル同盟の戦士達は勝ち進んではいるものの、それも決して楽勝ではない。最近でも、まだ無名のガンダムファイターに、シャッフルの戦士たちの中でも最高のパワーを持つボルトガンダムのアルゴが大敗を喫しているのだ。
「ゼウスガンダムは惜しいですね。あれはかなり有力な戦力になるでしょうに……。スカルガンダムと、ギリシャ神話関係でできないものでしょうか……そうだ、オデュッセウス・ガンダムでいけると思いませんか?」
「あ、それいいかも。それよりマタドールガンダムだよ〜。スカルガンダムと牛……牛ねぇ…… う〜ん、あったっけそんなの?」
「さすがに、あれ以外に牛はないでしょう」
彼らにしか分からない会話をしながら、観光客で賑わう町中を歩いていく。ネオホンコンはガンダムファイトというイベントだけでなく、土産物屋や食品街を回っているだけでも、何日も飽きない魅力を持った都市だった。
露店で買ったアイスクリームを舐めながら歩いていくと、ゲームのBGMが聞こえてきた。人気の新作ゲームのポスターを壁一面に張り出した店を見て、子供たちは顔をほころばせる。
「ねえ、ゲームセンター行こうよ〜★」
「うんうん。けっこう大きいし、相手もいそうだしね。
見せてもらおうか、ネオホンコンのゲーマーの実力とやらを!」
旅先での一期一会の勝負は、対戦ゲーマーにとって至高の瞬間である。クレアは大喜びで店内に駆けだしていった。だが、その後ろにいる人物の気配を、休暇で気が緩んでいるニュータイプたちは察知できなかった。
「フッ……ゲーセンか」
ドモン・カッシュがレインを引き連れ、気晴らしのために街を散策していた。ガンダムファイターと言えど、試合がない日は自由時間である。
「フン、ドモンの奴め。試合のない日にどんな修行をしておるかと思って見に来ればこの始末。
同じシャッフル同盟の仲間、アルゴ・ガルスキーが敗北しておるというのに、修行もせずにこんなところをうろつきおって……!」
店の中に消えたドモンの背中を睨み、東方不敗の目が妖しく輝いた。
宇宙戦艦が巡航形態から変形し、巨大なビームを宇宙空間に吐き出した。そして艦の前面に配備された反射レーザーが、二条のビームの間を交差するように駆け抜けていく。レイチェルの操る宇宙戦闘機は、反射レーザーの飛び交う狭い隙間をすり抜け、戦艦に攻撃を加えていた。
それは現実の戦争ではなく、シューティングゲームの名作のひとつである。
戦争を体験した者は誰でも、ゲームと現実の戦争は大違いだと言う。確かにそうだ。宇宙世紀の戦争をくぐり抜けてきたショウも、このゲームをクリアすることは簡単にできそうではない。
しかしレイチェルは慎重に、微調整とも表現できる動きで反射レーザーを回避していく。
「レイチェルさん、上手なんだ……」
「これ、最初からパターンが決まってるから。実際やるのはけっこう難しいんだけどね」
確かに、レイチェルの心から感じ取れるものは臨機応変の反応というよりも、決められた順路を繰り返す冷静さである。ショウは感嘆すると同時に、とりあえずこのゲームに挑戦するのはやめようと思った。
殺伐としたシューティングゲームのコーナーから移動すると、エリスがクイズゲームを楽しんでいるところを見つけた。白くて丸っこいマスコットのような動物を育てていくという設定のゲームで、これも根強い人気があった。そしてエリスがやっているところをよく見てみると、ショウは先に続いて驚くことになった。問題文が1,2文字表示された瞬間にエリスは正解を選んでしまうのである。
「な、なんで分かるの?」
当てずっぽうでやっているのではない。エリスの正答率はゲーム開始から100%を保持したままだった。もちろんニュータイプの感覚で機械相手のクイズの答えが分かるわけでもない。
「こういうのは、問題と答えを覚えちゃうのよ。あとはどれだけ早く、正確にできるか、ね」
エリスは楽しそうに微笑むが……いつも悲しそうにしているエリスがこんな顔をするのは非常に珍しいことなのだが、しかしショウは呆然とクイズコーナーを後にした。どうも初心者ができそうな雰囲気ではないようだ。
ミンミが遊んでいるのはファンタジー風のアクションゲームである。左右から大量の敵が押し寄せ、主人公は左右に交互にナイフを投げつけて耐え凌いでいる。その間にも、制限時間は刻一刻と少なくなっていた。
「大丈夫なの、これって?」
「あ、いいのでありますよ。もう少し進めば時間が補充されるのであります」
全くかまわないという感じでミンミは答え、最後の十数秒まで敵を倒して得点を稼いでから前進する。カウントダウンの警報が響く中、定められた地点を通過すると制限時間は余裕のある数字に戻っていた。
「……これもやりこまないとダメなゲーム?」
「はい、ゲームとは死んで覚えるものであります」
そんなのお小遣いがないとできないよ、とショウは肩を落とした。店内をぐるっと一周して入り口の近くに戻ってくると、UFOキャッチャーの前でユリウスが難しい顔をしている。隣でカチュアがぬいぐるみをいくつも抱えていた。エリスが遊んでいたクイズゲームのマスコットキャラはグッズの人気も高い。特にUFOキャッチャーでしか取れないぬいぐるみは、なかなか手に入らないだけに羨望の的であった。
「これ全部ユリウスが取ったんだ?」
「ええ、ここはアームの力が強いですから狙って取れます。ところでショウ、お金貸してくれませんか?」
「えっ?」
「そこの、でぶ福を取ってしまえば、ちび福を取るのは簡単なんですが……。向こう側のちび福はへいたい福が邪魔ですし……。
あと一回ぶんしかないんですよ。なんとか、へいたい福とちび福を同時に取れないか考えていたんですが……」
カチュアの視線がある前で失敗は許されない。ユリウスは頭を捻って解法を模索していた。
「ショウ、やってくれる?」
「無理だよ、やったことないから……」
何か後ろめたくなってしまって、ショウは人混みに隠れるようにカチュアから離れていった。大勢の人の輪に入ってみると、格闘ゲームで戦っているクレアの姿が見えた。
モビルトレースシステムを応用して、プレイヤーの動きに合わせてゲームの中の格闘家が攻撃を繰り出していく。ゲームの腕前以上に運動神経が必要なために、連勝を続けるのは容易なことではない。しかし、今クレアと勝負している相手は10戦以上も戦い続けて、なお軽快な動きを続けている。
その勝ち星のいくつかはクレアが献上したものだ。相手が何を狙っているかほとんど読みとれるし、ギアナ高地でドモンに殴りかかられたときのような恐怖感もない。現実に殴り合うわけではないし、ガンダムに使っているモビルトレースシステムに比べれば、衝撃も痛みも軽いものだからだ。
だが、それでも攻撃を受ける手に鋭い衝撃が走る。連続攻撃の速さは避けきれないこともたびたび起こっている。なにより戦い続けたことで疲労し、クレア自身の動きには勢いがなくなってきていた。
「そこっ、来るっ……!ああ、もうっ!」
攻撃を受ける前から苛立った声をあげて、相手の攻撃を受けきれずにがくっと膝をつく。
「もうちょっとで勝てたのになー。今のハメだよー?」
言葉では非難しているものの、クレアの表情は明るく笑っていた。
「ハメは抜ければハメじゃないんだよー。ハメられる方が悪いんだってば」
対戦相手がゲーム用のヘルメットを外すと、クレアと同じくらいの少女の顔が現れた。周りで見ていたギャラリーの間から感嘆の息が漏れる。その少女の主張も、ともすれば喧嘩の発端になるようなものであったが、クレアは逆に笑みを返した。
「よぉし、そうでなくっちゃ!さ、もう一回行こう!」
「疲れてきてない?大丈夫ぅ?」
クレアは少し考えて、さすがに体が動かなくなってきているのを認めることにした。
「そうだね。ちょっとジュース買ってくるよ」
「あ、アタシのもお願いねっ!」
クレアから放られた缶ジュースの蓋を開け、水色の髪の少女は一気に流し込んでいく。
「すごいね、アタシとずっとやってて、攻撃ほとんど読み切ってなかった?」
「やっぱり根本的に体力が違うとねー?でも、ドモンより連携は上手いと思うよ」
「ドモン……?ドモン・カッシュと戦ったことあるの?」
クレアはもともと宇宙世紀から来たのだから、目の前の少女とは当然初対面のはずだ。まるで10年来の親友のように語らう二人に、ショウもエリスたちもあっけにとられて見ていた。やっぱりこっちの人と気が合うのかしらねぇ、とレイチェルが愚痴めいたつぶやきを漏らす。
「ああ、だが今はもう負ける要素はない」
肩を抱き合って笑う二人の前に、言われていた本人が姿を現した。観衆の中に身をやつし、順番が来るのを待っていたドモンは自信満々に歩み出る。
「……プロはお断りかい?」
観客の中から、ガンダムファイターだ、全勝宣言をした奴だと噂が走る。
「いいよ、アタシは」
水色の髪の少女は気軽に答えると、再びヘルメットをかぶっていく。
「本気で行くからねー!」
「……ずいぶんと舐められたもんだ……!」
ドモンは自分の強さに自信があるだけに、物怖じしない少女の態度にプライドを傷つけられた思いだった。だが、試合が始まった瞬間にそんな気持ちは吹き飛ばされた。少女の鋭い攻撃を回避するために、今やシャッフルの紋章を受け継いだガンダムファイターが真剣にさせられたのだ。
最も、水色の髪の少女も驚きは変わらない。完全に行動を先読みしてきたクレアとは違う、自分と同等のスピードを持っているのだ。
「ウソっ……今のハメ技なのに!?」
常人はそもそも回避不可能、クレアのようにゲームを熟知していて行動を読めても対処は難しい。だがガンダムファイターの運動能力は、そんな常識などものともしない。
「少しは本気を出さないと駄目だって事か……!」
ゲームの知識のないドモンは、逆に知識に縛られることなく、己の力を自由に発揮していった。ギアナ高地でシュバルツと修行をし、明鏡止水に目覚めた戦士の攻撃を、相手の少女は嬉しそうに受け止めていく。
「やるな……!」
「こいつ、できるっ……!」
少女は自分と同等の運動能力を持つ相手の存在に歓喜し、ドモンも相手への敵意を忘れて攻防の楽しさに没頭した。
ゲームセンター中の視線を集め、歓声と応援の中で二人は戦い続けた。それはもはや、ガンダムファイター同士の拳の語らいそのものである。
だが、戦いに熱中する二人は気付かなかった。ガンダムファイターが拳の語らいをするためには、それなりに頑丈な機械でなくてはならないのだ。真人間相手のゲームセンターの筐体から煙が上がり始めたのは、当然といえば当然であった。
「逃げろ───っ!!」
突然店内から爆音が上がり、次の瞬間ドモンと女の子が二人、凄まじい速さで逃走する。唐突な爆破に驚いたこともあって、あまりの勢いに東方不敗も止められなかった。
そして、次に店から非難してきたのは入り口の近くにいたショウだった。
「おぬしは……!大丈夫か?何をしておったんじゃ、あのアホは」
「えっ……おじいちゃん?」
ドモン達が逃げた方向を眺めていた東方不敗は、ドモンを追うよりも偶然の再会を楽しむことにした。
「おじいちゃん、どうしてこんな所に……?」
「いやな、ドモンの奴が歩いておるのを見かけたので、少し驚かせてやろうと後をつけてみたのじゃが……。
まさかこのワシがゲームセンターなぞに入っていくわけにもいかんのでな。どうしたものかと思っておったところに、あの爆発じゃ」
「ドモンさんたちが本気でやるから、機械が壊れちゃったんだよ」
東方不敗は深く息を吐くと、野次馬や消防車が集まりつつある場所を早く立ち去ろうと考えた。自分や弟子が犯人扱いされてはたまったものではない。
「ここでこうしておっても仕方がないわ。のう、おぬしらも今は休暇であろう?ワシがネオホンコンを案内してやろうぞ」
「え……いいの?」
ショウはエリスたちに言っておくべきか迷ったが、仲間にそう言えば必ず反対されるだろう。立場を考えれば、東方不敗は間違いなく敵側の人物なのだから。だが、ショウはどうしてもそうは思えなかった。今ここにいる東方不敗からは何の邪心も感じられない。
「うん……。それじゃあ、早く行こうよ……!」
二人はそこから裏通りの小道を使って、街を知らない者ではどこに行ったか分からないように姿を消した。とは言え、東方不敗にとっては単なる近道にすぎない。二人の姿は一見すれば、著名な武術家と彼に憧れる少年という、微笑ましいものであった。
ショウたちの姿が見えなくなった直後に、煙に巻かれて咳き込みながら店内からエリス達が逃げ出してきた。
「あ〜ん、ぬいぐるみが真っ黒だよ〜!?」
「大丈夫ですよ、この店のアームの癖は見切りましたから。明日また取ってあげますから……」
ユリウスは泣きべそをかくカチュアをなだめながら、明日この店が営業していればいいけど、と肩を落とした。
「処理速度を超える負荷がかかったのなら、重くなるとか停止するとかでしょうに……なぜ爆発炎上するんですか?ガンダムファイター対策の自爆装置でも仕掛けてあったとしか思えません」
「こんなこと言いたくないけど、未来世紀だからじゃない?」
げんなりした口調でレイチェルが答えた。「宇宙世紀0088だから」に続く、二つ目の悪夢の時代である。
そうしているとき、エリスは子供たちが一人足りないのに気がついた。
「あれ、ショウ君は?」
野次馬たちの群れをかき分けて探してみたが、ショウの姿は見つからない。店内に取り残されたのかと心配して消防隊に捜索を頼んだが、店内にもやはり見当たらなかった。幸い火はすぐに消し止められ、死傷者は煙を吸い込んだ人くらいしかない。もちろん、店内に子供の焼死体などはない。
ひとまず安心したものの、混乱の中で迷子になってしまったのかと考えて、エリス達は交番に頼むことにした。
「でも……ショウは、大丈夫……。不安は感じていないわ……。誰か、頼りになる人と一緒にいる……」
「うん。私も知ってる人みたいだよ〜★」
シスやカチュアは心配していない。エリスはクレアと一緒にいるのかと思ったが、それはそれで大いに不安である。
「私たちも探しに行った方がいいわね。カチュアちゃん、ショウ君のいるところ、分かる?」
「んーとね……たぶん、こっちの方かな?」
カチュアは漠然と方角や位置は分かるが、町中を一直線に進めるわけではない。旅行者用の簡単なガイドブックを頼りに雑多な人混みの中を歩くのでは、東方不敗との距離は開く一方だった。
「あ〜、楽しかったぁ!」
「そうだね、もう一回やりたいねー!」
クレアと水色の髪の少女は、公園のベンチに転がって息を整える。ドモンは平静さを保ったまま、もうあんな騒ぎはごめんだがな、と苦々しくつぶやいた。
「あははっ、ファイトのたびにゲーセン壊してちゃいけないもんね。続きは、ガンダムファイトでね!」
「ガンダムファイトだと……? 待てよ、おまえの名は……!」
「アレンビー。アレンビー・ビアズリー!」
アルゴを倒したファイターの名を告げられて、ドモンは驚愕した。しかし目の前にいる少女は、宿敵やライバルといった言葉とはまた違う、今までにない関係を築くことができそうな微笑みを浮かべていた。
「ゲームは私とやろうよ?なんとか追いつけそうだったしさぁ?」
クレアは寝返りを打って、アレンビーと顔がくっつきそうな距離で笑いあった。
「ガンダムファイターでもないのに、アンタもよくやるよねー?」
「私とアレンビーの対戦なら、ぎりぎり機械壊さないみたいだしね。相性いいんだね」
ニュータイプ同士が出会ったような、宇宙に浮遊する感覚はない。だがクレアは未知の時代の初対面の少女に、エリスやレイチェルと同じような魂の響き合いを感じるのだった。
「私、クレア・ヒースロー。明日は負けないよー?」
「明日はできないでしょ、ゲーセン燃えちゃったし」
クレアとアレンビーはコンビの呼吸の良さに、おかしそうに笑いあった。それを見ているドモンも苦笑しながらも、普段の仏頂面はなくなっていた。
ネオホンコンにガンダムファイト優勝をもたらした東方不敗は、現地ではまさしく英雄である。繁華街を歩いているだけでも、道行く人たちの尊敬の視線を浴び、彼を間近に見ることができた幸運に感謝する溜息が溢れていく。いつもの彼ならば物見高い連中の肴にされるなど鬱陶しく感じるだけだったが、隣でショウが無邪気に感心するのを見ては顔が自然にほころんでしまう。
映画館の前を通りがかると、ここにも東方不敗の姿が大きく看板に映っている。流派東方不敗の構えも勇ましく、特徴的な顔立ちは遠くからも目を引き、宣伝効果は抜群である。
「おじいちゃんが主役なの?」
「いや、あれは役者じゃよ。ワシが本当に映画に出ておるわけではない」
そう言われても看板に出ている人物と、目の前の東方不敗は全く見分けがつかなかった。ショウも幼いころのドモンとよく似ていると言われているが、これはもはや同一人物にしか見えなかった。ネオホンコン映画界の、東方不敗ものの映画への敬意と熱意が垣間見える一瞬である。
「おじいちゃんって、凄いんだね」
「おうおう、もちろんじゃとも。この東方不敗マスターアジア、伊達にキング・オブ・ハートを名乗っておったのではないぞ。
そうじゃ、そろそろ腹も減ったろう。ワシが美味い店に連れて行ってやるぞ」
「いいの、おじいちゃん?」
「ワシのおごりじゃ、子供が気にするでない」
後をついていくショウよりも、小さな手を握って歩みを早める東方不敗のほうがはるかに楽しそうであった。
豪勢な料理が次々に運ばれる食事の時間も、様々な景勝の地を鑑賞して回る間も、東方不敗は止まることなく自慢話を続けていった。同じ話を繰り返すこともあったが、話題は尽きる様子も見せない。時間は飛ぶように過ぎ去り、いつしか二人は海に沈んでいく夕日を港で見ていた。
そして東方不敗は、思い出したように溜息を吐いた。言うべきかどうか迷っていたものの、楽しさがそれを忘れさせていた。
意を決するのに数秒を要して、東方不敗は静かに語りだした。
「ショウや……。先のギアナでの戦いで、おぬしは他のガンダムをあの空飛ぶ盾で守っておったな」
「う、うん……」
今までとは違った、少し沈んだ口調に、ショウは口ごもった。
「……あれが、ダメージを最小限に留めることができれば戦況がより有利になると考えたのであれば、それはよしとしよう。
だが、我らガンダムファイターは、相手の攻撃をあのような手段で避けようとは思っておらぬ。それは相手の拳に込められた、心を受け止めようとしておるからじゃ。そして痛みに耐えて、それを乗り越えることで、強く大きく成長していく。それを妨げるようなことは、たとえ味方であってもしてはならんのじゃ」
ショウは黙って、うつむいていた。論理として分からなくはない。異文化に接するというのは、許容できないものも認めなくてはならないこともある。しかし銃口を向けられた人を助けに行くなという言葉は、やはりショウには重く覆い被さっていた。
それを察した東方不敗は、少し話題を変えることにした。もっとも、完全に別の話というわけではない。
「のう……ワシらガンダムファイターが、なぜガンダムに乗るか知っておるか?」
「えっ?」
「ワシら武術家は、やろうと思えば当然自らの身で戦うこともできる。わざわざガンダムファイトなど開催せずとも、拳の優劣を決めることは簡単なのじゃ。なぜガンダムファイトなぞ開かねばならぬか……おぬしは本当のことは知るまいな」
ショウは不思議そうな顔で、続きを待った。東方不敗の表情は、前よりもさらに沈痛さが増していた。
「……愚かだからよ。つくづく、度し難い連中よ……。
宇宙でガンダムファイトを見たがっている者どもはな、人の腕がもげ、首が吹き飛ぶところが見たいのじゃ……!」
「ええっ!?」
「だが、本当にそんなところを見る勇気なぞ奴らにはない。だからガンダムという人の形をしたものを戦わせて、腕前の上では決着が明らかになろうと、相手が泣こうと許しを乞おうとも、頭部を破壊するまでは終わらぬ見せ物を作りおった。
戦う者たちの拳の痛みも分からぬ、知ろうともせぬ、馬鹿者共がッ……!!」
ショウは東方不敗の言葉に、たとえようもない悲しみと憤りを感じていた。それは恐らく、ガンダムファイトというものに携わった武術家全てが内心感じていることだったのだろう。だがそれを語る相手もなく、誰もが鬱積した思いを胸にしまい込んでいた。
ファイター同士がそれを言えば、ガンダムファイトというものはいったい何なのか。
ガンダムファイターでもない者にそれを言っても、分かってくれる人はどこにいるのか。
「こんな馬鹿騒ぎを指して、ガンダムファイトは理想的な戦争だと言っておる……!!
そう、戦争なのじゃ……ワシらのやっていることは、普段は軽蔑すらしておる、おぬしら軍人たちと何ら変わりはせぬ。戦いの形が変わり、愚かさの形が変わっただけで、人間が愚かだと言うことは全く変わってはおらぬのだ……!!」
「おじいちゃん……」
返す言葉が分からないショウに、東方不敗は続けた。
「ショウや……おぬしは戦場に出て、敵を……。
……人を殺したことは、あるのか?」
背筋が凍り付く感覚をショウは再び思い出した。宇宙世紀を離れてからずっと忘れていた、人が死ぬときに心に流れ込むイメージ。
自分がこの手で倒してきた敵ばかりではない。ララァ・スン、カミーユ・ビダン、ハマーン・カーン、そしてアムロ・レイ……誰もが魂を散らせるたびに、その欠片をショウの心に遺してきた。
沈黙が続いた。ショウは言葉で答えることはできなかった。その意味を察した東方不敗は、長く深い嘆息を漏らした。一瞬が永遠にも感じられる時間に耐えきれず、ショウは小さな声でつぶやきを返した。
「どうしても倒さなくちゃいけない敵も、いたんだよ……。でも……。
死ななくてすんだ人も、死んじゃいけなかった人も……いっぱい……。いっぱい、死んで……いなくなっちゃったんだよ……!」
幼い顔に流れる涙を、東方不敗は腰の布で優しく拭き取った。小さな手が血に濡れていて欲しくなかったというのは、正直に言えばそのとおりだ。少年の名を呼び、背中を撫でてなだめながら、東方不敗は落ち着いた口調で語りかけた。
「ショウや……おぬしがもう心に悲しみを刻みつけたのであれば、おぬしは幼くとも立派な戦士なのじゃ。
戦いには痛みも悲しみもあろう。それを避けては通れまい。勝つために策を練り、敵の裏をかくことも必要になってくる。ならばこそ戦士というものは、戦う者の誇りを汚してはならぬものじゃ。それが戦う者たちの、最後の拠り所となるものだからじゃ……。
もしも次に戦うことがあれば、その時は痛さを怖がり、ガンダムファイターに余計な手出しをするではないぞ。それは思いやりに見えて、そうではない」
「でも……」
少年の気弱な、涙声は続いた。東方不敗に、ガンダムファイターにとって、それは言わなければならないことだったはずだ。反論を認めるようなことでもない、譲れない一線のはずだった。しかし東方不敗の意志は、消えそうなほど小さな声に砕かれ、溶かされる。
「僕……もう、おじいちゃんと戦いたくなんかないよ……」
東方不敗はそのつぶやきで、この幼い子供が戦う相手は自分なのだと思い起こして慄然とした。
背筋が凍り付く思いをしたのは果たして何年前のことだろう。流派東方不敗を完成させ、最強のキング・オブ・ハートを名乗ってからは、それは無縁な感覚になっていたはずだった。
だが、いかなる強敵もものともしない豪傑の心は、小さな子供の涙に深く揺り動かされ、涙をこらえるという努力さえ必要とさせた。
「ワシも、そうじゃ……」
ショウの背中に手を置き、慰めるようにつぶやく。そこで言葉が途切れたまま、二人は沈む夕日を黙って見続けていた。
どれほどの間そうしていたか、ショウにも東方不敗にも分からなかった。ひょっとしたら数分にも満たない時間かもしれない。夕日はまだ沈みきってはいなかった。
ショウは知っている意志を感じて顔を上げた。そこにエリスたちが走ってくる姿が近づいてきた。
「あ、やっぱりあそこだよ! ショウ〜、もう帰るってー★」
カチュアは元気に手を振っているが、ショウの隣にいる人物を見たエリスたちは驚愕に足を止め、のけぞるように後ろに引いた。
「マ、マスター!? どうしてショウ君と一緒にいるの!?」
「うむ、偶然街で出くわしてな。ネオホンコンの街をいろいろ紹介しておった。せっかく久しぶりに会ったというのに、むざむざ立ち去るのも惜しいのでな」
さも当然のことであるかのように言う東方不敗に、エリスやレイチェルは頭が痛くなってきた。逆に東方不敗は胸を張り、堂々としている。その言葉には一片たりとも嘘偽りはない。
しかし互いの立場というものを考えれば、普通そんなことをするかどうか分かりそうなものだ。あくまで宇宙世紀の常識では、だが。
「いいなぁー? ねえおじいちゃん、今度は私もつれてってよ〜?」
カチュアは何の警戒心も持たず、ショウに歩み寄っていく。東方不敗との距離も狭まり、エリスは血の気が引く思いで引き留めた。
「だめでしょ、知らない人についていったら!ショウ君も!」
「な、なにを失敬なことをぬかしおるか!? この東方不敗、マスターアジアが一緒についておるのじゃ。どこに心配があろうぞ!」
東方不敗は真剣に憤慨した。なぜ自分に疑いの目が向けられるのか、そもそも信頼されてしかるべきではないかとさえ考えていた。
ユリウスは今いる場所は時代が違う現世ではなく、別世界とか異次元とか、そういう本来自分とは関係のない場所なのではないかと考えてしまった。
「あ、あのですね……。あなた……敵でしょう……?」
「フン、たとえ一時刃を交えた間であろうと、常に憎しみあわねばならぬと誰が決めた。そもそもおぬしらも休暇を楽しんでおったのであろう。ならばワシも共に楽しんでどこがおかしいか。
だがガンダムファイトが終わってからも、まだネオホンコンをうろうろしておるようであれば、その時は話は別じゃ……!」
上手く言い負かすと、東方不敗は腕組みをして不敵な笑みを浮かべる。
ニュータイプのエースパイロットたちと言っても、モビルスーツを降りればごく普通の少年少女たちである。そんな相手に武術家が拳を振るうなど、誇りに賭けて禁ずるべきこと。東方不敗がそう考えていることが何よりの安全の保証だとは、宇宙世紀の人間は夢にも思わないのだが。
「さあ、もはや日が暮れてしまうぞ。暗くなる前に、艦に帰るがいい」
話を終えると、東方不敗は後ろを向いて歩き始めた。カチュアが明るい声をかけると、振り向いて和やかに手を振りかえした。だが、その姿が見えなくなるまでは、エリスたちは緊張を解くことができなかった。
ニュータイプの感覚は、相手に戦意がないことを告げてはいた。しかし、だからといって簡単に油断するわけにもいかない。ショウが無事でいることのほうが本来おかしいはずなのだ。
「ショウ君、だめじゃない……何も言わないでついていったら。クレアと一緒じゃなかったの?」
「クレアさん? さあ……僕は知らないけど、どうしたの?」
「知らないって……!?」
唖然とするレイチェルの腰で、通信機が着信音をあげる。それを耳に当てたレイチェルは、東方不敗よりもさらに頭の痛くなる親友の声を聞いた。
「クレア!? 今どこにいるのよっ、アンタ……ネオスウェーデンの宿舎ぁ? 今夜は帰らないって、ちょっとなんでアンタとスウェーデンと関係あるのよ、あ、ちょっと!?」
一方的に通信を切られ、レイチェルは硬直したように立ちつくした。
「クレア、なんて言ってたの?」
「こっちのほうがお風呂が広いから泊まってくって……」
疲れ切った表情で通信機をベルトに戻すと、レイチェルは大きく溜息をついた。
「どいつもこいつも、この時代はぁ……」
「よぉしっ!さあ気合い入れて遊ぶぞー!」
「ゲームならいっぱい持ってるからねー。なにからやるー?」
アレンビーの替えの寝間着を借りたクレアは、お風呂上がりの髪を両手で梳いた。アレンビーもドライヤーで髪を乾かしながら、秘蔵のゲームの自慢を始めていく。一般人には決して分からない話題で、二人の心はニュータイプよりも深く繋がれていった。
ガンダムを題材にした格闘ゲームの電源を入れると、表示された画面にクレアは目を輝かせる。人気も売れ行きも高くはなく、見ること自体が珍しいレアなゲームである。
「MS何にするの?やっぱドルメル?」
「ううん、私は量産型ザク」
その選択を見て、アレンビーはニヤリと笑った。このゲームにしか登場しない幻の機体は、初めて見る者なら誰もが使ってみたいものだ。シャア専用機が並んでいるのに、あえて量産型のザクを選ぶクレアは、しっかりこのゲームをやりこんでいるということになる。
「よし、アタシはドムだよ!」
機体を選び、ゲームスタートを待つ。そしてスタートのコールを聞く一瞬前に、二人の手が複雑なレバー操作を開始する。
「ジェットストリームアタァ───ック!!」
「スパイククラァァッシュ!!」
ゲーム化にあたって、かなりのデフォルメが加えられたMSの動きを、本当のジオンのパイロットたちが見たらどれほど嘆くか想像に難くない。三体に分身したドムの突撃をショルダータックルで撃退するザクの姿は、モビルスーツ戦ともガンダムファイトとも全く異なる、ゲームならではのものであった。
こういう純粋なゲームは、ドモンはあまり得意でなかった。体を動かしたいときはドモン、ゲームで遊びたいときはクレアと、一度に二人も親友ができたアレンビーは、今日という日が人生最高の瞬間だとさえ感じていた。
「あー!それハメだってばぁ!」
「ハメは抜ければハメじゃないんだよー?」
昼間の台詞を言い返して、クレアはおかしそうに笑った。アレンビーもそれに会わせて微笑み返した。
ゲームに負けても、それがなお楽しさを生んでくれる。気の合う相手というのはそういうものだ。今度は昼間に遊んでいた体を動かすゲームとは逆に、何度やっても惜しいところでアレンビーが負けてしまう。
「なんでかなー?あともうちょっとで勝てそうなのに〜?」
「読みだよ、読み。アレンビーは読みやすいよ」
戦いによって心を伝えようとするガンダムファイターと、他人と心を通じ合えるニュータイプがやりあえば、こうなるのも当然のことなのかもしれない。ニュータイプ相手には不利なのだが、ガンダムファイターにとって心を感じ取りやすいというのは理想に近いということなのだ。
「昼間のクレアもそうだったけどさ、まるでかなわない敵より、あとちょっとで勝てそうって相手の方がやってて面白いよね」
「そうなんだよねー。そういう相手がいないと上手くなれないし。相手が強すぎても弱すぎてもダメなんだよね」
二人はベッドの上に寝転がって、楽しそうに語り合った。その間もコントローラーを握りしめたまま、力尽きて寝るまで笑顔が消えることは一度もなかった。
その日から、クレアは毎日のようにアレンビーと遊び回った。ゲームのことやガンダムファイトの対戦相手の情報など、会うたびに新しい話題が増えていく。ドモンとアレンビーの直接対決は声をからして応援し、ネオスウェーデンのスタッフがバーサーカーシステムの使用を強行したときは本気で怒鳴り込みに行く勢いで怒っていた。
だが、そんな日も長くは続かなかった。ネオホンコンの市街にガンダムヘッドが出現したという報告が入ったのである。
「デビルガンダムがまだ生きていて、ネオホンコンに運ばれているのなら市街地を収容場所には使えないだろう。あるとすれば、まず間違いなくこの付近だ」
マークも軍規を引き締め、市街地に遊びに行くことも禁止された。デビルガンダムほどの巨大な機体を収納するためには、それなりの規模の格納庫が必要になる。廃墟の地下の空洞を利用することは十分に考えられた。しかし、様々な手段で捜索が行われたものの、デビルガンダムはおろか、通常のMSサイズの機体が入れる大きさの通路も見つからなかった。
数日後には探すところもなくなり、ユリウスは疑問を感じ始めた。
「ガンダムヘッドが出現したのは市街地の方です。こちらにはいないのかもしれませんね。倒したのは東方不敗だというのが、よく分からないですけど……」
「大会運営本部も事件については黙殺しているしな。ニュースもガンダムファイト一色だ。東方不敗が謎の怪物を倒したと、小さく流れただけだったな」
マークも、デビルガンダムが潜伏しているのは旧市街ではないと考え出した。警戒態勢は解かないものの、基本的には守勢である。
その間にも、ガンダムファイトは不穏な空気をはらみつつも進行していった。
順調に勝利を重ねる者たちの影で、一人、また一人とファイターたちは倒れていく。機体の修理や交換が可能であり、一度負けてもリーグ戦の戦績が上位であれば最終バトルロイヤルに残ることができるというルールであっても、やはりそれは生き残りを賭けた戦争である。
マンダラガンダムを操るキラル・メキレルは己の戦闘哲学の敗北を悟り、その拳を自ら封じて戦場から姿を消した。
ハンス・ホルガーは整備不良のマーメイドガンダムでサイ・サイシーを圧倒するほどの力量を見せたものの、それが最後の戦いとなった。ネオデンマークには彼の健闘に応えるだけの財源がなく、機体の修理をすることができなくなったのだ。
バーサーカーシステムの暴走のために重傷を負ったアレンビーがどこの病院にも見当たらず、ドモンやクレアが駆け回ったが、いまだに彼女は見つかっていない。
敗れ去る者が増えれば、勝ち残る者は有利になっていく。勝ち越しを決めたファイターたちの中には残りの試合を棄権し、最終バトルロイヤルに備える者も現れてきた。しかしドモンはそれを潔しとせず、開会式での全勝宣言の通り、律儀に全ての試合を戦い抜いていった。シャッフル同盟の仲間たちとの戦いを乗り越え、彼は完全に明鏡止水のハイパーモードを己のものにしたかのように見えた。
だが、最後の最後に巨大な壁が待っていた。心中密かにドモンを嫌っているネオホンコン首相ウォン・ユンファが陰謀を巡らし、この対戦カードを切り札として温存しておいたのである。
ドモンと同じく全ての戦いに挑戦し、そして全勝を続けるもう一人の戦士……シュバルツ・ブルーダーとドモンの決戦を翌日に控えたとき、轟音と共にリーンホースJr.が揺れた。
地下からの激しい衝撃を受けて、廃ビルが軽々と宙を舞う。とてつもない光景である。その直後に、さらに凄まじい衝撃波が吹き荒れ爆音と共に駆け抜けていく。
「何が起こった!? 攻撃か!」
「間違いない、あの音は……流派東方不敗が最終奥義、石破天驚拳ッ!!」
ブリッジに駆け込むマークに、他のパイロットたちが街で遊んでいたときも特訓を欠かさなかったアキラが答える。さらにマリアが敵襲の報を告げる。
「ガンダムヘッド多数出現!ゴッドガンダムとマスターガンダムが戦っています!」
「ドモンと東方不敗が協力している……!? ガンダムヘッドは無差別に攻撃しているのか?
いや、それより…… 地下からガンダムが飛び出してきたということは、やはりモビルファイターが格納できる規模の空洞はあったのか……!」
「いえ、その…… ゴッドガンダムとマスターガンダムは、地上に出てから呼びだしたようです。ドモン・カッシュと東方不敗は、地下から出てくるときはガンダムに乗ってはいませんでした」
「…………!!」
マリアの言葉を真に受けて思い浮かべた光景に、マークは頭痛がする思いを抱いた。だが、ここではそれが現実だ。彼はすぐに指揮に戻る。
「総員、第一戦闘配備!
アキラはドモンを助けに行け!クレア、レイチェル、ショウ、カチュアは反撃に出ろ!シスとミンミはアインラッドで艦の直衛!
東方不敗は俺が抑える!急げ!」
今はドモンと協力しているとしても、マークは東方不敗を信用してはいない。対抗できるパイロットが自分しかいないと分かってからは、エリスに采配を任せる方針を決めていた。V2アサルトバスターで飛び出した先にあるのも、ガンダムヘッドの群れではなく、馬の形のサポートマシン、風雲再起にまたがるマスターガンダムの姿であった。
その東方不敗は、シュバルツとの戦いを控えたドモンに、流派の最終奥義である石破天驚拳を伝授していたのである。ガンダムヘッドの出現は彼にとっても予想外の事態であり、ドモンと力を合わせて脱出を試みようとしていたところであった。
遠くにあるガチャベースと、そこから発進する軍用機を見つけたときは、彼らも協力に応じるだろうと考えたくらいである。
「ウォンの奴、あの軍人共の基地を狙って仕掛けたのであろうが……早計じゃぞ。
こんなガンダムヘッドごときでどうこうできる奴らではない。下手に手を出せば、奴らが動く口実を与えかねんというのが分からんのか……せっかくガンダムファイトの間は休む気になっておるというものを!」
マスタークロスを振るって、迫り来るガンダムヘッドを蹴散らしながら、“ブラック・ジェネレーションズ”と合流しようと戦場を駆ける。その姿を反対側から見れば、自軍の基地に向かって一直線に攻め込んでくるかのようにも見えた。
ショウのHiνガンダムは、今日は積極的に動いている。空飛ぶタイヤがガンダムヘッドの注意を引き……噛みつくには速すぎ、ビームは通用しないという、以前のとおりの嫌らしさを見せて、知能のないガンダムヘッドを翻弄している間に、フィン・ファンネルから放たれる閃光が次々にガンダムヘッドを落としていく。それを眺めながら、東方不敗は内心で喜んでさえいた。
だが、マスターガンダムの目の前に、怒気をはらんだ大型の機体が待ち受ける。
「マスター!!アレンビーをどこにやったのっ!?」
東方不敗はその名を聞いて、この襲撃に納得ができた。
彼と手を組んでデビルガンダムの復活を狙うウォン首相は、そのパイロットにアレンビーを強く推していた。東方不敗はドモンをと考えており、そのことでは二人の意見は一致していなかった。
東方不敗自身は誘拐には関与していなかったが、アレンビーの身柄とバーサーカーシステムの技術をウォンが手に入れたことは知っていた。そして、アレンビーと仲のいい軍隊の少女が邪魔だと言っていたことも。
「ワシはそんな奴のことは知らん!!たまたまここに来ておったら、ガンダムヘッドどもに襲われただけじゃ!」
その言葉は半分は正しいが、全てが正しいわけではない。そのわずかな心の乱れを、ニュータイプの魂は見逃さなかった。
「アレンビーはどこにいるのっ!!答えて、マスターッ!!」
ペーネロペーのビームライフルを向け、クレアは殺気に近いプレッシャーを送る。友のために放たれる力の強さは、ガンダムファイターであろうとモビルスーツのパイロットであろうと変わることはない。まして、クレアはその両方の力を持っているのだ。東方不敗は気迫に圧されることこそはなかったものの、完全に相手を本気にさせてしまった事には舌打ちした。
それを止めるように、両機の間にマークのV2が割り込んでいく。状況を見れば事が終わるかのように見えたが、マークはクレアよりも強い闘気を押さえようとしない。
「クレア、今東方不敗を撃てばネオホンコンにいられなくなる!それではアレンビーも助からんぞ!」
「でもっ……!!マスターは絶対、なにか知ってるよ!」
「それは俺も分かる…… だが、今は手を出すな!ガンダムヘッドだけを狙うんだ!」
苛立ちを叩きつけるようにペーネロペーは飛び、ファンネルミサイルがガンダムヘッドに向かって乱舞する。その光景を眺める事を許さぬかのように、マーク・ギルダーの放つ意志の塊は東方不敗を抑えて放さなかった。露骨に向けられる敵意に、東方不敗も沸き立つ怒りを隠そうとはしなくなった。
睨み合いを続ける間にガンダムヘッドは次々に数を減らしていくが、それでも全滅するにはまだ遠い状況であった。二機の近くに首を伸ばしたガンダムヘッドは一瞬のうちにビームサーベルで斬り落とされ、マスタークロスで絞め殺される。二人は闘気を頂点に達しつつ己の力を相手に見せず、ガンダムヘッドと戦いながらも全く隙を見せなかった。
「こやつ……!できるッ……!!」
東方不敗は己の必殺技を一度も使わず、マスタークロスだけで戦い続けた。一瞬闘気を込めれば、相手はそれを瞬時に見切り、反撃をかけてくるということが読めた。気迫を技に込めれば込めるだけ、一歩が遅くなってしまう。石破天驚拳に至っては、この相手には撃つタイミングさえ掴めない。
「クッ……!さすがにやるな……!!」
マークは宇宙世紀最強の武装を持て余していた。もともと宇宙戦艦と撃ち合いができる化け物である。大気圏内で、しかも多くの住民がいる市街地の近くで、メガビームライフルやメガビームキャノンを撃てばただごとではすまない。ネオホンコンを島ごと消滅させる力さえ十分にあるのだ。マスターガンダムが石破天驚拳の構えを取ってくれれば、最強の武器で対抗できる。だがそこまでの威力のない技を使ってきたらどの武器で対処したらいいのか、マークは一瞬も気を抜くことができなかった。
ガンダムヘッドの放ったビームがV2を背後から襲うが、マークはそれを無視してIフィールドで受け止める。その間、意識は東方不敗に向けられたままであった。
迫り来るガンダムヘッドの牙がマスターガンダムを下方から狙うが、東方不敗は微動だにしないまま、風雲再起が蹴り飛ばして撃破する。その視線と闘気は、ニュータイプであるマークとの駆け引きに一歩も遅れを取る様子を見せなかった。
そして、張りつめた空気を爆発させる瞬間がやってきた。最後に残ったガンダムヘッドが、両者の中間に身を投じたのである。
東方不敗は溜めに溜め込んだエネルギーを、この時とばかりに解き放った。ガンダムヘッドへの攻撃だと言い逃れることができ、それを貫通させればV2アサルトバスターに衝撃が向かう位置である。
「死ねぇぇぇィ!! ダァァァァァクネス!!フィンガァァァ────ッ!!!」
広げられた掌を象った黄金のエネルギー波がガンダムヘッドを消滅させるよりも前に、マークはシールドビットを射出していた。張り巡らされたビームシールドが中央の盾を防護し、並のガンダムならば瞬時に粉砕する闘気の塊を正面から受け止めていく。
「マーク!?」
衝撃に耐えるV2アサルトバスターをリーンホースJr.で見ていたエリスは絶叫した。
「師匠ッ!?」
もう戦いは終わりかけて、息をつこうとしていたドモンは、突然の一撃に目を見張った。
そのどちらも、自分の見ている光景が、スローモーションのようにゆっくりと感じられた。ダークネスフィンガーの衝撃でじりじりと押されるV2が、メガビームシールドの出力で東方不敗の拳をわずかずつ拡散していく。
機体の前に迫る光の拳を包み込むように、ミノフスキードライブの光の翼が前方に向けて動きを変える。優雅な羽ばたきの動作のままダークネスフィンガーの威力を分断し、機体の左右に押しのけていく。それがV2アサルトバスターの脇を通り過ぎて、虚空に消えるまでは、ドモンも“ブラック・ジェネレーションズ”の戦士たちも、誰一人として動くこともできなかった。
「ぬうう……!き、貴様ッ……!!」
東方不敗は眼前の結果に歯ぎしりした。よもやこの拳を受けて砕けぬ盾があろうとは。
「威嚇にしては、殺気がこもっていたな……!」
マークはコックピットの計器が示す数字を確認して戦慄した。たったの一撃で、メガビームシールドの出力が半分以下になってしまうとは。
二人はなおも睨み合うが、ドモンやエリス、そしてショウたちの不安な視線に囲まれていることに気付いて、ようやく相手に向ける殺気を解いた。
「ドモンよ……流派東方不敗、最終奥義石破天驚拳。確かに伝授したぞ……!
その技あらば、ガンダムシュピーゲルとの闘いにも遅れはとるまい!」
ドモンに向けてそれだけを告げると、風雲再起を操り、彼らに背を向ける。
戦いの中で話を続ける機会を逃したドモンは追いすがろうとしたが、東方不敗は鋭く言い返した。
この廃墟と化した街を、人類の黄昏の光景を、胸に刻んでおけと。
「人類の、黄昏の光景……?」
「し、師匠ッ、師匠────ッ!!」
ショウもドモンも、東方不敗の語った真意は分からなかった。だがその後ろ姿には、なにか余人の近寄りがたい、超然としたものを感じ取っていた。
沈みゆく夕日に溶け込むように、マスターガンダムの後ろ姿は小さく、見えなくなっていった。
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