第三十九話 魂の絆!! 世界を超えた兄弟
〜さらば師匠! マスターアジア暁に死す(前編)〜



 マーク・ギルダーは、未来世紀の滞在期間延長の申請を本部にしなければならなくなった。
 あらかじめ決められていた滞在期間は、ガンダムファイトが終了する日までしかない。世界中から参戦したファイターたちが死闘を繰り広げた決勝大会も、今や最後の試合を残すのみとなった。そして最終バトルロイヤルは一日で決着を付けるため、滞在期間は残り二日しか残っていないのである。
 これではデビルガンダムを探し出し、撃破することは難しい。ほどなく申請は認可されたが、緊急の通信は別のところから舞い込んだ。
『マーク君かね!た、大変なことが起こったのだ!』
 カラト委員長は、普段からそうなのだが、今日も慌てふためいている。大変なことと言えば、デビルガンダムの存在が確認された事以上の重大事はない。マークはそう思っていたが、カラト委員長はマークが予想もしていなかった厄介事を持ってきた。
『確か、そちらにもゴッドガンダムがあっただろう』
「ええ、ありますが…… ネオホンコンのウォン首相が、それで何かクレームでも?」
『そちらの整備士をよこしてくれんかね。試合までもう時間がないのだ、急いで欲しい』
「整備士を?ネオジャパンのクルーはどうしたんですか?」
 カラト委員長の隣にいる、ミカムラ博士の表情も蒼白である。普段は沈着な人物だが、彼も落ち着いてはいられない様子だった。
『レインが…… 辞表を出して姿をくらましてしまったのだ……』
「なんですって!?今日は……」
『と、とにかく急いでくれ!このままでは試合に間に合わん!』
 カラト委員長に了解の返事を伝えると、マークはモビルスーツデッキにいるケイ・ニムロッドに指令を伝えに向かった。
 今日行われる最後の試合は、ドモンの出場する……しかも、その対戦相手はドモンと同じく無敗の連勝を続けるシュバルツ・ブルーダーであった。

「無理だよそんなの。勝手に安請け合いして、こっちだって困っちゃうよ?」
 ケイの返事はきっぱりとして爽やかである。拒絶でなければ、なおいいところだ。
「おまえでも無理なのか?」
「量産型のモビルスーツじゃないんだからね、モビルトレースシステムってのは。一人一人パイロットに合わせて調整しないといけないんだしさ」
 言われてみればその通りなのだが、カラト委員長に連れて行くと言ってしまった以上は、たとえ無理そうでも行ってみなければならない。行っても無駄だと思うけどと渋るケイを連れ出す途中で、パイロットたちにも見つかってしまい、当然子供たちは一緒に行きたいと言い出した。しかし、いつも子供と同レベルの発想をするクレアは真剣な顔をしていた。
「私はアレンビーを捜しに行くの」
 短く、強く言い切る口調は、いつもの明るく楽しい声ではない。普段一緒にいるケイやレイチェルも、今のクレアにはどこか近寄りがたさを感じていた。
 ネオホンコン市街に向かうエレカの中でも、クレアは窓の外を見たまま無言でいた。あたかも、いなくなったアレンビーの声をニュータイプの感覚で掴み取ろうとするかのように。しかし、ネオホンコンの町並みが近づいてきても、アレンビーを感じ取ることはできなかった。
 ひょっとしたら市街にはいないのではないかという不安が頭をよぎる。だが、クレアはそれで行動をあきらめる人間ではなかった。

 ゴッドガンダムを前にしたケイは、溜息混じりながらも、腕をぐるんぐるんと回して気合いを入れて作業に取りかかる。
 カラト委員長は安心して気が抜けた表情をしているが、試合開始まではあと2時間程度しか残っていない。
 その様子を見つめるドモン・カッシュは、明鏡止水の境地に達し、シャッフル同盟の仲間たちとの戦いを乗り越えたとは思えないほど精神的に疲弊し、焦りの色が強く出ていた。
「ドモン……一体どうしたんだ?」
「心配はいらん。お前には関係ないことだ……!」
 アキラに答えた口調も、短く素っ気がない。その視線は目の前のゴッドガンダムではなく、何か別のことに気を取られているかのようだった。
 一方のケイは、短い時間で悪戦苦闘していた。モビルトレースシステムはファイター一人一人の分身とも言える存在である。そのためファイターとガンダムの間の調整がうまくできていなければ、勝負に重大な影響が出てしまう。
 さらに一年間に及ぶ戦いの結果、ファイターは成長し、それと同時に新たな調整が必要になる。同じゴッドガンダムという機体であっても、ドモンがサバイバルイレブンを戦い抜いた機体と、アキラが宇宙世紀の戦争を乗り越えてきた機体では、全く別々の調整をしなければならないのだ。
 そういう改造がされているところは、知らない者が下手に触っても壊してしまうだけだ。完全に分解して組み直す時間はない。
「やっぱゴッドフィンガーは改造されてるね……。さて、と……あとは……」
 ケイはゴッドガンダムから降りると、離れたところで見ていたドモンを呼びつけた。
「モビルトレースシステムの最終調整をしたいんだけど、コックピットに入ってくれる?」
 初対面の相手に、しかもドモン・カッシュという人物に対してケイの態度は礼を欠いたものだったかもしれない。だが、ドモンはケイに顔を向けようともしなかった。
「断る。そんな事は今までした事が無い」
「へ?」
 予想もしていなかった答えに、ケイは会話をどう続けていいか詰まってしまった。
 モビルトレースシステムの機体を使うのに、使用前に何のチェックもしないというのは考えられない。ここまで戦い、勝ち抜いてきたゴッドガンダムが未調整だったはずがないのだ。
「それって、どういうこと?」
「俺は知らん。とにかく、レインは今までそんなことを言ってきたことはない」
「ウソぉ……? それじゃ、よっぽどレインって人は、アンタのことをよく分かってたんだね」
 ケイも、たとえばクレアのことなら体調や精神状態まで手に取るように分かる。ドモンにとってレインがそんな存在であるなら、彼女がいなくなってしまったことはネオジャパンにはまさに痛恨事である。
「でも、それじゃ困るよ。アタシはレインじゃないんだから、やってもらわないと」
「やれやれ……」
 渋々ドモンもゴッドガンダムに乗り込み、チェックを始めていく。試合前に軽く手足を動かすだけで全てが事足りていたドモンは、ケイの入念な指示は苛立ちをつのらせる材料にさえなった。
 レインがいたときはこんな面倒な手間をかけることはなかったのに……。
 ……それは、レインが俺のことをよく分かっていたから…… いつも俺を見続けて、支えていてくれたからなのか……?
 そんな考えに至ったとき、ドモンは大きく首を振って、己の考えを否定した。
 ここまで戦って来たのは俺の力だ。修行を重ね、明鏡止水の境地を身につけ……流派東方不敗の最終奥義、石破天驚拳すら使うことができるようになった。そのときレインは見ていただけじゃないか……。
 それは偽らざるドモンの本音であった。だが、それが子供のように意地を張っているだけだとは、ドモンは気付いていなかった。

 ゲームセンターの扉が勢いよく開き、ショートカットの少女が汗に濡れながら走り込んでくる。
 ガンダムファイトの期間中にやってきた新顔であるが、もうネオホンコンのゲーマーの中で彼女を知らない者はほとんどいない。顔見知りになった少年たちが声をかけるが、今の彼女はゲームどころではなかった。
「誰か、アレンビー見てないっ!?」
「知らないよ。ガンダムファイトも最近出てないんだろ?どこ行っちゃったんだ……?」
 見かけたら教えて、とだけ叫んで、クレアは店を飛び出しネオホンコンの街を駆け抜ける。
 ゲームセンター、映画館、コーヒーショップ……アレンビーと一緒に遊び歩いたところをひとつひとつ覗いて、万に一つの奇跡を祈る。たとえそれがかなわなくとも、心の痕跡が残っていないか調べ回っていく。
 だが、分からない。ネオホンコンのどこにも、アレンビーの思念が感じ取れないのだ。
 額の汗をぬぐいながら、クレアはふと違和感を覚えて立ち止まった。そこはネオホンコン政庁舎の前である。
 違和感は、感じる。何か感じ取れたのはここだけだ。
 しかしクレアは、それはアレンビーではないと判断して、政庁舎から離れていった。デビルガンダムかもしれないとは思ったものの、今のクレアには全世界の危機より一人の友人の方が大切だった。
 その姿を眼下に眺めながら、執務室の豪奢な椅子に体を預けてチョコレート菓子をほおばる男がいた。為す術もなく引き下がるクレアを見送り、満足げに唇の端をゆがめる。
「無駄な努力ですよ、クレア・ヒースロー……いかにニュータイプの力を持ってしても、今のアレンビーを探し出すことは不可能です。あなたとアレンビーの間が、純粋であればあるほど……。
 そう、もはやアレンビーはあなたの知っているアレンビー・ビアズリーではない。キョウジ・カッシュに代わる、デビルガンダムの新たな中枢ユニット……デビルアレンビーとして全てを撃ち滅ぼすのです……!」
 ネオホンコン首相ウォン・ユンファは、明日に迫った自身の野望を剥き出しにする瞬間に思いを馳せ、湧き上がる笑いを噛み殺しつつガンダムファイトの観戦に向かった。東方不敗すら知らぬ陰謀は、深く静かに動き始めていた。

 開始の時間は刻一刻と迫っていき、ゴッドガンダムもすでに会場に運び込まれている。
 水上特設リングに配備されたコンピュータを使って、ケイは最後の調整を進めていた。
「どうかね、調子は?いけそうかね」
「まあ、やれるだけのことはやったけど、さぁ」
 モニターを覗き込んできたカラト委員長に、ケイは正直な感想を述べた。
「棄権した方がいいと思うよ?」
「な、なんだと!試合はもうすぐ始まるんだぞ!」
「一日あれば、全部バラして作り直せるけどさ…… やっぱ2時間じゃできることに限りはあるってば」
 難しそうに腕組みをしていたマークも、耳打ちするように同意する旨を告げた。
「カラト委員長。私もこの試合は棄権するのが賢明だと考えます」
「マ、マーク君、君までそんなことを……!いまさらそんなことができると思っているのかね?」
 マークは厳しい表情のまま、水上特設リングを指さした。
「今日の戦いは敗者が爆破される、完全決着のデスマッチ……!
 ネオホンコンの意図を考えれば出場するのは危険です」
「ネオホンコンの意図だと?」
「はい。明日の最終バトルロイヤルは、多数のファイターたちが入り乱れて戦う、どんな番狂わせが起きるか分からない闘いです。
 いかに東方不敗であろうと、そこでドモンとシュバルツの二人が同時にかかれば防ぎきれない……
 だからこそ、今日の戦いでどちらか一人……できることなら両方を失格にしてしまおうと考えているのです」
 それを聞いたカラト委員長は蒼白になった。
「そ、そうか、そうなればマスターアジアは簡単に優勝でき、世界の覇権はまたネオホンコンに握られてしまうというわけか!」
 狼狽のあまり、心の中ではすでに試合棄権の算段を考え始めてしまう。そこに激しい反論の声が届いた。
「馬鹿な!師匠がそんなことを考えるはずがないッ!!」
 ドモンは憤るが、信頼だけを根拠に説得できる問題でもない。まして東方不敗は、今はまぎれもなく敵側の人物なのだから。
「東方不敗は確かにそうかもしれない。しかしネオホンコン首相、ウォン・ユンファは……彼は今までにも、明確にドモンを狙って罠を仕掛けてきました。彼は油断ができない謀略家です」
「グッ……!!」
 言い返す言葉は見つからなかった。マークの言うとおり、ウォン首相の考案した試合日程から特別デスマッチの内容まで、ドモンを失格させようとしているとしか思えない試合がいくつもあった。ドモンがそれを乗り越えてこられたのは、ドモン一人の力ではない……シュバルツが影でウォン首相の陰謀を打ち砕き、助力を続けてきたからである。
 そして今日の試合は、そのシュバルツと闘い、倒さなければならないのだ。
「……しかし、そのシュバルツはまだ会場に来ておらんではないか。ひょっとしたら、同じ事を考えて、向こうが棄権してくれるかもしれんぞ?」
 カラト委員長は楽観論を言う。
 しかし、今まで黙って聞いていたショウが、急にあたりを見回し始めた。
「シュバルツさん、来てるよ!すぐ近くに……」
「なにッ!」
 ドモンも周囲の様子を探る。だが、ニュータイプの感覚はシュバルツを捉えられても、姿はどこにも見当たらなかった。
「ど……どこだ……!?」
「甘いぞッ、ドモン!!」
 突然、港の水面が爆発したように噴き上がった。水流の上から一同を見下ろす覆面の男は、ドモンに向けて振り下ろすように指を差し向ける。
「私の存在に気付くのがショウよりも遅いとはな!そんな事では、この私は倒せんぞ!!」
「シュバルツ・ブルーダー!!」
 ドモンは頭上のシュバルツを見上げ、全身に闘志をみなぎらせる。ショウはその姿を見て、半ば呆然としてしまった。港にシュバルツを感じてはいたものの、まさか本当に水中から出現するとは思ってもみなかった。人の常識の裏をかくゲルマン忍術の本領発揮である。
「口で言っても分からない貴様には、体に直接教えてくれるッ!!
 そう、この私を倒さぬ限り……、デビルガンダムには太刀打ちできんという事を!!!」
「ああ! 言われなくてもやってやる! 相手が誰であろうと、全力でぶつかるのみ!!」
「フッ、いい気迫だ! ……ならばッ!!」
 シュバルツは体を宙に躍らせ、一気にネオドイツのコーナーにまで移動する。そこにはいつの間にか完璧なまでに整備を終えたガンダムシュピーゲルと、シュバルツ同様の覆面をした人物の姿があった。
「丁度いい、紹介しておこう! 私のパートナーをッ!!」
「なにぃぃッ!!?」
 ドモンは彼女を見て愕然とした。兄キョウジがデビルガンダムを奪って暴走したと聞いたときよりも、その動揺は激しかった。覆面に素顔を隠していても、見間違えようはずがない……シュバルツの側に新たに加わったパートナーとは、間違いなくドモンの恋人であるレイン・ミカムラ自身であった。

「それではぁぁっ!ガンダムファイト!レディ……ゴ──────ッ!!」
 試合開始の号令と共に、時限爆弾のカウントダウンが始まった。
 固唾を飲んで見守る観客たちの視線の中、ガンダムシュピーゲルの両腕に備えられた刃が次々と振り下ろされる。ドモンは何かを迷っているかのように、攻撃さえ忘れて、ただシュバルツの攻撃を受け止めるのが精一杯であった。
 だが、その隙を見逃すシュバルツではなかった。ドモンは特設リングに倒れ、不利な体勢のまま一方的に攻撃を受けていく。
「ドモン!貴様の実力とはこんな物かッ!!
 その程度の力では、私を倒す事はおろか! デビルガンダム打倒など無理の一言ぉぉぉ!!」
 その光景を見ているカラト委員長は、やはり棄権しておけばよかったとばかりに汗を滝のように流している。
 ケイは難しい顔をしているが、しかし何かをしようという気配はなかった。
「やっぱり80%の性能で出してもだめかぁ……」
「そ、そんな無責任なことを!なんとかサポートはできんのかね!?」
「二時間で65%を80%にしたのは大成功なんだけどなぁ」
「100%でなければ、あのガンダムシュピーゲルに勝てるわけがないじゃないか───!!」
 カラト委員長は半分涙顔になって、責任ある立場の者とも思えない醜態でわめきたてる。ケイはあきれたように、ネオドイツのコーナーにいるレインを指さした。機体の整備を完璧にしておきたいのなら、どうしてレインを手放してしまったのかという顔だ。
 カラト委員長はがっくりと両手を大地につけた。世界の覇権をネオジャパンにもたらす夢も、もはやこれまでだ。全勝ペースで勝ち進むことができるドモンや、大会屈指の性能を持つゴッドガンダムがありながら、たった一人の整備士を蔑ろにしたためにこんな結果になってしまった。委員長として、その責任を追及されるのは間違いない。頭の中で最悪の未来予想図がぐるぐると回り始めていった。
 そのやりとりを遠くで眺めるドモンは、まだ勝負を捨ててはいなかった。かろうじてシュバルツの攻撃を凌ぐと、これまでの幾多の闘いを勝利に導いてきた必殺の拳を繰り出すべく右手に力を込める。
「まだだぁっ!俺には、このゴッドフィンガーが……なっ!?ぐああああああっ!!」
 ドモンは電流が走るような痛みを受けて、大地にくずおれた。何度力を入れても、今までのようにガンダムがドモンの動きを再現しようとしない。
「ゴ……ゴッドフィンガーが…… 撃てないッ……!?」
 苦しむドモンに会場中の視線が集中する。観客たちは試合の趨勢が決したことの、半ばあきらめに似た視線。カラト委員長たちは絶望に膝を落とし、サポートするはずのケイはまるで予想通りだったかのように顔をわずかにしかめるだけだ。未調整で実戦に出した武器が正常に動作しなくても、それは不思議なことではない。戦争用のMSでもガンダムファイト用のMFでも、もともと壊れやすい機械なのだから。
 そしてケイは、自分の態度を無責任だと責められる謂われはないと思っていた。レインでなければ、ゴッドフィンガーの調整は誰にもできないのだから。レインを追い出してしまった時点で、どれだけ後を取り繕おうともドモンの敗北は避けられなかったのだ。
 痛みと絶望で薄れゆく意識の中で、ドモンはこれまでの闘いを思い出し、それが虚しい結末を迎えるのを感じていた。
「俺は……たった一人で、こんなところで倒れていくのか……!?
 レインは去り、今まで助けてくれたシュバルツはいまや敵……“ブラック・ジェネレーションズ”の連中にも見放され、一心同体だと信じていた、ゴッドガンダムさえ俺の思うとおりに動いてくれない……!!
 俺は……俺はもう、この会場の中で誰も助けてくれる者もない、孤立無援なのか……」
 痛みだけが響く右手の上に、ガンダムシュピーゲルが傲然と立ち見下ろす。シュバルツは勝利を確信したか、ドモンに向かって哄笑した。
「はははははははッ!!
 ドモン! 所詮貴様一人の力では、私には勝てん事が分かったか───ッ!!」
 もはやシュバルツに言い返す言葉も、その裏付けもない。ドモンは歯ぎしりしながら、自分がもはや手の打ちようがないことを痛感した。だが、シュバルツは今もまた、ドモンにひとつの道を指し示した。自分の味方となったはずのレインを指さし、諭すように語る。
「ならば、助けを求めてみたらどうだ!?
 ……あそこにいるレインになぁぁッ!!」
「いっ……嫌だ!!あんな奴に……誰が頼むもんかぁぁっ!!」
 シュバルツの瞳が厳しい輝きを放つ。彼はこの期に及んで、なお子供のような意地を張るドモンに真剣な怒りを示していた。
「ならば……ここらで引導を渡してくれるッ!!」
 ガンダムシュピーゲルが両腕の刃を構え、竜巻のように高速回転を開始する。特設リング全体を駆けめぐりながら速さを増していく姿は、まさに“疾風怒濤”の名の通り、抗う者全てを斬り裂き打ち倒す威力と風格を備えていた。
「い……いかん!あれは……!」
 カラト委員長が、真っ青になった顔を両手で抱え込む。
「シャッフル同盟の戦士達を次々に撃ち倒した、シュバルツの必殺技……!!」
 マークはV2ガンダムのメガビームシールドで受け止めた、東方不敗のダークネスフィンガーの猛威を思い浮かべた。
 ダークネスフィンガーも石破天驚拳も、放った瞬間からそれ以上に威力は増えることはない。だから出力さえ勝れば盾で止めることは不可能ではない。だが、目の前で繰り広げられるシュバルツの技は、どんな盾も装甲も止めようがなかった。果てしなく続けられる連続斬りは、ビームシールドの出力が尽き果て、装甲が持ちこたえられなくなるまで続くのだろう。そして最後には、あらゆる抵抗が虚しく打ち破られ、その軍門に降るしかないのだ。
「シュツルムッ!!ウントォッ!!ドランクゥゥゥゥゥ──────ッ!!」
 ゴッドガンダムの周囲を駆けめぐり、時に正面から幾度も斬り裂き、シュバルツは無敵の進軍を続けていく。もはやドモンの敗北は誰の目にも必至に見えた。
『さあ……いよいよとどめに入るか!シュバルツ・ブルーダー!!』
「その、通りィィィ─────────ッ!!」
 場内に流れるアナウンスに答える余裕を見せつつ、シュバルツはドモンを大きく弾き飛ばした。無惨に機体を裂かれ、倒れてはいるものの、ドモンは永久連続攻撃からの解放を許された。
「フッ……情けない奴だ!貴様はやはり、あの頃から変わっちゃいない……」
「なにっ……?」
 ドモンは薄れる意識の中で、シュバルツの力強い声を聞いた。それはどこかで聞いたことのある、優しく温かい、心を許していた声と同じだった。
「変わっちゃいないんだ、あの頃と……あの頃と! あの頃とぉ!! あの頃とぉッ!!! あの頃とぉぉ────ッ!!!」
 漣のように繰り返すシュバルツの声を聞きながら、いつしかドモンは意識を失っていった。

 不安そうに試合を観戦していたショウの心に、不意に見たこともない光景が飛び込んできた。
 どこかの高原にピクニックに来ている家族の記憶。吊り橋の上から見下ろす高さに、ショウと同じくらいの歳の子が怖がり、肩車をしている兄に必死にしがみついている。
『怖いよ…… 怖いよ、お兄ちゃん……!』
 兄は優しく笑った。彼の上で泣きそうになっている子供は、姿も声もショウに瓜二つだった。
『ふふ……。泣くな、ドモン』
 それを見ていたショウは、シュバルツや東方不敗たちがどうして自分をあれほど構ってくれていたか、理解することができた。この、遠い記憶の中のドモンは、他人とは思えないほどよく似ていたのだ。
 そしてドモンを力強く支え、不安定な吊り橋の上を事も無げに歩く兄の声は、シュバルツ・ブルーダーの声だとしか思えなかった。
 高いと思うから怖いんだ、と幼いドモンを優しく諭し、シュバルツと同じ声の青年は変わらぬ歩調で進んでいく。
『いいか? 足元だけに気を取られるな。お前は一人じゃない。兄ちゃんを信じて、もっと遠くを見ていろ。そうすれば怖くなくなる。
 ほら、父さんも母さんも待ってるぞ』
 将来の悲劇とはいまだ無縁だった頃の、ドモンの家族たち……その中には子供の時からの友達だった、レインの笑顔も混ざっていた。
「これが…… ドモンさん……シュバルツさんの、記憶……?」
(そうだ。やはりお前には見えるのか、ショウ・ルスカ)
「えっ!?」
 心の中に、もう一人のシュバルツの声が届いた。
(お前の持っているニュータイプの力が、私とドモンの心を繋いでくれたらしい。そう、これは私とドモンがお互いに覚えている、かつて幸福だった頃の私たちの姿なのだ……!)
「それじゃあ、シュバルツさんは……!?」
 答えが返ってくるより前に、心を繋ぐ幻想の風景はかき消えた。意識を取り戻し、起きあがったドモンは、ショウと全く同じ結論に達していた。
「シュバルツ……!まさか、あんた……!!」
「教えただろう。人を信じる心があれば、恐れるものは何もない。
 聞こえるだろう、お前を応援する友の声が!!」
 明鏡止水の境地に達したときよりもなお強く、ドモンは己を縛っていた凍てつく鎖が溶けていくのを感じていた。いや、そんなものはもともと存在しなかったのだ。ただドモンが一人で、自分は孤独だと思いこんでいただけだった。
 試合が終わりかけたと思っている観客たちの中で、最後までドモンの名を呼び続ける仲間たちの声が。
 ゴッドガンダムを修復する術を知らない軍人たちの反対側から、その方法を知っているレインの声が。
 ドモンの心を呼び起こし、そして故障したゴッドフィンガーに、かつての輝きを取り戻させる。
 シュバルツはそれを見守る兄のように、ドモンが立ち上がるまで攻撃の手を止めた。
「ドモンよ!よくぞ立った!!」
 声に込められた喜びは、戦う相手が闘志を取り戻したことへの、戦士としての歓喜ではない。
「今こそ、俺の本当の闘いが分かった!! 今、爆熱するのは、レインと俺の心ッ!!」
「ならば、心して受け止めてみせよう!! お前たちの愛の力を!!!」
 己の小さな愚かさを捨て、自身の真の力に目覚めたドモンの心。そしてその成長を自分の勝利よりも喜び、己の手で確かめんとするシュバルツの心が、同時にショウの中に流れ込む。そしてその力を分かち合うように、ドモンの力がシュツルム・ウント・ドランクの回転を速め、シュバルツの力が石破天驚拳の光を強く大きく弾けさせていく。
「俺のこの手が真っ赤に燃えるううぅぅッ!!!!」
「勝利を掴めと轟き叫ぶ───────ッ!!!!」
 無限攻撃の超高速の刃と、流派東方不敗最強の光拳が真っ向から激突し、光の粒子を撒き散らし、居並ぶ人の視界と心を埋め尽くす。
 ロイヤルボックスで闘いを見守っていた東方不敗は、弟子の全力に息を飲んだ。
 試合観戦をあきらめてアレンビーを探していたクレアも、壮絶な魂の激突に、一瞬心を奪われた。
 二人の心を繋ぎ、力を受け続けていたショウにも、勝負の結果がどちらに傾くのか最後の最後まで分からなかった。
 宇宙世紀最強の戦士の一人と言えるマークでさえ、眼前の光景が現実のものなのか信じられなかった。
 シュバルツは両腕のシュピーゲル・ブレードで石破天驚拳を斬り裂き、突撃を続けていた。石破天驚拳と言えども、モビルファイターという機械から撃ち出されるビーム兵器のひとつのはずだ。たとえ、その出力が膨大であったとしても。それを物理的な攻撃である刃物で切り裂き、押し通っていく。ドモンがこれまで見せたこともないような巨大な力を……宇宙世紀のいかなる戦略級兵器と比べても遜色のない破壊力を一気に押し返し、ゴッドガンダムに肉薄した。
 それを押し返すドモンは、己の意志と魂の全てを石破天驚拳に注ぎ込んでいた。ために、試合場爆破のタイムリミットが、あと数秒に迫っていることにも気付いていなかった。試合を見守るほとんどの者も、そこまで気を回している余裕などなかった。
「……いかん!!」
 ショウはシュバルツがそう叫ぶのを聞いたような気がした。声には出さない、心の動きだったのかも知れない。その次の瞬間、二人の激突の決着が終わらないまま、海上特設リングは大音響と共に炎に包まれた。
 全ての者が息を飲む中、白い機体が無事な姿を現した。その手に損傷したガンダムシュピーゲルを抱きかかえて、間一髪で命を保ったドモンはゆっくりと地上に降下していく。
 ネオドイツの覆面を捨てたレインが、必死の応援をし続けたチボデーたちが、ドモンを祝福に集まっていく。その歓喜の輪を誰よりも満足げに見ていたシュバルツは、救護班の担架に載せられ、安堵の笑みと共に意識を失った。
 血で汚れていた彼の覆面を、救護班の面々は医療の見地から外していく。だがそれを見た人々には、謎の戦士の素顔というだけでは済まない衝撃を受けた。
「やっぱり……キョウジ兄さんッ!!!」
 ドモンは勝利の余韻も忘れて、兄と同じ顔をした戦士に駆け寄ろうとした。ショウはシュバルツの記憶の中で見た、ドモンの兄の微笑みと寸分違わぬ優しさを感じた。だが、シュバルツはそれに答えられる状態ではなかった。一刻も早く病院に連れて行こうとする救護班の行動は間違ってはいない。
「兄さんッ! 兄さぁぁぁぁぁん!!!」
 ドモンの叫びは、病院へと急行するシュバルツを見送るしかなかった。

 二人の壮絶な戦いすらも、翌日に向けての序章に過ぎなかった。
 数々の謎を残したまま、ガンダムファイト最終バトルロイヤルの幕が切って落とされようとしている。独占放送の視聴率は常識を超えた……しかし、その重要性を考えれば当然とも言える数字を弾き出すだろう。
『ここ地球でも、宇宙のコロニーでも、全世界の人々がこれから始まるガンダムファイト最終バトルロイヤルの開始を、今か今かと待ち望んでおります。
 果たして優勝するのはどのファイターか?そして向こう4年間、全宇宙の指導権を握るのはどの国か。
 そんな人々の期待と不安の視線が、あの決勝のリング!ランタオ島に注がれます!!』
 リーンホースJr.のブリッジにもガンダムファイトの中継が流れている。選手たちを讃えるナレーションと共に、威風堂々の入場が始まっていく。
 前大会優勝者である、東方不敗マスターアジアがついに戦場にその姿を現した。
 大会に旋風を巻き起こした新生シャッフル同盟の5人、ドモン、チボデー、アルゴ、ジョルジュ、サイ・サイシーの気迫が、テレビの画面からも伝わってくる。
 ゼウスガンダム、ジェスターガンダム……“ブラック・ジェネレーションズ”が収集する予定のなかったガンダムたちの力も、ドモン達に決して劣るものではない。
『下に見えるのが、バトルロイヤルの戦場となる、ランタオ島です。
 今、島では、まもなく始まる闘いに備え、バリア発生装置の最後の点検を急いでいるところです』
 観客たちの拍手と熱狂を浴びるガンダムたちの映像を見つめながら、“ブラック・ジェネレーションズ”は密かに出撃の準備を整えていた。
「ネロスガンダムとジョンブルガンダムは、デビルガンダムに荷担していると言っていたな……」
「ネオホンコン全体をくまなく捜索してもデビルガンダムは発見できませんでした。調査していないのは、あのランタオ島だけです」
 マークもユリウスも、今やガンダムファイターの拳の激突への興味などない。確実にその姿を見せるであろう、デビルガンダム出現の瞬間を、獲物を狙う視線で待ち続けていた。
「来るとしたら、間違いなく大会中ですね。
 ネオホンコンに集まった各国の首脳たちを人質にできるチャンスは、もう今しかありません。彼らを守るべきガンダムファイターは、ビームロープで囲まれたランタオ島から動けない……」
「東方不敗が順当に勝つようなら、ネオホンコン支配の正当性とデビルガンダムの力で全世界を恫喝する……。彼が窮地に陥ったときにデビルガンダムを出してくるか、それとも……」
「試合が始まったら、すぐに出してくるよ!」
 モニターから視線を動かさずにクレアが叫ぶ。その視線の先に、探し続けた機体が姿を見せていた。
「……ノーベルガンダム! 行方不明のはずが……」
「ネオスウェーデンに戻れたなら、私は分かるよ。あのノーベルガンダム……何か、おかしい……!」
 クレアが一夜を共にした元気な少女のイメージは、その機体からは感じ取れない。ノーベルガンダムの異常は、近くにいるドモンも感じているようだった。
「パイロットはモビルスーツの中で観戦していろ。映像をそちらにも回す。
 何が起きても、すぐに行動できるように!」
「了解っ!!」
 張りつめた声が全員から返る。マークもまた、艦長席からV2アサルトバスターに走るタイミングを考え始める。
『それでは最終バトルロイヤル!ランタオ島本決戦ッ!! ガンダムファイトォォォッ!』
「レディ……」
 画面に映るウォン・ユンファの表情を読みながら、マークは口の中で低くつぶやく。
「ゴォォ────ッ!!!」
 画面の中のファイターたちが一斉に拳を繰り出すのと同時に、ニュータイプたちもまた己の命を預ける機体に向かって走り出した。

「ねえ、誰が勝つと思う〜?」
 激闘の様子がスクリーンに映り、通信機からはカチュアの明るい声が響いている。ショウはこのまま何事もなく、大会が終わってくれればと思っていた。
「おじいちゃんか……ドモンさんかなぁ。シュバルツさんが出れないんじゃ……」
「そうだねー★ でも……デビルガンダムとは戦うけど、おじいちゃんと戦いたくないな。
 戦いが終わったら、こんどは私も遊びにつれてって欲しいな〜」
 カチュアの言葉は、子供たち全員の本心だった。東方不敗も内心そう思っていると、薄々ながら気付いてもいた。だが、それが子供たちの思い通りになるかどうかは、誰にも分からないのだ。
 そんなやりとりが終わるより前に、ショウは異変に気付いた。
「……シュバルツさん!?」
「えっ?」
「来てるよ、シュバルツさんがランタオ島に!」
 ニュータイプたちは次々に反応し、すぐに異常は誰の目にも明らかになっていく。彼方に眺めても見間違えようもない巨体。超人的知覚など必要としない、圧倒的な威圧感。
 ブリッジ内のスクリーンがガンダムファイトの中継から、デビルガンダムの反応を示す戦場図に切り替わる。
「デビルガンダム、出現しました!ランタオ島最深部です!」
「来たか!リーンホースJr.発進! モビルスーツ隊はすぐに出撃できるように!
 ケイ、俺のV2は準備できてるな!!」
 矢継ぎ早に指示を出しながら、同時にマークは戦況を映したモニターを追い続ける。緊張で汗が流れてくるのは、彼にとって長らく忘れていた感覚だった。
 シュバルツ・ブルーダーは、ランタオ島を囲むバリア・フィールドを前に立ち往生していた。
 これを突破しなければドモンの窮地を救うことは不可能だ。だが、爆破デスマッチで吹き飛ばされたガンダムシュピーゲルは、強行突破ができるほどの力は残っていなかった。
 万策尽き果て、なお希望を見いださんと思考を巡らす中で、彼の脳裏に少年の顔が突如浮かび上がった。
「ショウ!?」
 その名をつぶやき、背後を振り返れば、宇宙戦艦が進撃してくるのが見えた。このネオホンコンに来ている者たちの中で、これほどの力強い援軍はただひとつしかない。
「“ブラック・ジェネレーションズ”!!」
「シュバルツさん!やっぱり!」
 幼き日のドモンと同じ声が艦内から届いた。シュバルツは歓喜と安堵の笑みを一瞬見せたが、すぐに険しい表情に戻る。
「待てっ! うかつにこのバリアーに近づくな!!」
 進軍の前に立ちはだかるように飛び出し、モビルスーツの発進口に着地する。相手は扉を開けてシュバルツを迎え入れた。
 ギアナ高地で潜入したときは破壊の化身にしか見えなかった軍備の数々が、今は頼もしい存在に思えた。かつては侵入者に銃口を向けてきたマーク・ギルダーも、門戸を開いて共通の敵を倒すべく力を合わせようとしてくれている。
「どういうことだ、シュバルツ!強行突破はできないのか!」
「私も何度か中へ入ろうとしたのだが…… このバリアーは、コーナーポストを挟んで、内と外との二重に張られているんだ!
 そのうえ、空も海中も地底も完全にバリアーで包まれ、中のファイターが逃げ出す事も、外から助ける事もできない!」
「二重、か……! それなら……」
 V2アサルトバスターの最強の攻撃を叩き込めば、いかにガンダムファイター対策のバリア・フィールドでもひとつは破れるはず。そう決断したマークは、自らモビルスーツに躍り出た。
「エリス!リーンホースJr.のビームラムでバリアーを破れ!
 カチュア、出来た裂け目を、俺とお前の光の翼で広げるんだ!
 隙間ができたらクレアのペーネロペーで突破する!中からバリアー発生器を破壊するんだ!」
 無茶だという声は当然あがる。だが、宇宙世紀の奇跡の体現ニュータイプたちは、それぞれの力を最大限にもたらす機体を駆って、障害に向けて正対する。
「……なんという連中だッ……!
 高出力のバリアーがあれば、さらに高い出力のビームをぶつければいい……気迫や魂での解決などではなく、合理的で単純な結論だ。
 その単純なことを、彼らは本当にやり遂げてしまう……!これが軍事力の強さというものなのか……!」
 シュバルツはそう口にしたが、決してそれだけではないということも、ガンダムファイターの魂が感じ取っていた。
 ニュータイプたちもまた命を賭けて兵器を操り、死んでいった者たちの志を受け止めて戦い続ける……その崇高さは決して、ガンダムファイターに劣るものではなかったのだ。
 宇宙戦艦がビームの衝角を掲げて突撃する偉観には、思わず息を呑んだ。その衝撃が切り開いた突破口を光の翼が左右に押し広げる。熱核ギガブースターの人智を超越した加速力を見ながら、シュバルツは半ば唖然としながら、これならばデビルガンダムを倒すことができると確信した。
「DG細胞の強力な反応が、デビルガンダムとマスターガンダムの他にも二つ……いえ、ネオホンコン市街地にもひとつあります!」
「市街地にだと! ……クレア、事態は一刻を争う!犠牲を出すなよ!」
「了解っ!」
「あとは…… カチュア、アキラ、飛べるのはお前たちだけだ!一人で一体ずつ向かうんだ、危なくなったら俺が助けに行く!
 残りはリーンホースJr.を守るんだ!今の衝撃でかなりのダメージを受けている!」
 マークは出撃していく部下たちを見送りながら、戦力を分散せざるを得ない戦況に歯がみした。これでは向かわせた三人が、少なくとも二人は勝たなければならない。V2が救援に出ていった後で、もう一人が窮地に陥れば、アインラッドの二人を出すしかない。そうなれば艦の守りはほとんどなくなってしまう。
 V2アサルトバスターの火力ならデビルガンダムを単機で葬る自信さえあるが、戦場のどこにも行くことができない。戦っている者達全員がマークの助けを必要としていた。これでは葉を落とし、枝を切り落としてから幹を絶つしかない。マークは、デビルガンダムへの攻撃は戦線の推移を見守った後だと決めた。
 だが、戦士はまだ一人残っていた。傷ついたガンダムシュピーゲルをわずかに動かし、シュバルツはうめくような声を振り絞った。
「頼む……!私を……ドモンのところに連れて行ってくれ……!ドモンを助けなければ……!!」
「シュバルツ……!
 ……ショウ、フライングアーマーにガンダムシュピーゲルを載せて、二人でドモンを援護に行くんだ。ガンダムシュピーゲルだけでは危険すぎる!」
 シュバルツはその装備を見るのは初めてだった。常人の思想を超越したゲルマン忍者も、板のような形状の飛行機がガンダムを乗せて飛行できるとは思えなかった。
 だが、Hiνガンダムは疑問を挟む様子もなく、ガンダムシュピーゲルを支えて板に移動する。その動きに心を許して体を預け、機体を通してショウの心の温かさが伝わってくるような心地さえ感じた。
「マーク・ギルダー……。何と礼を言っていいか、言葉が見つからん……!」
「話はデビルガンダムを倒してからだ。
 ショウ、危険が大きければすぐに助けを呼ぶんだぞ!」
「はいっ!」
 カタパルトから飛び出した板の上は、確かにガンダムの全力移動よりも速くスムーズだ。何よりも、傷ついた今のシュバルツの体では一歩一歩が負担になり、体力を消耗させてしまう。それは戦力と勝率の低下に直結するのだ。
「便利なものがあるのだな……」
 ショウに抱かれているシュバルツは、素直にそれを認めることができた。軍人たちの持つ豊富な軍備は、臆病さや卑怯さの現れではない。ぎりぎりの場面になって初めてそのことに気付いた。
「私たちは武器や道具に頼らないことを、自分たちの誇りだと思ってきた。だからお前たちのことを、どこか別の世界から来た、異邦人のように思っていた……。だが、それは間違っていた。
 私たちもお前たちも、お互いに…… 私たちは技に、お前たちは技術に、誇りと魂を込めて戦っていた……。
 たとえ向かうところは違っていても、我々は…… 同じガンダムの兄弟なのかも知れんな……」
「シュバルツさん……」
 何度も、心を通わせた幻影を見た。こうして抱きとめているシュバルツは、大きく優しい、本当の兄のようにも感じられた。
 だからこそ分かったのかもしれない。かつてアクシズを己の命で支え止めたアムロとシャアのように、シュバルツの命が刻一刻と削り取られていることを。
 だが、最悪の想像に背筋を震わせる間さえなく、デビルガンダムの姿はショウたちの視界に現れ始めていた。


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