第四十六話 雪原に消えたショウ
〜悲しき決戦〜
エルフリーデの望んだ形ではなかったものの、ガンダムたちとの戦いはその幕を下ろした。あれからガンダムが姿を現したという報告を聞くことはなく、残党狩りの任務が強化されることもなかった。
あの場はコロニーへのミサイル攻撃という事態には至らずに収まったものの、宇宙要塞バルジが武装解除をしたわけではない。ガンダムが現れれば、いつでもそれを実行できる……結果論だが、レディ・アンの脅しはガンダムの動きを封じるのに役立っていた。
それを快く思わない一部の兵士は、彼女がトレーズから叱責を受け、戦略の路線転換が決まったことで内心笑みを浮かべていた。常識的にはレディ・アンは更迭を免れない形だ。
だが、彼女が指揮してきた作戦とは全く逆の方針に切り替わっても、なおその座が動くことはなかった。意に沿わぬ任務を与える懲罰人事と捉えることもできた。しかし、レディ・アンはそれらの声を跳ね返した。すでにガンダムとの戦いも終わり、これからは地球と宇宙の間に友好な関係を築く時……各コロニーを周り、融和を促す外交官としての彼女は、OZの将兵が知る彼女とは別人のような優しい表情と穏やかな言葉で、コロニーの信頼を勝ち得ていったのである。
男をたらし込むことだけは達者だという陰口はあった。だが、ああまで見事に化けることができるというのは、女性としてやはり羨ましい特質だ。エルフリーデは男勝りなだけの自分を振り返り、素直にそう思う。
戦いの時代の終わりは、騎士が技量と名誉を競い合う時代の終わりでもある。それらはもはや不要の存在となり、これからはモビルドールが平和を守る時代になる……そんな情勢に複雑な思いを抱いていた将兵の耳に、ひとつの希望が噂となって流れていた。
先の戦いで壮絶な自爆を遂げたガンダム01を一部の将士が回収し、密かに修復を終えて、実戦配備も可能な状態にあるという。あの脅威の戦闘力が、今度は自分たちの力になってくれる。たとえその力を振るう機会はないとしても、喜ばない兵士はいないだろう。それを行っている人物が、名望高いゼクス・マーキス特佐であるということも、一騎当千の名機への期待を高めさせていた。
ところが、ロームフェラ財団はガンダムの爆破を決定した。ガンダムは反抗の象徴であり、OZに刃向かうものだというのがその理由だ。これには将兵もあっけにとられ、トレーズも反対意見を示したものの、財団の決定は覆ることはなかった。
反抗の象徴として見られたくなければ、外装を変更して、顔と名前をガンダムでなくせばそれで済む話だ。トールギスの改良型と言い張ってしまえば話の分からない老人たちはあっさり騙し通せるかもしれない。全てのモビルスーツはトールギスから生まれたのだから、嘘を言っているわけでもないのだ。
だが、象徴という理由付けも、モビルドール推進派が戦士たちに新たな力を与えたくないという政治的圧力だと考えれば、こうした反論も無意味に思えた。
かくして、レイクビクトリア基地にロームフェラ財団から調査官が送り込まれ、その確認のもとでガンダム01の爆破は遂行された。
「ヒイロ・ユイが生きているですって?」
ユリウスの声が裏返るのも無理はない。自爆を敢行し、モビルスーツが吹き飛んだのに、パイロットが生きていることなど断じてあり得ない……はずだ。驚異の時代、未来世紀を越えてきた少年たちでさえ、さすがにこの報告には耳を疑った。さらに後に続く指令を聞き終えたユリウスは、首をかしげながら振り返った。
「次の任務地は南極です」
「南極? 凄く寒いんじゃない?」
ショウは、ユリウスが困っているのはそのことかと思った。
「いえ、ブッド・キャリアーは地球上のどんな環境でも問題なく機能します。さすが未来世紀のマシンですよ。
問題は、任務の内容が、ですね…… 南極にあるOZの基地にヒイロが招かれ、そこでトールギスと決闘をするので、立会人として見届けろと……」
「なに、それ〜?」
「なんでそんなことをするのでありますか?」
カチュアやミンミでさえすぐには納得しない。ユリウスは頭を抱えて、僕に聞いても分からないです、とうなだれた。シスが罠の可能性を問えば、たぶん100パーセントだと答えるしかない。
「ヒイロの戦いを、どうしても見なくちゃいけないんだよ……きっと……」
ショウは確信した面持ちでつぶやいた。
戦いの歴史を見守り、綴ること……それが彼ら“ブラック・ジェネレーションズ”に課せられた最大の任務だ。たとえこの場で納得はできなくとも、歴史の真実がそこにあるなら、彼らは向かわなければならない。
「そうはいいますけどね、ショウ……」
「いまさら逃げられないよ!僕たちは行かなきゃ!」
いつにもなく強い姿勢のショウに押されるような雰囲気の中、彼らは南極へと移動を始めた。なにか様子がおかしいとは思ったが、それがどうしてなのかは誰にも分からなかった。
OZの中でも高名なパイロットの方々に護衛していただけるとは心強い限りですな。字句はへりくだっているが、男の態度は慇懃無礼そのものだ。美貌への讃辞が後に続くが、エルフリーデはもちろんシャロンも聞いてはいない。
「我々の同行に同意いただき、感謝しています」
握手を求めて差し出された手に、エルフリーデは敬礼で応じた。軍隊式の挨拶に気圧されたのか、相手はすぐに手を戻す。エルフリーデの真意は、こんな男の手を握りたくないだけであった。この人物が、ゼクス・マーキスへの嫌疑を追い続けているアハト調査官だ。
ガンダム01の爆破は滞りなく遂行されたはずだが、ゼクスへの疑いは晴れていなかった。調査隊はレイクビクトリアから南極基地まで彼を追い、徹底的に追求すると唱えている。エルフリーデがそこにやってきたのは、ゼクスの無実を証明したいということと、もしもそうでなければ強力な機体に対してパイロットたちが抱く視線について訴え、ゼクスの暴走を弁護するつもりでいたからだった。
だが、アハト調査官は、彼女らをトレーズの差し金と判断したようだった。感謝を口では述べたものの、自分が小部隊を率いて先行し、シャロンたちには引き連れてきたモビルスーツ隊の指揮を担当して欲しいと言い残したのである。彼はゼクスがガンダムを隠匿していると決めてかかっており、それをロームフェラ財団に報告するという手柄を独占したいという態度がありありと伺われた。
「見下される者というのは、そういう顔をしているものですわね?」
アハトの姿が見えなくなると、シャロンは不機嫌そうに言った。周りはアハトの部下ばかりだが、雰囲気に押されるのはむしろ彼らの方だ。
「あんな男が讒訴に及んだところで、それを喜ぶ者など…… そんな程度の者しかいないでしょう」
エルフリーデも嘆息した。その隣では、どうして男というのはああなのかしら、とシャロンが苛立っている。
「私と釣り合うような殿方は、やはりトレーズ様の他にはいらっしゃらないものかしら……。
ああ、エルフが女性でなければ、今ごろはプロポーズのひとつもしておりますのに?」
エルフリーデの背中は凍り付いた。男たちの肩がビクッと震えるのが見える。
何も、こんな男性に囲まれた場所でそんな事を言い出さなくても。
「お、お戯れを?」
「冗談ごとではありませんわ。トレーズ様にその気がありませんのなら、トレーズ様が見込んだ男でもなければ納得いきませんもの」
冷や汗が流れてくるのが抑えられない。周囲の男たちも仕事に集中するふりをして、ひたすら矛先が向かないように祈っている。話しぶりからすると、すでにトレーズには断られたようだ。彼がいかなる表情を浮かべ、いかなる言葉で回避したのか、凡人に想像できるものではない。
「……ゼクス特佐は、いかがです? 彼は、トレーズ様も、信頼しておられる、ご様子ですが……」
単語を発するごとに呼吸を挟まなければ言葉を続けられない。不自然なしゃべり方だとはエルフリーデ自身も思ったが、会話は彼女が続けるしかなかった。
「仮面で顔を隠す男に、真っ当な生き方ができるとは思えませんわ」
シャロンは即座に言葉を返した。
だが、他にトレーズに比肩するか、彼が認めた男など思い当たらない。シャロンが不満げに足を踏みならす音が聞こえる中、緊張に満ちた無言が続いた。
それを破ったのは前線からの通信だった。アハトの口調からは、出撃前の下卑た響きは消し飛んでいた。死の恐怖に強張った声が静寂の室内に流れ出す。
『な…… 南極103ポイントで、ゼクスの部下と交戦中……!
ガンダムは……ガンダムは……!』
「交戦中だと!?」
エルフリーデの視界が暗くなった。気を取り直すのに、数秒を要した。
そんな事があるはずがない。なぜなら、誰にもそんな事をする理由も得られる利益もない。
ガンダムを隠して再利用を考えているのであれば、調査官暗殺などをすれば事態の悪化を招くばかりか反逆罪に問われても不思議はない。無論、鹵獲したガンダム01の使用嘆願など吹き飛んでしまうだろう。
アハトが先に攻撃を仕掛ける可能性も、あり得ない。彼はロームフェラ財団から認可を受けた調査官であり、ゼクスはそれを受け入れる義務があるからだ。基地の内情を見せろと言えばそれで事は進むはずだった。
「……貸せっ!」
エルフリーデは伝令官から通信機をもぎ取り、声を荒げて叫んだ。
「調査官! どうなっているんです、アハト調査官!?」
『ガンダムはここにいたぞ……!!』
それを最後に、通信は途絶えた。彼の断末魔の叫びであったことを裏付けるように、出撃した全ての機体の反応が消えたことをオペレーターが伝える。それを聞いたシャロンの相貌に、彼女らしさが……意に沿わぬ者の死を喜び、嗤う表情が戻っていた。
「弔い合戦……ということですわね?」
シャロンの声は、生前のアハト以上に酷薄な性情を隠しもしない。
残された者の立場は、まさしくシャロンの言葉通りでしかなかった。死亡したアハトから後詰めの指揮を任されたのも、階級から導き出される代理の指揮官もシャロンであり、他の者たちは彼女の言葉に従うしかない。そして友軍が理不尽にも撃墜されている以上は、敵を討つのは当然のことだ。
だが、エルフリーデはシャロンの真意を悟り、息を飲んだ。
“蒼炎の王女”を後に回すなどという無礼者に対してシャロンが爆発しなかった理由は一つしかない。アハト調査官は事を収めに行ったのではなく、荒立てに行ったのである。だからこそ彼の非礼を放置し、ゼクスと激突するのを待ち望んでいたのだ。そして事態は望み通りに暴発という結果を招き、手柄を焦ったアハトはもうこの世にいない。
「これは何かの間違いです!ゼクス特佐が調査隊への攻撃など馬鹿げています!」
エルフリーデは我を忘れていた。シャロン・キャンベルの命令に対して異論を挟む者がどんな運命を辿るのか、知らぬ彼女ではない。その旧知の仲がシャロンの怒りを和らげたのか、それとも動かし難い事態に絶対の自信を持っていたのか……シャロンの笑みは、変わることはなかった。
「ガンダムがいたとの報告もあるのですわよ……?
ゼクスはガンダムを私物化し、ロームフェラ財団への反逆を企てている。アハト殿は、そう考えておられたのでしょう?」
周囲の者は、青ざめた顔を縦に振る。事の真相がどうであろうと、アハトがその線で調査を進めていたのも事実なのだ。
「お待ち下さい! この戦闘の原因が何か、今一度詰問の使者を送りましょう!使者には私が行きます!」
シャロンはエルフリーデの必死さをおかしそうに笑っていた。遠い記憶を懐かしんでいるのかもしれなかった。小さいころから、エルフリーデはこうしてシャロンの餌食になる者を守っていたものだ。たとえそれがエルフリーデの手による制裁という形であろうとも。
「使者を出すのは、よろしいですわ……。ただし、貴方はここに残りなさい、エルフ? これは、命令ですわよ……?」
「ハッ……!」
徒労感に苛まれながら、エルフリーデは敬礼を返した。エルフリーデが何を言おうと、シャロンはこの機会を逃すつもりはないのだ。ガンダムという高性能機を手に入れることではなく、OZ最強の騎士と謳われたゼクス・マーキスを相手に戦う絶好のチャンスを。
トールギスの構えた火砲が放たれ、雪と氷の大地に爆風が駆け抜ける。ヒイロはその威力に押されながらも、直撃を避けつつ反撃を続けた。
ヒイロが駆る機体は、敵の手で修復されたウィングガンダムではなく、同行したトロワから借り受けたガンダムヘビーアームズである。慣れない機体を使っているうえに、彼は左腕を負傷していた。ウィングほどの機動性も飛行能力もないヘビーアームズでは挙動の一つ一つが出遅れ、後手に回らざるを得ない。対するトールギスは大出力のバーニアで宙を舞い、上方から自在に攻撃をかけることができる。戦況はヒイロに不利であった。
だが、突如トールギスのレーダーからヘビーアームズの反応が消える。ヒイロは周囲の氷壁を撃ち崩し、雪煙の中にヘビーアームズを覆い隠していた。
「あんな避け方するんだ?」
「弾切れが怖い機体で……思い切ったことをしますね、ヒイロ・ユイは」
OZの基地に迎えられたショウ達も、二人の動きには感嘆していた。子供たちに危害が加えられないように見守る形で、後ろではトロワ・バートンが腕を組んでいる。
ヒイロを見失ったゼクスは、即座に熱源反応を映した画面を見やる。視界を覆ったとしても、モビルスーツの廃熱は極寒の地においては目立ちすぎていた。
上空からの射撃が連続してヒイロを襲う。自らが起こした吹雪の中を逃げまどうヘビーアームズは、数度の砲撃を回避しつつも、雪の大地に足を取られて転倒した。
「もう見つけちゃったんだ〜? 強いのね、ゼクスって人?」
カチュアが無邪気な声をあげる。ニュータイプの子供たちには、ヒイロが取った方法では機体の隠蔽など通用しない……しかし、ゼクスは常人なのである。超人にとって当然の行動を常人ができるのならば、敵にとっては常人ではないのだ。
邪心のない賞賛を聞き、基地に残った兵士たちの指揮を執るルクレツィア・ノインの表情にかすかな笑みが浮かんだ。敵基地の中で、将兵に囲まれた少年たち……常識では生きて帰ることさえ絶望的な状況である。しかしノインはガンダムのパイロットたちを拘束する気配も、そんな準備があることさえ感じさせなかった。
転倒し、隙を見せたヘビーアームズから離れたところにトールギスが降りる。ゼクスはまだ、この決闘を楽しむつもりのようだった。
「……無意味な決闘の割には、長く続いているな」
トロワ・バートンが口を開いた。ヒイロとゼクスの決闘に対して、彼だけは何の感慨も抱いてはいない。
「無意味……無意味だと?」
「違うか? 詳しくは知らないが、この基地にいる者はOZに追われている」
トロワの言葉を否定する者はいなかった。ユリウスは大人たちを見回し、内心で溜息をつく。
基地の奥まで敵を迎え入れ、しかも追ってきた友軍を射殺までしている。これが軍の指令ではないのだとしたら、ノイン達のやっていることは反乱以外には考えられない。
ガンダムパイロットを一網打尽に逮捕する罠かと思っていたが、反乱と一蓮托生にされては罠の方がまだマシだ。
「俺たちは今コロニーの守り方を失っている。こんなところで時間をかけているわけにはいかない。
さっさと終わらすために、介入者が現れないように待機する」
「介入者…… 調査隊のことか……」
ノインを残して、トロワは部屋を退出し、ヒイロが残したウィングガンダムに向かう。
「カチュアちゃん、シス、ミンミ、ショウ。僕たちも迎撃に行きますよ」
事がこうなった以上、退散できる機会を逃すわけにはいかない。ユリウスはブッド・キャリアーに戻っていた方が安全だと考えた。
だが、ショウは自分の身の安全よりも、ヒイロとゼクスの決闘から何かを学ぶことの方が大切だった。
「最後まで見ていかないの!?」
「ガンダムに乗っていた方が近くで見れますよ」
一言で議論を片づけ、部屋の入り口に足を向ける。
「待て、君たちのような子供が、戦いに出るのか?」
「あなたたちが戦う方がもっとまずいでしょう!」
さすが反乱軍だ、と苦虫を噛みつぶしながら、ユリウスは足早にブッド・キャリアーに向かった。
この基地に攻めかかってくるOZの部隊は、トロワやユリウスにとってはもともと敵同士である。しかし、ノインやゼクスにとっては昨日までの味方だった者たちだ。
彼らを敵に回すと覚悟したからこそこんな行動に出たのだというのは分かる。しかし、ガンダムのパイロットが少年兵だからという他人の都合のために、かつての友軍を率先して討ちに行くというのはあまりに無神経な話だ。
ブッド・キャリアーに辿り着き、コックピットに座ると、ユリウスは荒く息を吐いた。
「非常識には、未来世紀で慣れたつもりでしたけどね……
あそこは頭痛がしましたが、ここは気分が悪くなります」
ヘビーアームズのマシンガンが弾切れを起こし、ドーバーガンの直撃を受けて雪原に倒れ込む。その映像は確認したが、今のユリウスは何の感想も抱かなかった。
ヒイロとゼクスの決闘が行われている基地に最初に近づいてきたのは、OZの調査隊ではなかった。
だが、その民間機も、すぐにエアリーズの接近を受ける。エルフリーデが懇願したゼクスへの詰問の使者たちである。
「民間機、直ちに着陸せよ!ここは作戦空域である!」
エアリーズのパイロットは、すぐには攻撃を仕掛けなかった。常識に照らせば南極に民間機が無断でやってくることなどあり得ない。戦闘が行われている最中では、それは敵機と見なすのが当然の認識である。
だが、危険に対して心の備えをしながらも、OZの兵士は警告なしの攻撃をかけるような真似はしなかった。そんな意図に反して……もしくは、不安の通りに……謎の民間機は、勢いを上げて突破を計る。
戦闘が行われている空域で、統治機関の軍命に背いて逃走を試みる者……それはすなわち、この場合においては敵と判断せざるを得ない。
「民間機、速度を上げました!」
「直ちに撃ち落とせ!」
当然の軍令を下し、エアリーズ隊は“敵機”を追う。だが、敵機が逃亡する先には、やはり不安の通りの機体が待ち受けていた。
「何だ……! モビルスーツ……?」
「ガンダムだ……!!」
翼を持つ機体がバスターライフルを構えていた。予想されていたことだった。
ゼクス・マーキスは、この機体を密かに再生していたのだから。
「交渉は、あちら側から拒否されたという事で、よろしいわね?
識別信号を出さない航空機が停止命令を拒否し、逃亡した先にはガンダム01……それも無言のうちに発砲……。
これで申し開きを聞く必要もなくなりましたわ……」
仰るとおりです、としか、エルフリーデは答えられなかった。シャロンは得意げに笑みを浮かべた。
何がどうしてこんな事になったのだろう。ゼクス特佐やノイン特尉は、なぜこんな行動を取ったのだろう。
エルフリーデには何も分からなかった。そんな事をする理由などあるはずがないのだ。仮にガンダムを擁して反乱の火の手を上げるのであれば、南極という不毛の地で旗揚げをする意図が掴めない。
「裏切者ゼクスはガンダムのパイロットと謀り、OZに反乱を企て、バークレー基地に立て籠もっています。
交渉は拒否され、アハト調査官殿を始め、偵察に向かわせた者たちは皆殺しにされました。
もはや降伏勧告の必要性なしと判断し、これより総攻撃を開始します。そう、トレーズ閣下に報告なさい」
エルフリーデの目の前で、伝令官はシャロンの指示に忠実に従っていく。
こんな事が正しいはずがない。ゼクス・マーキスがトレーズ・クシュリナーダに反旗を翻すことなど、あってはならないはずなのだ。
だが、ゼクスやノインの取った行動は、誰がどう弁護することもできないほどに、彼ら自身の立場を追い詰めていた。
もはやガンダム01どうこうではない。なんとかゼクスやノインが生存したままこの事態を収め、彼らの助命だけは果たさなければならない。彼らはOZにとって、決して欠くべからざる英雄たちなのだから。
もはやエルフリーデにできることは、その程度のことしか残されていなかった。それすら成功の望みは限りなく薄い。
暗澹たる気持ちで、エルフリーデは宛がわれたエアリーズに乗り込んだ。
こんな気持ちでガンダムと戦えば、私は死ぬな。
自嘲の思いに駆られながら、彼女は雪原の空に翔んでいった。
「……来たか!」
戦いを続けているゼクスとヒイロのもとに、ついにOZの部隊の姿が見えた。
トロワの乗るウィングガンダムもその場に戻り、通信回線を開く。
「ざっと30機。格納されているエアリーズを入れても100機程度だ。余裕で撃墜できる」
「それはそうだけど…… 凄いこと言ってるよね?」
ショウは苦笑しながら、会話に入った。
ガンダム隠匿が本当かどうかを確かめるためだけに、南極の地に100機以上も来襲するとは思っていなかった。しかし、この場に集まったガンダムのパイロットたちから見れば、それはただ的が多いだけに過ぎない。
しかし、ガンダムたちが構える前に、今まで剣を交えていたトールギスがそれを制した。
「いや待て!奴らは、私が引きつける!」
「ゼクス……!」
トールギスは、単機敵陣に飛び立っていく。ヒイロの乗るヘビーアームズには、それを追う飛行能力は備わっていない。
「君たちが逃げ切ったところで、私は調査隊に投降する。
ヒイロ、また会おう!戦うためにな!」
これからも、戦いづらい相手になる……それを心に刻んだヒイロとトロワは、変形したウィングガンダムにヘビーアームズが掴まる形で逆方向に逃げ落ちていく。基地に残っていたノイン達も、ゼクスの指示で戦わずに逃走を開始した。
「ユリウス、僕たちは戦おうよ!みんなが逃げるのを守らなきゃ!」
「何を言ってるんです!?今度の相手は、さっきの人たちとは違うんですよ!」
「でも!ゼクスは、もう戦ってるのに!」
すでに交戦を始めたトールギスを見上げ、ショウは拳を強く握りしめた。その手に宿された紋章の力は、一体何のためなのか……ショウは歯がみしながら、もう一度ユリウスに呼びかける。
「僕はもう逃げたりしない!そう決めたんだ!
ユリウス、僕が負けると思ってるの!」
ショウの態度はおかしい。それは誰の目にも明らかだった。以前なら、二回に一回は戦いたくないとごねていたはずだ。
とはいえ、ショウの言葉にも、ユリウスの思考を変える部分はあった。
……すなわち、宇宙世紀の戦いを勝ち抜いたニュータイプであり、あのマスターアジアに認められたことのあるショウが、宇宙世紀最高の機体の一つであるHiνガンダムに、ガンダニュウム合金の装甲まで付けて、エアリーズに負ける可能性は万に一つもない。
そして、モニターに映る戦場を眺めた。
あの敵機の数なら。
あのゼクスの戦闘力なら。
……トールギスのデータを収集していくことができるかもしれない。
「分かりました。ショウ、賭けですが……やってみる価値はあります!」
勝算の高さと得られるものの価値に、ユリウスは重大なことを忘れてしまっていた。
比較するべきものは、トールギスのデータと敗北の可能性ではなく、トールギスのデータと彼らの生命の重みであることを。
エルフリーデは、眼前の光景が信じられなかった。
完全に、茫然自失してしまっていた。機体のコントロールを失い、傾いたことでようやく気を取り戻したほどだ。この瞬間に攻撃を受ければ、彼女は事前の予想の通りに命を失っていただろう。
南極基地に向かい、モビルスーツを降下させて包囲する。その数は100機以上。どこからこれだけのモビルスーツを集めてきたのか不思議なほどの、圧倒的な物量だった。
これを見れば投降の意志を固めるかもしれない。トールギスが単機で近づいてきたとき、エルフリーデは一瞬気を緩めた。他の兵士もそうだったとしても不思議ではなかった。
だが、警告も会話もなく、先頭にいた機体は突如撃墜された。
昨日までの同志に。
OZの英雄と信じられた男に。
その後ろから、ガンダムが一機浮上してくる。赤い円盤のような物体に乗って飛行する、水色の機体。背部に装着された浮遊砲台を射出し、一瞬のうちに数名の命が雪原に消える。
手はずでは、シャロンが直々にゼクスを討ち、ガンダムが一緒にいればエルフリーデが露払いをすることになっていた。だが、エルフリーデは止める間もなく、トールギスに向かって突撃していた。
「ゼクス!! あなたは、今誰を殺した!?」
エアリーズの機動力では、トールギスには追いすがることはできない。エルフリーデの叫びに答えが返ることはないまま、トールギスは手近な機体を次から次へと斬り捨てながら、軍勢の中を駆け抜けていく。
「あなたの部下たちだ!あなたを信じて戦っていた騎士たちだ!あなたを英雄だと憧れていた者たちだ!
それを、あなたは……!!」
騎士然とした超高性能機に、何の飾りもない量産型が立ちふさがる。エルフリーデは銃を向けるのも忘れて叫び続けた。
「あなたは今こそ、部下殺しのゼクスになった! 何のために!何人の人間を殺した、ゼクス!!」
返答は光の剣だ。振り下ろされる刃の閃光がエルフリーデの眼前に迫る。それは、涙でにじんで、虹のような輝きに見えた。
ゼクスが切り開いた戦線の割れ目を、内側からフィン・ファンネルの多角的な攻撃で広げていく。ブッド・キャリアーに乗った体勢からでも、ショウの力はOZの将士を寄せ付けなかった。
「ゼクスではないにしろ、あの相手も……落とし甲斐はありそうですね?」
シャロンはトールギスの速さを追うのをやめて、円盤に乗ったガンダムを狙った。より正確には、機体を載せている円盤を。
あんなおかしな物に乗っているということは、そうでもしなければ自力で飛ぶことはできないのだ。そう見切ったシャロンは、エアリーズをガンダムの下部に回り込ませた。
「せいぜい、みっともなく逃げ回りなさい!」
板の上に乗っているのであれば、真下に向けて攻撃はできない。地上に降りたリーオー部隊にもガンダムを集中して狙わせ、無防備な下面を撃たせていく。
地上からの牽制などトールギスに当たるとは思えない。全くの無駄に終わるだろう。
だが、ガンダムは違う。当たらなくても構わない。回避運動の過程で、バランスを崩して落下してくれればそれでいいのだ。
しかし、シャロンの目論見を秘めたリーオー部隊は、あり得ない角度の攻撃によって一瞬のうちに半数を失った。
確かにブッド・キャリアーより下には攻撃はできず、特に真下は完全な死角となる……はずだった。自在に空中を移動する、フィン・ファンネルという武器がなければ。
ガンダムの顔は上を向いたまま、上方のエアリーズをビームライフルで撃ちながら、浮遊砲台が陸上の敵機を薙ぎ払っていく。
「なんて機体ですの、あれは……!?」
シャロンは間合いを取りながら、反撃の隙を待った。
浮遊砲台のエネルギーは無限ではない。必ず機体に戻す時がある。それは、これまでの戦いで得られたデータの中に存在していた。
そして数十人の命を吹き飛ばし、ようやく超兵器はその力を使い果たす。ガンダムの背中に戻り、羽根のような形状に接続されて再充電を開始する。それは、一瞬で終わるものではない。
限られた数秒の間に、シャロンは下方からガンダムを狙った。そしてマシンガンの銃口を向けた時に、信じられない光景を見た。
ガンダムのビームライフルがシャロンを狙っていた。
考えられない。つい先刻まで、ガンダムの顔は上を向いていたのだ。まだ上空のエアリーズの部隊が全滅したわけでもない。完全に隙を突いて、完全に死角からの攻撃のはずだった。
だが、やはり逆方向は死角になった。シャロンの強烈な殺意の反対側から来る、戦意を失った残骸の落下は、ニュータイプの意識の死角だったのだ。
それはエルフリーデの乗っていたエアリーズだった。火を噴き、半壊したモビルスーツがガンダムの真上から落下し、激突する。その衝撃でガンダムは板の上から投げ出され、雪原に巨大な雪煙を巻き上げて見えなくなった。
「いかん……!」
ゼクス・マーキスからの通信が届く。
「OZ兵士諸君に告ぐ!私は武器を捨てて投降する。ガンダムのパイロットの救出を頼む!」
それがどれだけ身勝手な申し出か、エルフリーデに意識があればさらに糾弾が続いただろう。
だが、エルフリーデの命は、やはりシャロンにとっても特別なものだったのだ。シャロンはすぐに降伏を受け入れ、ガンダム……と、共に落下したエルフリーデの機体に降り立っていく。
幸い、爆発はしていなかった。機体の各部に上がっていた炎も、雪をかぶったおかげで、ある程度鎮火してくれていた。
それを見下ろしていたユリウスは、自分の判断が完全に間違っていたと悟った。
ゼクスは戦闘をやめてしまっているし、OZのモビルスーツは落下したショウの周囲に集まりつつある。ブッド・キャリアーにできることは、ひとつしか残されていなかった。
「僕が指揮していながら、こんな事になるなんて……」
判断はできていた。それしかないと分かっていた。
ただ、カチュアの前で、それを言い出すのを迷っていた。しかし、これ以上の失敗を犯すことは、全員の命が犠牲になってしまう。
「……撤退します! シス、退避してください!」
「待ってよ! ショウが落ちちゃったんだよ!助けないと!」
「僕たちには、逃げるしかできないんです!!」
こんなにも感情を昂ぶらせたユリウスの姿を見るのは、カチュアは初めてだった。
ユリウスは泣いていた。好きなカチュアの前で。戦闘機械とその主人という関係だったシスの前で。最初から住む世界そのものが違うと思っていたミンミの前で。
誰もが言葉を発することができない空気に包まれたまま、ブッド・キャリアーは戦場を離脱した。
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