第四十三話 孤独への旅立ち
〜少女が見た流星〜



 出撃の前にユリウスが言った言葉は、いつもの冷静な表情から語られるものではなかった。少し沈んだ表情をするのは、この少年には珍しいことだった。
「いいですか、ショウ。今日から僕たちはテロリストになります。
 テロリストと軍人の違いは分かりますか?」
「んーっと……、テロリストは……悪い人?」
 ユリウスは少し肩を落としたが、それでもショウの返事は予想の範囲内であった。はっきり区別ができる小学生というのもおかしな話だからだ。
「簡単に説明するとですね、ルールを決めて戦うのが軍人で、ルールを決めないで戦うのがテロリストです」
 少し考えて言葉を選びながら、なるべくショウに分かるように解説していく。それはそれで面倒なことだが、納得させなければユリウス自身の心が納得できないのだ。
「たとえば民間人を巻き添えにしないとか核兵器を使わないとか、軍隊というのは、戦争をする国同士でルールを作るんですよ。戦争を始める時は宣戦布告をして、終わる時は終戦協定を結ぶ。それに違反してはいけないんです。
 テロリストはそういうことをしないんです。予告なしで攻撃しますし、平和条約も通用しません。作戦成功のためなら、民間人も巻き添えにします」
「やっぱり、悪い人なんじゃないか」
「信用できない人、が正しいですね。だから、隣に他の軍隊がいても、宣戦布告をされない限り戦闘は起こらない、はずです。
 しかし、隣にテロリストがいた場合は、殺される前に皆殺しにしないとこちらが危ないんですよ。もし捕虜を取っても、拷問をしても殺しても軍法違反ではありません。なぜなら、テロリストの捕虜になった場合、テロリストは軍事協定を守る気は最初からないので、拷問にかけることが当たり前だからです。もしも勝てないなら、捕虜になる前に自爆してください。その方が楽に死ねます」
「それって、よくないんじゃないの?」
「よくないと思いますよ。どんなことをしても勝つというだけでは、獣と同じです。殺すか殺されるかという事態にさえ理性の枠を嵌める。これが人類文明における最大の成果であり、またレゾンデートルであるべきですから」
「最後の方は、よくわかんないけど…… 今から僕たち、そのテロリストをやるんだよね」
「ええ。無茶なことを言っているというのは分かりますよ。だから、君も、やりたくなければ来なくてもいいです。いくらなんでもこんな作戦に強制参加はさせられませんから。君が嫌なら、シスにやってもらいます」
 シスは嫌だとは言わなかったが、そうでなければユリウスは自分がやろうと思っていた。しかし、そのことを打ち明けるより前に、ショウは閉じていた目を開けた。
「……シスちゃんにやらせるなら、僕がやるよ。結局、誰かがやらなくちゃいけないんだろ?」
 そういうことです、と答えておくだけにした。ショウがやる気になってくれれば、それでいいのだ。
「最後に、僕からひとつだけ頼みがあります。これは君にしか頼めないんです、ショウ……」
 真剣な眼差しを向け、ユリウスは短く語った。
「マスターガンダムで戦ってくれませんか」
「絶対やだ」

 五つの流星が地球に降り立つ。その後を追うようにして、二つが落下する。
 前者はコロニーからの反抗の象徴たるオペレーション・メテオと呼ばれる作戦であり、その後を追うのは“ブラック・ジェネレーションズ”が担当する支援行動、オペレーション・ピーチボーイズであった。
 その光景を見下ろし、マークはもう一度ゼノンに問いかけた。すでに何度も、同じ問答は終えていたが、マークはまだ憤懣を抑えることはできなかった。
「なぜ、俺が前線に立ってはいけないのです。あんな子供たちに行かせる必要が、どこに……」
「オペレーション・メテオの戦士たちは、皆十代の少年たちだ。同じ年頃の者たちの方が、交流しやすいと思ってのことだがね」
 ゼノン・ティーゲルは、用意していた答えを繰り返した。それが真実の答えではないことも……真実が何であるのか、マークが分かっていることも承知の上で。
「本当のことを仰ってください。俺が自分で行けば、この世界を……破壊するかもしれないと……」
 マークの言葉の裏には、彼の人生の最大の過失が……かつて世界を守りきることができずに、滅亡する光景を見ることになった悔恨が隠されている。彼がこの時代を眺める視線には、ただの嫌悪や拒絶ではない……怨念と言ってもいい、暗い炎が宿っていた。
「マーク……。君が世界を……たとえ目の前にある間だけでも、よりよいものにしようという権利は、かつてエルピー・プルを助けた時に使ってしまったのだよ。そう思ってはくれないかね」
 マークは答えず、視界から消えゆく流星を見続けていた。ゼノンはそれを、理性が激情に勝った証と受け止めた。
 アフター・コロニー195年……この時を基点に数千年の歴史を経た未来から、マーク・ギルダーは旅立ってきた。そして彼らの世界が破滅の危機に瀕している原因は、今、この時代から生まれようとしているのだ。

 地球圏統一連合の内部に存在する秘密結社OZは、その圧倒的な軍事力を背景にクーデターを決行。抵抗する連合の基地をひとつひとつ制圧し、全世界規模で動乱の火の手は広がりつつあった。だが宇宙世紀のエゥーゴやリガ・ミリティアのように、それに対抗できる戦力は、虐げられてきたコロニー側には存在しなかった。
 わずかに五機の、しかし最強の機体……ガンダムと呼ばれるモビルスーツを除いて。
 ごく少数の、圧倒的な技術格差を誇る高性能機と超人的技量のパイロット達が、地球全土を占める軍に対してどこまで戦えるのか……それはマーク・ギルダーの戦術思想の行き着く最高の実験場となるはずだった。しかし、彼は地球降下作戦オペレーション・ピーチボーイズには参加せず、後方で指示を出す位置に留まっている。実際に前線にいるのは、マークが鍛えてきた最強の戦士たちである。
 作戦名の由来となった移動カプセル、ブッド・キャリアーは高速移動、整備、住居を兼ねた部隊の家とも言える存在だ。その中で、ユリウスは久しく味わっていない緊張感を思い出していた。
「当面の目標は、他のガンダムたちと合流することです。OZの基地を叩いていけば、出会うこともあるはずです」
 捕虜になっても、まず助けは来ない。失敗はすなわち死だ。子供達五人だけの部隊を率いる責任者として、ユリウスは優位なはずの戦況図を何度も何度も確認し直した。この時代における“ガンダム”の呼称の由来となるガンダニュウム合金の追加装甲を身につけたHiνガンダムの防御能力は生半可な強度ではない。フィン・ファンネルの対ビームバリアーを合わせて考えれば、撃墜される可能性は限りなく低いはずだった。
 それでもユリウスは不安を感じ続けていた。あらゆる可能性を検討して、それが気の迷いだとは分かっていたが、不安が消えることはやはりなかった。

「ここまでか……。早かったな、俺の死も」
 撃てるだけの弾を撃ち、奇襲攻撃の戦果は甚大だ。だが、一機でできることは、やはりそこまでのようだった。
 機体に詰め込んでいた弾は全て撃ち尽くし、生き残った敵は目の前にまで迫っていた。冷たい光を放つ銃口を前に、トロワ・バートンは不思議なほど冷静だった。
 だが、彼の運命はまだ尽きてはいなかった。眼前に迫っていたエアリーズが光に撃ち抜かれ、爆発の中に消えていく。援護を放ったのは見たこともない、小型の飛行体であった。
「そう簡単にあきらめないでよ!」
 幼い声が、続いての攻撃の合図となる。ガンダムヘビーアームズの周囲に集まっていたエアリーズ部隊は瞬時に壊滅した。
「独立した六機の浮遊砲台とガンダムによる同時攻撃……。
 複数の敵に対しての迎撃効果、超遠距離への間接射撃、死角に回っての奇襲攻撃が可能。極めて強力な兵器だ。しかし……」
 分析を進める視線の前で、予測は現実のものとなる。一瞬のうちに背後や側面に回り込むフィン・ファンネルの速さに対応できず、エアリーズは次々に炎に包まれていく。
「パイロットが砲台の制御に集中する間は本体に隙が生まれる。それがその兵器の、唯一の欠点だ」
 ガンダムヘビーアームズが軽やかに宙を舞い、腕のナイフを閃かせる。後方からHiνガンダムを狙っていた一機のエアリーズが両断され、鮮やかな切り口を残して地面に横たわる。気付いていなかったわけではないらしく、感謝の声はすぐに届いた。
「あっ、ありがとう!」
「借りを作りたくはない……それだけだ」
 子供が乗っているらしい青いガンダムの向こうには、さらに一軍があった。小柄で頑強な風貌のガンダムに率いられたモビルスーツの軍勢は、OZのものとは異なる識別信号を出している。
 数の優位のみが頼りだったOZの部隊は、突如出現した40機という物量の前に、一気に叩き伏せられることになった。隊長機のガンダムが奇妙な武器でエアリーズを捕らえる。ヒートショーテルという大きく湾曲した形の剣は、降伏を迫り、命だけは助けるという優しい意志を込めての装備であった。
 だが、それがOZに通じることはなかった。どれほど内に優しさを秘めていても、テロリストという立場は他者に理解を求めることはできないのだ。沈痛の表情でレバーを引き、最後のエアリーズを破壊する。カトル・ラバーバ・ウィナーの胸に、またひとつ悲しみの光が宿っていった。

 OZの部隊を殲滅した後、残ったガンダムたちは緊張感を隠さぬまま睨み合った。一時の共闘は見せたものの、それが命を預けるだけの信頼に足るものかどうかは、まだ分からない。
「カトル様。奴は、先ほどの戦いで、弾を撃ち尽くした模様です」
「あのパイロットは、飛び道具になんて頼ってないよ」
 部下の進言を退けると、カトルは目の前の機体に精神を集中する。一瞬の隙を突いて懐に迫るナイフをシールドで止め、逆の手を押さえて睨み合う。それを数秒続けると、カトルは体の力を抜いて笑った。
「……違うよね」
 コックピットのハッチを開けると、ガンダムサンドロックから身を躍らせる。そこには優しさと同時に、勇気と信頼が溢れていた。
「戦っちゃいけないんだ、僕たちは!」
 カトルの叫びに応え、トロワもハッチを開けて姿を見せた。
『僕たちも行くべきでしょうか?』
「そうだね、きっと……そうだよ」
 ユリウスに答えると、Hiνガンダムからショウも顔を出す。
「テロリストだからって、いい人か悪い人かは……決まってなんかいないよね……」
 頼るもののない孤独な戦いを開始した少年たちは、心を許すことのできる唯一の相手の姿に安堵し、夕焼けの光に照らされる姿を長く見つめていた。


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