第四十五話 戦士の往路
〜ヒイロ閃光に散る〜



 ノベンタ元帥、セプテム将軍ら地球圏統一連合の首脳を葬り、さらに精鋭部隊によって各地の軍事基地を制圧する……OZの軍事クーデターはおおむね成功を収めていた。
 地球規模に広がった制圧域を維持するためには、少数精鋭の部隊では適任とは言い難い面がある。ある基地の防備は堅牢にできるが、彼らがいない地域は無防備になってしまうからだ。攻撃ではなく維持を考えた場合、やはり数は必要になってくる。クーデターを成功させたばかりのOZには、その人手はない。
 そこで考案されたのが、モビルドールと呼ばれる無人モビルスーツである。休むことなく広範囲を防御できるシステムとして、また人間の兵士の体力的な限界を考慮せずに運用できる強力な兵器として期待がかけられていた。
 だが、それには反発の声も上がっていた。機械に戦闘を任せることの危険性は科学者からも指摘され、OZの中核を担うパイロットたちは革命の立役者である自分たちが不要の存在になるのかと憤った。エルフリーデ・シュルツ特尉も、その一人である。
 彼女を始め、OZの兵士たちの不満が表面化しないのは、総帥トレーズ・クシュリナーダもまたモビルドールには反対の意志を持っていたからだ。トレーズならば必ず兵士たちの尊厳を守ってくれると、配下の者たちは全幅の信頼を寄せていた。だが、トレーズが将兵の不満の堰になっている間に、ロームフェラ財団はモビルドールの開発を進めていた。
 次の攻撃目標は、ガンダムである。
 軍隊は拠点という攻撃目標があり、そこを集中的に叩くことで連合の部隊を効率的に撃破できた。だが、ガンダムにはそういったものがない。神出鬼没の動きで襲撃を繰り返し、そして姿を消す。重要な基地に防衛能力を集めれば、そのぶん手薄になった場所が狙われる。全ての基地の防備を固めるには、モビルスーツの数が足りなさすぎた。
 方針はより攻撃的に、ガンダムをおびき出して叩くという方向で固められた。それも全てのガンダムを一気に、である。
「今回の作戦は、トーラスに新開発の起動システムを組み込むため、シベリア基地まで輸送することである。
 レイクビクトリア基地の設備も警備も信用がおけぬため、今回の移動作戦となった」
 整列した兵士たちを見下ろし、レディ・アン特佐は言葉を続けた。新開発の起動システムとは、もちろんモビルドールシステムのことだ。エルフリーデは、悟られないまま拳を握った。
「トーラスはOZのアフリカ支部の厳重な警護のもと、アラビア半島を抜ける。その後を我々が引き継ぐことになる。
 今のところ不穏な動きはないが、あらゆる手を尽くしている。すでに偽の輸送計画も発表した。
 今回だけは敵の好きにさせるつもりはない」
 兵士の間に私語が飛ぶ。それも、ガンダムという言葉が混じれば、規律の乱れよりも緊張を高める効果が目立つほどだ。ガンダム殲滅も作戦の一部と考えていると、作戦説明が続く。
「これまでの敗因は、不甲斐ない兵どもがデータ収集に手間取っていたからだ。今回はOZが本気で乗り出す。
 奴らの正しい叩き方を示そうと思っているのだ」
 レディ・アン特佐の物言いには、一言一言に棘が含まれていた。頭から将兵を小馬鹿にした発言には、さすがにエルフリーデも歯の奥を鳴らした。基地の警備を公然と卑下されたルクレツィア・ノイン特尉も、内心穏やかでない表情だ。レディ特佐はそんな表情を上から見下ろすのが好きなのではないかと勘ぐりたくもなる。
 大型スクリーンにガンダムの特徴が映し出され、レディ・アンは得意げに対策を講じていく。だが、実戦を交えてきたゼクス・マーキス特佐や、戦いぶりを見てきたエルフリーデは、果たしてそれだけで本当に勝てるのか疑念の目で見ていた。所詮は後方の理論屋の言うことではないかと。
 飛行形態に変形が可能で、一撃で多数のモビルスーツを吹き飛ばす主砲を持つガンダム01。
 隠密性が高く、気取られぬまま忍び寄り鎌の一閃で敵を刈り取るガンダム02。
 逆にガンダム03は、多量の火器で広範囲の制圧に適している。
 04と05はいずれも接近戦が得意な機体だ。ガンダム04は汎用性に富み、ガンダム05は上腕部を触手のように伸ばして遠近両面に攻撃を繰り出してくる。
 背部に複数の浮遊砲台を備え、単独で多数の機体と砲火を交えることが可能な青い機体をガンダム06と呼ぶ。
 ガンダム07は、01と同じく飛行形態に変形が可能であり、火力は01に劣るものの人智を越えた加速性能を持つ。
 ひととおりの解説を終えた後、レディ・アンはゼクスに視線を向けた。酷薄な笑みは、決して好印象ではない。
「さて、ゼクス特佐には、01迎撃にトールギスのみで当たってもらおうと思っているのだが……いかがかな?」
 ゼクスの傍らにいたノインが、一人では無茶だと反論する。部下を率いて援護に出ると進言するが、レディ・アンはその場でノインに司令部詰めを命じた。
「勝って当たり前、負ければ作戦全てがゼクスのミスか……」
 ノインは苦々しい目でレディ・アンを見上げた。エルフリーデも、口を挟みたいという衝動をこらえた。
 レディ・アン特佐はトレーズ総帥の寵を独占したいがために、信任厚いゼクスを亡き者にしようとしている。そんな噂はどこからともなく流れていたし、そう受け取られても仕方がない配置だった。
 エルフリーデはこのレディ・アンという上官が好きではなかった。OZの女性兵士の多くがそうであるように、彼女もトレーズに憧れ、彼に命を捧げても構わないと思っている。噂に踊らされるつもりはないが、それに真実味があると感じてしまうのも、また事実なのだ。

 指令が下り、各員は部署に移動するべく廊下を急いでいく。その中に混じっていたエルフリーデの前に、見知った人物の姿が見えた。すぐに敬礼の姿勢を取り、態度を正す。
「エルフ、堅苦しいことはなしでいいんですのよ?」
 気軽な笑顔は、自分にしか向けられることなどない。エルフリーデはそれを知っているから、硬い態度は崩さなかった。
 時代がかったOZの兵士のたちの中でも一際目立った麗装。大きく左右に張り出し、廊下の幅をいっぱいに占領した黄金の髪。うかつに触れた者がどうなるか、恐怖の声がささやかれていた。
 エルフリーデの手で、立ち上がれなくなるまで叩きのめされるのだ。幼いころから、二人の関係はそうだった。
 すぐに人に手をあげる娘として、エルフリーデは男子からも怖がられた。怪我をさせた相手に親が謝りに行ったことも数え切れないほどある。だが、本当の理由を知る者は、皆黙っていた。
 エルフリーデが最初に殴ってしまえば、謝罪するのはシュルツ家の者だ。だが、そうしなければキャンベル家の息女が関わりになる。ロームフェラ財団の中でも高位の家柄の者と諍いを起こせば、たとえ子供の悪戯が発端であろうと、下級貴族ごときの家など縁者もまとめて吹き飛ばしてしまうだろう。そしてそれ以上に、シャロン・キャンベル嬢が殴り合いにでも加わろうものなら、相手の悪戯小僧は本当に命を失ってしまう。
 深層の令嬢と、華やかりし美少女騎士……事情を知らずにそんな噂も流れたものだが、実際はエルフリーデは防波堤にすぎない。
 共に士官学校を卒業し、二人は離れた部署に配属された。エルフリーデは地上に、シャロンは宇宙に。そこでシャロンはエルフリーデが予想したとおりの……彼女が歯止めをかけなかったら、相手になる者がどんな無惨な屍を晒すことになるのか……予想通りの戦果を挙げ、ゼクス・マーキスと並ぶ特佐の地位を得ていたのである。
「特佐、ここでは士気に影響します」
「だから抱きついたりしないんですのよ? 私、エルフに会えるのが嬉しくてたまらないんですもの……。おまけに、狩りの相手が、あのガンダムなんですって?」
 シャロンは両手を組んで、今にも踊り出しそうな表情を浮かべた。もしも、この場に規律に厳しいレディ・アンが現れようものなら、両者の大爆発は避けようがない。エルフリーデは固い表情のまま幸運を祈った。
 ガンダムを相手にするには数も必要だが、質も不可欠だ。シャロンが援軍に来てくれたのは……それを口実に、OZ宇宙軍がその手に余る“蒼炎の王女”を地球に厄介払いしたいという事情は薄々見えているにしろ……有難いことは間違いないのだ。

『トーラスはまずい。戦闘蓄積データから学習機能を組み込んでいる。
 OZの制御システムを信用したいが、下手をするとパイロットの意志に反して勝手に動く可能性がある。人殺しをオートでやるなどと、こんな事をしたときの反動は大きい。
 破壊せよ! あれは、人類の脅威となる』
 ドクターJからの指令を受け取り、ヒイロ・ユイは口癖になっている、任務了解、の一語をつぶやく。その時、閉め切っている部屋のドアが開いた。
「誰だ!?」
 顔を見せたのは、同行しているデュオ・マックスウェルだ。彼の首に手を回して背中におぶさっている少女が明るい笑顔を見せた。その後ろには、黒い肌の美少女が苦虫を噛みつぶしたような表情をして立っており、金髪の少女が肩をすくめている。クレア・ヒースロー、レイチェル・ランサム、エリス・クロードの三人だ。
 一見仲のいい高校生のグループだが、彼らは並の人間ではない。ヒイロと同じく破壊工作を任務とする、ガンダムのパイロットたちであった。
「OZの輸送計画が完璧だ。それに空路と地上、二つの輸送情報が入ってる……」
「デュオが地上をやってくれるって言うから、ヒイロは私と空に行こうよ?」
 ヒイロは彼らに鋭い視線を向け続けた。デュオはヒイロの返答を待たず、去り際に一言だけを残した。
「こっちも作戦がないとやられるぜ……今度は」
 デュオはそれだけを告げると、すぐにヒイロに背を向け、立ち去っていく。そのまましがみついているクレアの背中が見え、レイチェルとエリスが後を追っていく。
「だからいつまでもひっついてんなよ!」
「そうよ、いいかげん降りなさいよクレア!」
「いいじゃない、この方が楽なんだし〜?」
 楽しそうな声が遠ざかっていく。鋭い表情を固持したヒイロは、やがて弾けるように椅子から立ち上がった。

「モビルドールが出てくるとなると、今の僕たちでは少々やっかいな相手ですね。
 本格化する前に叩いた方がよさそうです」
 ニキ・テイラーからの指令を受け取り、了解の返事を送る。通信を切ったユリウスが説明しようと振り向くと、すでに肩越しにモニターを覗き込んでいたカチュアと顔がぶつかりそうになった。
「やっかいって、ど〜ゆ〜ことなのぉ? ショウより強いの、それって?」
 カチュアは不思議そうな顔をした。ショウが負けるとは夢にも思っていないし、自分が戦うわけでもないから気楽なものである。
「個人戦闘ならショウの方が強いでしょう。機体の性能も、まさかHiνガンダムが苦戦するとは思えませんし……
 しかし、機械は確実な連携ができます」
「そんなの、私たちだってできるよ★」
「ファンネルがあるんだから、敵がいっぱい来ても勝負できるよ?」
 ショウも意見を挟んでくる。どうも、ユリウスの考えたことがうまく伝わらない。ニュータイプ同士は言わなくても分かり合うのに、こんな時は不便なものだとユリウスは少し肩をすくめた。
「戦闘データの共有や更新も簡単ですし……中にパイロットがいるという制約を無視した機体を作ることだってできます」
「……クレア中尉が乗っている機体のように……?」
 シスの言うことは、確かにそれも脅威ではある。しかしユリウスは、中のコンピュータが壊れますよと答えておいた。なぜペーネロペーが無事に動くのかは、あまり考えたくもない。
「機械は、疲れないんですよ。僕たちが寝ているときに攻撃を仕掛けられるんです。こちらも大勢いればいいんですが、今はモビルスーツが一機しかありませんから……。
 それに人が乗っていないのですから、特攻でも自爆でもやり放題です。人は死んだらそれまでですが、機械は生産すればいいんです。僕たちやガンダムパイロットを、モビルドール一機の特攻で倒せるなら、いくらでもやってくるでしょうね」
 そう言われると、自信を持っていたショウ達も黙らざるを得ない。さらに、ユリウスは最も注意しなければならない点を述べた。
「自動操縦の兵器は、敵を目の前にした者の判断を反映できません。撃っていい相手なのか、撃ってはいけない相手なのか、機械は区別できないんです。上手く使っているうちはいいですが、いつか一部の者の考えだけで無差別殺戮に使われかねないですよ。あの、バグのように……」
「それは、よくないよ!」
「動き出す前に破壊するべきね……」
 ようやく意見がまとまり、ユリウスは深く息を吐いた。一瞬で閃いたことを伝えるのにここまでかかるのだから、ニュータイプは認識力はあっても理解力は乏しいのかもしれない。
「……やっぱり、ニュータイプより天才の方が偉いですよ」
 もちろんこの愚痴も、理解はしてもらえない。

 エルフリーデとシャロンは、それぞれ高機動パックを背部に装着した、専用のリーオーを愛機としていた。エルフリーデの機体は雪白の塗装を施され、シャロンは“蒼炎の王女”の名の由来となる、青白い輝きを放つ機体にいる。
 狩りの時間だ。少なくとも、シャロン・キャンベルにとっては。モビルスーツの中で嬉しそうに敵の出現を待つ彼女の横で、エルフリーデは初陣の前日よりも強い緊張に囚われていた。
 火力や装甲ではガンダムには敵わない。まともに勝負になるのはゼクス・マーキスの駆るトールギスだけだ。だが、機動性を活かして接近戦に持ち込めば、あとはパイロットの腕が決め手になる。
 ガンダムは7機存在する。そのうち、5〜6機は来ると想定する。
 ゼクスがガンダム01を単機で食い止めることになっている。彼ならばそれを撃破し、もう一機と互角に戦ってくれると期待する。これで、残りは4機。
「ガンダム02なんて、いい機体だと思いませんこと? 生け捕りにして、私のものにしようかしら……」
 シャロンがそのつもりなら、それを止める手だてはない。02は接近戦用の機体である。シャロンの腕なら戦えるはずだ。
 自分がもう一機と戦うとする。どうにかできるのは、そこまでだ。あとは数で押し包み、勝利するのを祈るほかにない。ならば、接近戦用の機体を包囲戦術で倒し、広範囲に攻撃できる機体を一騎打ちで押さえ込むべきだ。
 実弾兵器を満載した03か、飛行するビームライフルを複数同時に操る06か…… ひょっとしたら、03は弾薬に引火して瞬時に吹き飛んでくれるかもしれない。
「私は、03を相手にしましょう」
「あんなものでいいんですの? あれでは、せいぜいが勢子の働きしかできないでしょうに」
 シャロンは遊びに来ているような口調で言うが、エルフリーデは暗澹たる気分で、出撃の時を待っていた。

 ヒイロ・ユイの眼下に、桃色の球体がある。川の流れに浮かび、漂う球体が割れるように開くと、内部からガンダム……飛竜を象った白銀の鎧をまとった、ヒイロの乗るウィングガンダムよりも大型の機体が飛び出してくる。乗っている者たちは、それを桃太郎作戦と呼んでいた。
「クレア・ヒースロー……!」
 飛行形態に変形し、ウィングをはるかに凌駕する速度で追ってくるパイロットの名をつぶやく。
「やっほー、ヒイロ?」
 返事が来る間にも、目標の姿は近づいてくる。輸送機の側に護衛の飛行部隊を認めると、瞬時に二人は同じ判断を下す。
「エアリーズは私が蹴散らすよ!その間にヒイロはターゲットを撃って!」
「任務、了解……!」
 クレアの機体が飛び出し、敵機との火線が夜空を彩る。彼らの反対側から別の砲火が浴びせられている。ガンダムヘビーアームズの強襲は敵を混乱に陥れた。それを冷静に見つめながら、ヒイロは新たな敵機の接近に注意を払った。
 機体を着地させると、高速で接近する機体にバスターライフルの砲門を向ける。敵の動きは、一直線に突撃してくるだけだ。十分に引きつけ、直撃を確信してヒイロはトリガーを引いた。
 轟音と閃光が駆け抜け、その後にはビームの粒子に砕かれた空間だけが残る。だが光よりも速いタイミングで、迫り来た敵機は上空に退避を終えていた。
「速い……!」
 次の瞬間、真上から二発の砲弾が降り注ぐ。悠然と舞い降りてくる騎士然とした姿の敵は、右腕に装備された砲を捨てると、盾の裏に備えられたビームサーベルを抜き払う。
 ヒイロは殴りつけるようにスイッチを押し、バスターライフルを捨ててそれに応じた。
 主砲を手放すことは、戦略的にはマイナスだ。だが、ガンダムのパイロットの誇りと覚悟を示すために、相手とは対等の勝負をする必要がある。それを敵パイロットに読み切られていることに、ヒイロは苛立った。
「プロトタイプ・リーオー……OZが完成させていたのか!」
 ガンダムを含めた、全てのモビルスーツの原型にして最強の機体。使いこなす技量を持つパイロットが見つからず、開発を断念されたはずの機体の名がヒイロの脳裏に浮かんだ。
 強敵を前に困難を選んだヒイロに、援軍が駆けつける。フィン・ファンネルが護衛のように周囲を固めるが、ヒイロはそれを振り切るようにウィングガンダムを飛び出させた。
「ヒイロさん!?」
「手こずるかもしれないが、破壊してみせる!」
 両雄の意志を悟ったのか、Hiνガンダムは周囲に集まる敵に注意を払い、ヘビーアームズは目標に向けて進撃を続ける。敵の望む通りに剣と盾を構え、ヒイロは真正面から突撃した。

 逆の方面でも、すでに戦闘は始まっていた。重力下に舞台を移しても、シャロン・キャンベルの戦いぶりに変わりはない。まずは脚を。次に抵抗する武器を使えなくするために腕を、さらには頭部のカメラや関節などの弱い部分をマシンガンで銃撃していく。
 だが、今日の相手は普段とは違った。連合の量産型ならば蜂の巣のように銃痕を刻み、相手は死の恐怖に泣き叫んでいるはずだ。それだけの銃弾を叩き込んだにも関わらず、ガンダム02は撃墜どころか揺らぐ様子も見せなかった。
「うふふふふっ…… ますます気に入りましたわ、ガンダム! 早く私の足下にひざまずきなさい!」
 シャロンの体の奥から湧き上がる新たな興奮に歓喜していた。無力な標的を踏みにじる時とは違う、歯ごたえのある獲物を狩り出す感覚は味わったことのなかったものだった。
 黒い機体がシャロンの放ったマシンガンに気を取られ、体を向けた瞬間に、包囲網を形成した僚機が斬りかかっていく。OZ宇宙軍にいたときは、こんな事態はありえなかった。彼女が一人で撃破できない敵などいるはずもなく、蒼炎の王女から獲物を横取りしようとする不心得者は、次の瞬間に哀れな獲物の仲間入りをするからだ。だが、今のシャロンはそれも咎めなかった。
 黒いガンダムが振り上げた光の鎌が、一機、二機とリーオーを斬り裂いていく。どれも、たったの一撃だ。リーオーの装甲など紙のように両断し、次々に閃光に変えていく。
 有象無象の輩など、せめて苦しむ姿を見せ物にでもしなければ獲物にする面白みもない。そう思っていたシャロンの心に、全く逆の快感が浮かんでくる。その衝動が命じるままに、高機動型リーオーのバーニアを全開にして突撃した。
 死神の鎌がリーオーの首にかかる距離に入る前に、ガンダムは左腕をシャロンに向ける。装着していた盾に光刃が浮かび、弾丸のように射出される。すでにその暗器のために、幾人もの兵が命を失っている。だが、今のシャロンにはそんな事など些事に過ぎない。
 機体を沈める。盾が頭上を通り過ぎ、しかし必殺の一撃に見えたそれが囮の攻撃でしかないことを示すように、ビームサイズの閃光が振り下ろされる。ビームサーベルを掲げて光を受け止め、段違いの出力差に押されて機体がきしみをあげる。モニターに危険を示す表示が増える中、シャロンは余裕の呟きを漏らす。
「危険な冒険には、これくらいのスリルがつきものですからね!」
 すぐさま、ガンダムの二撃目がシャロンの命を狙う。頭上にかかっていた圧力が消えた瞬間にガンダムの動きを読み、機体を真上に飛ばせる。横薙ぎに迫る刃を眼下に見下ろし、あのまま大地を踏みしめていれば両断されていたことを確信する。
「うふふふふふ…… 真っ二つですわよ、真っ二つ!」
 異常な興奮と快感に包まれ、シャロンは空中からビームサーベルを振り下ろした。真っ二つというのがどちらの事を指しているのか、シャロン自身にもよく分かっていない。
 ガンダムが飛ばした盾が左腕に戻り、ビームサーベルの一撃を受け止める。それを見て、シャロンは満足げに笑みを浮かべた。

 機嫌の良さそうな声が聞こえてくる。いつ、それが断末魔の悲鳴に変わってもおかしくはない。エルフリーデは生まれて初めて、シャロン・キャンベルの運命を案じた。
 04の率いるモビルスーツ隊との撃ち合いも激化している。この中にエルフリーデが加わっても、数十機対数十機という戦局に影響が出るわけでもない。そこでも、OZの精鋭部隊は、名も知らぬモビルスーツに押されていた。
 原因は一目見れば分かる。相手はビームライフルがあり、リーオーはマシンガンを持っているだけだからだ。
 トールギスがあれば。心の底からそう思う。
 だが、あの機体を使いこなせるパイロットが多くいるわけではない。火力と、数を揃えられる生産性と、平易な操作性を揃えた機体が……
 トーラスだ。あの機体はビームライフルもビームカノンもある。ガンダム01のように飛行さえできる。
「あれを守らなければ…… お前たちを倒せないなら……!」
 エルフリーデは敵を求めて戦場を駆けた。
 ダミーの列車の付近にいるのは、シャロンが戦っている02と、砲撃戦の指揮をしている04だけだ。本命の空輸基地の方に多くのガンダムが集まる結果になっていた。
 エアリーズの部隊が07の機動力に翻弄され、ゼクスのトールギスはまだ01を倒していない。一騎打ちを邪魔させないように06が周囲に気を配り、手の空いた03は基地を破壊に向かっている。エルフリーデが倒すと決めた機体だ。
 ガンダム03が持っているマシンガンは、味方の装甲を易々と打ち破っている。OZの兵器にはそれができない。宇宙でしか精製することのできないガンダニュウム合金の弾丸と装甲は、機体の性能差を絶望的としか表現のできないレベルにまで広げていた。
「貴様らに破壊させはせん……!なんとしても、守りきってみせる!」
 06が動かしている、浮遊砲台のビームが迫る。03はまだその先だ。右に、左に、降り注ぐ閃光を避ける。だが、背後からの一撃は避けられなかった。
 轟音をあげて機体が揺れ、大地に倒れる。そこで追撃があればエルフリーデの命は消えていただろう。だが、06のパイロットはそうしなかった。命を助けられたと感謝するべきか、舐められたと憤慨すべきか……そんな小さな事は、エルフリーデの思考の外に追いやられていた。背部の高機動パックは損傷したが、機体そのものはまだ動いてくれた。
 起きあがり、駆け出し、赤く塗られた機体の背に迫る。敵機の正面にいる味方と呼吸を合わせるようにタイミングを計り、前後から同時にビームサーベルで斬りかかった。その一機のリーオーが前面に辿り着くまでに、どれだけの味方がマシンガンとミサイルに命を奪われたか、エルフリーデには思いを馳せる間さえなかった。
 間合いの不利を悟ったか、マシンガンを捨てたガンダムは腕に装備されたナイフを構える。ビームサーベルでも、05が装備している特殊な近接兵器でもない。ただ、鋭く磨いた金属の板にすぎない。背後に迫っているエルフリーデに気付いている様子もない。
 神に幸運を感謝し、勝利への祈りを込めて、ビームサーベルを構える。その眼前で、悪夢が起こった。
 ガンダムに正面から挑みかかったリーオーは、ナイフの一閃で両断された。あまりにもあっけなく、現実なのかどうか疑いたくなるほどに鮮やかな断面を残して、モビルスーツは二つの残骸に変わり果て、そして爆発の中に消えた。
 次の瞬間、背後からビームサーベルが差し込まれる。斬るのではなく、突きだ。この爆薬を満載した機体ならば、それに火がつけば内部から爆発を起こす。この至近距離では自分自身が巻き込まれる可能性があるはずだが、それさえ無視した無心の一撃がガンダムの背面に直撃した。
 03の赤い装甲が押し出され、地面に倒れ、土煙を上げた。しかし、爆発は起こらなかった。立ち上がるガンダムの背中を見つめ、エルフリーデは愕然とした。
「無傷……無傷だと……! そんな……!」
 ガンダムは、押され、転んだだけだった。ビームの刃を無防備に浴びても、転倒の衝撃をまともに受けても、損傷どころか悪影響さえ見られない。エルフリーデは、自身の体から力が抜けていくのがはっきりと分かった。
 これが、死の恐怖か。いや、これが、死か。
 正面から挑んで玉砕した兵士も、彼を辿り着かせるために散っていった数多くの勇者たちも、最後はこんな気持ちだったのだろう。信頼していた愛機が、冷え冷えとした鉄の棺桶にしか感じられない。
 しかし死を覚悟した瞬間、ガンダム全機の動きが突然止まった。
『ガンダム各機のパイロットに告ぐ!我々は、コロニーをミサイルによって攻撃する用意がある!』
 味方の声だ。それに命を救われた。それは確かだ。だが、レディ・アンの声は、素直に恩を感じるためには、あまりに下卑た言葉の羅列であった。

『これは脅しではない!パイロットは今すぐ降伏し、我々にガンダムを引き渡すのだ!』
 Hiνガンダムの中でそれを聞くショウは、近くに潜んでいるユリウスに通信をかけた。
「ちょっと!どうするのさ、これ…… 僕たちが戦ったら、関係ない人たちが……!」
 ユリウスからの返事は、少し遅れた。彼なりに考えを巡らし、ショウが納得するような言葉を選んでいた。
「とりあえず降伏はしません。戦う準備をしたまま、事態を見守りましょう」
 言葉の裏で、ユリウスはニヤリと笑っていた。ショウの言うとおり、狙われているのは関係ない人たちなのだ。
 コロニーとガンダムの間に繋がりがあると証明されたわけではない。関連性がはっきりしているのなら政治問題にすればいいだけだ。そうなってはいないのだから、まだOZは関連の疑いありと強弁しているだけに過ぎない。実はコロニーとガンダムが無関係であったら、OZの行為は取り返しのつかない失策になる。
 そして、ガンダムがコロニーの被害を顧みずに攻撃を再開するなら、それはそれで事態はOZにとって不利にしかならない。ミサイル攻撃が口先だけならばトーラス輸送機を全滅させるだけだし、本当に攻撃を実行するならコロニー住民は激怒するだろう。宇宙と地球の間に大動乱が起こる。それは寝た子を起こす結果にしかならないのだ。そしてガンダムとその背後にいる者たちは、OZの暴挙をいい政治宣伝に利用できる。
 OZの女性将校の声は自信満々だ。高圧的に出ることしか知らず、戦略的な失策に気付いていないのは間違いない。この手の人物は、部下が止めようとすれば、その部下を恫喝してでも我意を通すだろう。
「さあ……どう出ます、ガンダムの人たちは……?」
 ユリウスは自信に満ちた笑みを浮かべて、ガンダムパイロットの決断を待った。いや、時間を引き延ばすだけでかまわないのだ。OZがミサイルを撃った瞬間に最高の大義名分が手に入る。
 ブッド・キャリアーの中で腕組みをする彼の前に、見知らぬ映像が飛び込んできた。機械の義眼を嵌めた白髪の老人がモニターを占領する。
『OZに告ぐ。君たちがここまで愚か者の集まりだとは思いもよらなかった。
 宇宙コロニーはOZとの戦いなど望んでおらん。私個人が君たちに戦いを挑んでいるのだ』
 急な展開に、ショウが慌てた声をよこす。
「だ、誰なの、この人?」
「黙って見ていてください。いいところなんですから……」
 これからの一言半句次第で、そのコロニー住民が丸ごと戦力に変貌するかもしれないんですからね。
 ユリウスは頭の中でつぶやき、謎の人物の言葉を待った。
『コロニーを攻撃するなどと人道に外れた戦術も、なりふり構わぬ勝利のためなら致し方ないのだろう。
 よってここに、降伏を宣言する』
 その言葉に、ユリウスの笑みは崩れた。彼らの任務はOZの殲滅以上に、ガンダムの援護を通してのデータ収集であるからだ。ここで降伏されて戦争が終わってしまえば元も子もない。
「ゲームオーバー……ですか? これは……」
 とはいえ、あの人物は“ブラック・ジェネレーションズ”の指揮官ではないのだから、一緒に降伏する必要はない。この場をどうやって切り抜けて脱出するか、考えをその一点に絞って思考を再開した。

 刃を交え続けたトールギスの眼前でウィングガンダムのコックピットが開く。姿を現したヒイロ・ユイは、普段と全く変わらぬ、沈着な表情でいた。それを見たショウは、あまりに静かな表情に込められた決意を感じ取り、愕然とした。冷静な戦士という共通項はあれ、ヒイロの心の強さは明鏡止水の境地とは別種の、しかしそれ以上の強固な精神力であった。
「ユリウス……!」
 指揮を呼びかける声が震える。ビームライフルを構え直すが、しかしそれを向けるべき、敵の指揮官は目の前にはいない。そうしている間に、老人は最後の指令を下した。
『降伏はする。しかしガンダムは渡せん』
「任務……了解!」
 ヒイロは、全ての兵士たちの視線が集まる中、右手に持ったスイッチを押した。
 その瞬間、ウィングガンダムは目映い閃光に包まれた。機体の象徴である羽根が内側から歪んだ。無敵を誇るガンダニュウムの装甲が無惨に爆散した。ヒイロが機体から吹き飛ぶのを何人もが確認した。そして、焼け焦げた機体から煙を上げたウィングガンダムは、大地に膝をつき、前のめりに倒れていった。
「あのパイロットはここまでやれるのか……!」
 ゼクス・マーキスは、驚嘆とも畏敬ともつかない思いに胸を震わせた。
「痛い……! 体が……心が……!」
 カトルはヒイロが倒れるのをなすすべもなく見つめ、心に流れ込むイメージを必死に耐えた。
「ガンダムを…… こんな手段で追い詰め……最後は自爆だと……!」
 エルフリーデの脳裏に、トレーズから受けた言葉が甦る。しかし、それも虚しい言葉に変わってしまったような気さえする。
「ヒイロさん…… どうして、そんな……」
 戦場の全ての兵士がそうであるように、ショウも完全に気を呑まれ、茫然自失してしまった。
 そんな状態から最初に立ち直ったのは、トロワ・バートンとユリウスだった。
「聞こえているか。ここは一度引くしかない!」
「撤退しますよ、ショウ! ブッド・キャリアーまで急いで! OZが戦意を失っている間に!」
 トロワは地面に転がるヒイロを拾い上げ、トールギスに背を向ける。
 Hiνガンダムのバーニアを噴かせ、戦場から離脱しながら、ショウは忘れていた感覚に全身を震わせていた。
 ……ヒイロさんは自爆までできたのに、僕にはそんなことをする勇気なんてない…… やっぱり、僕は弱虫なのか……?
 ブッド・キャリアーに格納され、撤退するということ自体が罪悪であるように思えてくる。今すぐ戦場に引き返し、ヒイロのように死ぬまで戦い抜かなければとさえ思う。だが、そんなことはできないし、そんなことをしても何の意味もない……そう考えても、命惜しさに言い訳をしているだけではないかと反問が浮かぶ。
 その答えが出ることはないまま、ブッド・キャリアーは戦場から姿を消した。


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