第四十七話 魂を込めた力
〜ゼロと呼ばれたガンダム〜



 雪原に墜ちた二機の周囲に兵士たちが駆け寄る。戦闘行為は終わってはいたが、兵士たちの緊張はそれ以上であった。
 ビームサーベルで切り裂かれたエアリーズの損傷は大きい。だが、幸運にもコックピットに火が回る前に、ハッチが開かれ、パイロットの姿が確認された。極寒の地の気温も消火活動を円滑に行う助けになった。だが、シートに横たわるエルフリーデの瞳は、閉じられたまま動かなかった。
「エルフ!エルフ、目を開けなさい! シャロン・キャンベルの、命令ですのよ!」
 OZの将兵に恐れぬ者はない“蒼炎の王女”の声が響く。しかし、傷つき、倒れた女性兵士は彼女の意に沿うことはできなかった。代わりに、小さく唇が動いた。
「特……佐……」
 生存の証に、青ざめていた顔に朱の色が戻る。救護班を急がせ、到着するまでの時間をシャロンの手が固く抱き守る。かすかな呼吸と共にこぼれる言葉は、エルフリーデが最後まで案じ続けたものだ。
「ゼクス…… 特佐……は……」
 閉じられていたまぶたが、かすかに痙攣する。しかし、完全に視界を開けてトールギスの姿を確認する力は残っていなかった。
「裏切者に、階級など必要ありません!」
 シャロンは声高に叫んだ。エルフリーデの薄く開けられた目の端から、涙が溢れていく。彼女が守りたかったものは、今や粉々に砕けてしまった。鹵獲したガンダムを配備する望みも、OZの騎士としての誇りさえも。
「私は…… ゼクス特佐を……信じたかった……」
 シャロンの耳にしか届かぬ小さなつぶやきと、瞳からこぼれた一筋の涙を残し、エルフリーデの意識は途絶えた。
 抱きしめた体から胸の鼓動を感じ取り、命の灯火を確認すると、駆けつけた医療部隊に万全の治療を厳命する。それを見送り、エアリーズのコックピットから雪上に降り立つと、シャロンは凄絶な視線を白い機体に向けた。
「ゼクス・マーキス…… 私は、許しませんわよ……!
 エルフを泣かせるような真似をした男は、決して……!!」
 その瞳の奥にゆらめく、憎悪と怨念の炎。それを見た者は消して忘れず、恐れ怯える……シャロン・キャンベルが“蒼炎の王女”と呼ばれる、その真の意味を悟って。
 そしてシャロンはもうひとつの機体に足を向けた。エルフリーデが求めた機体とは別種とはいえ……その強大さでOZを震撼せしめた大敵、ガンダムのひとつであることに違いはない。空飛ぶ板の上から落下し、そのまま動く様子を見せてはいない。
 しかし、あの戦闘能力を思い起こせば…… 自ら飛翔し一切の死角もなく攻撃を繰り出す浮遊砲台、そして常軌を逸した反応を見せたパイロットの力量…… それらを考えれば、包囲するOZの兵士たちは戦闘以上の恐怖と緊張を強いられるのだ。任務失敗と同時に自爆を敢行したガンダム01のパイロットの姿は、OZの兵士にとっては伝説と同時に悪夢ですらある。
 コックピットとおぼしき場所に数名の兵士が銃口を向け、呼びかける。内部からの反応は、降伏にしろ自爆にしろ、返っては来ない。
「パイロットはすでに死んでいるのでしょうか……?」
 部下の兵士の言葉は、かすかな怯えを含んでいた。そうであって欲しいという願望が言わせたものだ。
 だが、モビルスーツが空中から転落するという事態は、数十メートルの高さから地面に叩きつけられる事を意味する。たとえこの地が雪原であり、ガンダムのコックピットの衝撃吸収能力がどれほど優れていようと、ただごとで済むはずがない。
 シャロンはそう結論を出し、コックピットを開けるように命じた。機体の機能は完全に停止しており、ハッチをこじ開けるためには数分を要した。そして破壊されたハッチの奥に眠るパイロットの姿を見て、OZの将士は愕然とした。
「こ……子供……!? こんな子供が……ガンダムのパイロットですって……?」
 シャロンが漏らした声が、全てを物語っていた。コックピットの中に手を伸ばし、パイロットの体に触れる。確かな手触りは、決して幻でも夢でもないことを示していた。
 ガンダム01を自爆させた恐るべき相手が、少年兵だったことは兵士たちの間でも噂になってはいた。だが、目の前にいる相手は、想像さえできない……小学生程度の年齢でしかなかったのである。
「この子が……このガンダムを操り…… 私たちを手玉に取っていたと言うんですの……?」
 強敵に対する感嘆も、幼い命を戦場に狩り出す敵への侮蔑さえも起こらなかった。ただ、驚愕と沈黙が辺りを支配していた。
 抱き上げるシャロンの手に体温と心音が伝わる。エルフリーデと同じく、この子も気を失っているだけだ。
 捕虜は重要な情報源になる。敵の組織関係や潜伏地など、聞き出すべき事はいくらでもある。だが、OZの将士たちの間に走ったものは、より深層的な疑問であった。
 この少年は何者なのか。あの驚異の戦闘力はどこから生じたものなのか。
 畏怖と疑念の視線に包まれたショウの中で、宇宙世紀を駆け抜けたニュータイプの力も、東方不敗に授けられたシャッフルの紋章も、今は眠りについていた。

 主に地球連邦軍の一翼を担っていた宇宙世紀や、ネオジャパン政府から依頼を受けた傭兵部隊という立場の未来世紀とは異なり、アフター・コロニーにおいては宇宙戦艦で堂々と現れるわけにはいかない。“ブラック・ジェネレーションズ”の司令部は隠密性を重視し、小型の輸送艇を使用していた。とはいえ、ネオロシア製の輸送艇ゴルビーUは、戦闘やモビルスーツの修理も可能な代物だ。
 地球での行動が頓挫した二組の先攻部隊は、それまでの戦果と犠牲を伴い、この司令部に帰還してきた。
 格納庫にブッド・キャリアーが収容され、ピンク色をした機体から搭乗者が降り立つ。それを迎えるケイ・ニムロッドは、出撃の前の彼らとの違いに背筋を震わせた。すでに報告は伝わっていたが、子供たちの顔は幽鬼のように光を失っていた。真っ赤になった目の下には涙の跡が残るだけだ。枯れ果てるまで泣いてきたのだろう、誰の目にも明かな光景を見せられたケイは、一人一人を順に抱きしめていった。応えてくれた子は、誰もいなかった。
 次に彼らを迎えることになったのは、緊急会議に出席するために出向していたニキ・テイラーだった。
「ただいま…… 帰還、しました……」
 悲しみに震える声に、ニキは敬礼を返すのも忘れていた。何が起こったのかの報告は受けているだけに、それを復唱させるのは心が痛んだ。
「オペレーション・メテオのガンダムのうち、データ収集を終えた物は、ウィングガンダム、ガンダムヘビーアームズ、ガンダムサンドロック……
 そして、OZのトールギスのデータの収集に、成功しました」
 ニキは報告を受けながら、そのデータのために払った犠牲がどれほど大きかったものか、子供たちの顔を一人ずつ見据えた。彼らをこうしてしまった責任は、まぎれもなく大人たちにある。マーク・ギルダーは数日荒れていた。やはり自分が行くべきだったのだと。トールギスのデータ収集のために南極に出向かせた作戦の無謀を子供たちから糾弾されることまで、ニキは覚悟してこの場に来ていた。
 しかし、ユリウスの表情を間近に見ると、そんな覚悟などこの子供たちに比べれば甘いものだと思い知った。なぜならニキ自身も、ユリウスに対して何と言葉をかければいいのか分からなかったからだ。
「その間…… 我が軍は、Hiνガンダムとそのパイロットを…… 敵の手に奪われ……」
 声が震え、肩が戦慄く。こんな表情をするユリウスを見るのはニキにとっても初めてであり、恐らくユリウスがこんな感情に苛まれるのも、生まれて初めてのことなのだろう。
「僕は……僕はショウを見捨ててきたんです…… ショウを……止めなきゃいけないのは僕だったのに……!」
 胸に抱き、背を撫でて慰めてやれば、この子は一生戦うことができない心に育つかもしれない。
 頬を張り、強靱な思考を強要すれば、この子は人として一番大切なものを失ってしまうかもしれない。
 その矛盾に迷い、ニキはどちらもできなかった。ユリウスを伴い、他の子たちには休息を命じ、努めて冷静さを装い会議の場へと向かうのが精一杯だった。
 教室での天才児に実戦を通して現実の戦場を教える、そのはずだった。だが、机上の空論で動いていたのは、自分自身だった。心の中が後悔と懺悔に溢れていたことを、カチュアとシスは悟っただろうか。

 ゼノン・ティーゲル少将自らが会議に赴き、事態の善後策を図らねばならない。超人的なパイロットと超高性能機を揃えた無敵の軍団と思われた“ブラック・ジェネレーションズ”の現実は、ひび割れ一つで空中分解の危機を迎えるような、脆く壊れやすいものでしかなかった。
「志願兵一人のために作戦行動を停止して首脳会議とは……御大将に伝われば何と言われるか分からんな。こんな事に時間を取っている暇はないというのに……」
 ゼノンが愚痴を言うのも珍しいことだ。砂上の楼閣という言葉がこれほど似合う部隊も他にないだろう。
 敵軍に捕らえられた兵士が生き残る術は皆無ではない。拘留され、捕虜として扱われても、戦争が終われば祖国に帰る事ができるかもしれない。それが現実の戦争ならば。
 だが、宇宙世紀の一年戦争から旅を始めたショウ・ルスカにとって、このアフター・コロニーの地は別時代どころか異世界に等しい。放置されれば生家への帰還の可能性は完全に途絶えてしまうのだ。
 もとより、兵士というものは生還を期さないものだ。少年兵一人のために全軍を危機に晒す事は、指揮官として許される事ではない。にもかかわらず“ブラック・ジェネレーションズ”はショウを見捨てることはできない。そうなれば士気は瓦解し、これ以上の同行を拒否する者が現れても不思議ではないからだ。ここまで実戦を体験してきたニュータイプたちの代替要員など存在しないという現実の前では、彼らは認めざるを得なかった。特務部隊“ブラック・ジェネレーションズ”の本質は軍隊ではなく、旅人であるということを。
「結論など最初から決まっている。我々は断じて、ショウ・ルスカを見捨てるわけにはいかない。
 ショウの救出作戦自体が本部に内密の事項である以上は、規定の作戦行動を逸脱することは許されない。だが、当初の作戦の範囲内で、必ずや彼の安否を確かめ、生きていれば奪還を成功させねばならない」
 作戦行動の範囲で、生きていたら……その言葉を差し挟むのが、異論の限度である。状況だけを鑑みれば、戦死していてくれた方が有難いくらいだ。しかし、そうなればやはり士気の低下は著しく、戦場に投入できる戦力は大幅に低下してしまうだろう。
 現に、強い言葉を聞いたユリウスの顔には明るさがわずかに戻り、それがニキ中佐にも伝播している。無言を通したまま怨念のような気を発しているのはマーク・ギルダーだけだ。作戦行動の範囲、という一語を入れなければ、彼はV2アサルトバスターでOZの本部に特攻を仕掛けかねない。ラナロウ・シェイドとジュナス・リアムがそれに従えば、黒歴史の探究という主目的を御破算にする代わりに、彼らはそれをやってのけてしまうだろう。
「ショウ・ルスカの安否と居場所の確認が、最優先事項となりますね」
 ニキ・テイラーの言葉が、会議の流れをあるべき方向に誘導してくれる。最優先事項は、激情に任せた特攻ではないと。
「ガンダムを鹵獲したOZが、どう出るかだな……。内密に処理する可能性もあるが、コロニーに対しての宣伝材料にはなる。OZの宣伝放送に注意するように」
 決定を聞き、マークが軽くまばたきをする。その前後で、彼の為すべき行動は変化を遂げている。
「ショウは……大丈夫なのでしょうか……?」
 ユリウスの声はまだ不安が残っている。それを、ひとつひとつ言葉で解きほぐすという作業は、子を持ったことのないゼノンには難事であった。
「彼は、孤立無援で暴れるような子だったかね?」
「いえ……。ときどきおかしなことはしますが、大人しい方だと思います」
「聞かれたことには、素直に答えてしまう方かな?」
「たぶん……聞かれてもいないことまで、全部しゃべってしまう心配の方が……」
 そこまで聞き出し、ゼノンは笑って見せた。
「そんな素直な捕虜に拷問や虐待をする軍隊などない。それについては、安心していいだろう」
「でも、僕たちのことも敵にしゃべってしまいますよ、ショウならきっと……」
「時間旅行者が未知のモビルスーツで襲ってきたと言われて、信じるような司令官はおらん。それも大丈夫だ」
 ゼノンの言葉は矛盾している。OZの兵士がショウの言葉を信じなければ、ある程度は痛みを伴う尋問が行われるだろう。それを止める手だては、彼らにはない。しかし、ショウはまだ子供である。虐待にも限度があると信じたかった。
 敵軍に情けを求めなければならない。部下に根拠もなく楽観論を語り、それを信じ込ませなければならない。ゼノン・ティーゲルは、指揮官というものの辛さを噛みしめていた。

 それから、戦況の推移は続いた。
 レディ・アン特佐の働きによって、OZとの協調を受け入れるコロニーが現れ始めた。モビルドール部隊は宇宙に残った旧連合の抵抗勢力を駆逐し、ガンダムの制作に携わった技術者たちやガンダムのパイロットたちも一人一人拘束されていく。宇宙はOZの手に収まりつつあり、その主役は騎士ではなくモビルドールと宇宙要塞バルジであった。
 戦闘の負傷が癒え、立ち上がることができるようになったエルフリーデには、配置転換の辞令が申し渡された。総帥トレーズ付きの秘書官補佐という、現在宇宙で活躍しているレディ・アン特佐の後任となる名誉な辞令である。レディ・アンの在任中は決して他の女性にこの椅子が回る可能性はないと見られ、それが実現した今はOZの女性兵士の羨望の目はエルフリーデに注がれることになった。以前の彼女であれば、夢見心地にもなる部署である。
 だが、エルフリーデにとっては、もう一つの意味が持つ失望の方が、より心の多くを占めた。最前線から後方の司令部への異動、すなわち、モビルスーツ隊からの除籍である。OZの騎士として最強の兵士を目指す夢は、これで終わったと実感した。
 シャロンが病室に見舞いに訪れた際、キャンベル家の力でゼクスを有罪にし、死刑にすると語気を強めていた。その言葉の通りにゼクス・マーキスは軍事裁判にかけられ、事実上の死刑に処されたと言う。その際に脱走を果たしたという噂も耳に入ったが、エルフリーデの心は沈んだまま戻らなかった。彼女にとってOZ最強の兵士という称号は、トレーズ・クシュリナーダの指揮の元、ゼクス・マーキスやヴァルダー・ファーキルと肩を並べる力量を身につけることだったのだ。
 そのゼクスがOZを裏切り、その行方は掴めないままだという。世界の半分が消え去ってしまったような気持ちのままモビルスーツに乗って戦える状態ではなかった。だからトレーズも新たな職務を与え、気分を変えさせようと考えたのだろう。
 その心遣いに感謝しながら、今日からの居場所となる、トレーズの執務室のドアを丁寧に叩く。
「エルフリーデ・シュルツ特尉、参りました」
 入りたまえ、という柔らかい声がドアの奥から聞こえてくる。トレーズの口調を耳にすれば、この沈んだ思いも変わっていくかもしれない。
「シュルツ特尉……君に新たな任務を与えよう。ガンダムの少年の世話をしてもらいたい」
「ガンダムの、少年……」
 彼の話も病室まで届き、エルフリーデも耳にしていた。
 捕らえられた少年のあまりの幼さ、そして常軌を逸した強さ。超能力者という噂さえまことしやかにささやかれていた。
「そうだ。南極での戦闘で捕虜になった子供……名前は、ショウ・ルスカと言うそうだ。
 彼からは私もいろいろと面白い話を聞かせてもらったよ」
「トレーズ様が御自身で?」
 トレーズは微笑み、頷いた。伝え聞く話を語る姿は、夢を見ているかのようにも見えた。
「彼の乗っていたガンダム06……Hiνガンダムは、他のガンダムとは根本的に異なる構造を持っているらしい。
 ガンダム07、ペーネロペーも同じような機体だそうだ。
 ……これが何を意味するか、分かるかな?」
 エルフリーデの緊張した表情を和らげるように、穏和な口調を崩さず、トレーズは机から小さなプレートを取り出した。
 渡されたエルフリーデが見る限りでは、軍の認識票である。しかし、そこに刻まれた文字は、彼女の常識ではあり得ないものだった。
「姓名:ショウ・ルスカ…… 生年:U.C.68…… 地球連邦軍、少尉待遇……?
 これは、いったい……?」
「子供向けの雑誌の付録にしては出来過ぎている。念のため調べさせてみたが、そんな玩具はどこの会社も作っていない。
 だとすれば……世界のどこかに、宇宙世紀という暦を用いる、地球連邦という組織が、およそ80年ほど前から存在するということになる」
「その組織がガンダムの裏についていると言うわけですか……。しかし……そんな組織が、世界のどこに……?」
「どこにも存在しない」
 トレーズは断言し、そして微笑みを浮かべた。
「あの少年は、こことは異なる世界からやってきたと言った。
 ひとつは彼が生まれた、他者と心を通じ合う超能力者が実在する世界。彼自身もその力を持っている。
 そしてもうひとつは、己の拳に魂を込めて、他者の心にぶつけ合う超人的な戦士たちの世界……」
 エルフリーデには、にわかに信じることのできない話だった。そんなことは夢見がちな子供が言った作り話か何かであって、この認識票も、どこかの組織が精巧に作り上げたものだと解釈していた。
「あの少年が語る世界の戦いは、いずれも破滅を繰り返す悲劇の物語でしかなかった。宇宙で新たな力を手にした人類はその行く末を見失い、熱き魂の持ち主は互いを焼き尽くすまでに昇華させ続けてしまう。
 だがそれは、彼らの終焉を意味しない。戦いの最中に垣間見た心の光は幻ではなく、魂の邂逅は新たな真実を少年の心に焼き付ける。 戦火の中に消えゆく勇者たちの声は彼らの不死性の証であり、それは燃え尽きた世界を受け継ぎ新たな宇宙に羽ばたいていく……。
 私たちに彼のような超常の力はない。だからこそ彼は第三の世界としてこの世界を選んだ。戦いの意義は力に拠るものではなく、力無き者たちが進むべき道を見いだす姿にある。それこそが人類の歩む貴き歴史だと学ぶためにだ。それを私たちは、あの少年に見せてやらねばならないのだよ。
 シュルツ特尉、君にはその任務を与える」
「トレーズ様……」
 エルフリーデは、半ば呆然としながら、ゆっくりと言葉を選びながら質問を返した。
「トレーズ様は……その少年の言葉を、信じるのですか……?」
 トレーズ・クシュリナーダは、瞼を閉じて彼女に答えた。自信に満ちた微笑みは、いささかの揺らぎも見せなかった。

 同日、宇宙では“ブラック・ジェネレーションズ”が行動を起こしていた。
 ショウを救出するための情報を掴むことができないまま、本部からの指令に従った行動である。ゼノンやニキは本来の持ち場に戻り、ゴルビーUを指揮するのはマーク・ギルダー大佐であった。
「今回の作戦は、捕らえられているガンダムパイロットの救出にあたる。
 敵はモビルドールを配置し、守備に当たらせている。このモビルドールにどう対処するかが最大の問題となる」
「コンピュータのプログラムを見切ってパターンにハメる。それでいいでしょ?」
 即答するクレアに、レイチェルが肯く。この短い説明に込められた意味を以心伝心で察しているのは彼女の他にはエリスしかいない。
「そう簡単にできるのか?」
 軽い言葉に、マークは逆に不安を覚えた。機械相手ならユリウスたちの方が相性がいいのではないかとも考えていた。
 それに答えを返したのはレイチェルの方だった。
「……ユリウス君とシスちゃんは残って欲しいわ。後ろから見ていて、気がついたことがあったら教えて欲しいの」
 レイチェルは、それが戦力低下だとは考えてはいない。
 奇襲で少数の敵機を撃破し、ガンダムパイロットを回収できたらすぐに撤退するだけの任務に、多数の機体は必要ない。客観的な視点で見る者がいれば相手の癖にも気付きやすいだろう。出撃するのがレイチェルとクレアの二機だけなら、そこだけに視線を集中できる。
 マークはレイチェルの言葉を受けて、そうした方が良いかもしれないと考えた。今のユリウスやシスは戦場に出られる状態ではない。彼らを休ませることができるならそれに越したことはないのだ。
「艦はエリスに任せて、俺も出るか?」
「やだよー、艦長が来たら参考にならないじゃない」
 クレアは余裕の表情を見せた。モビルスーツデッキに向かう後ろ姿に、おまえが一番参考にならん、と言葉が投げかけられる。クレアの後を追うレイチェルは、心配ないから、とマークに返した。
 だが、それを見送る子供たちの表情は固かった。戦力外と見なされていることも辛かったし、何より怖かったのだ。自分たちの見ている前で、また仲間が撃墜されてしまったら……それをただ見ていることしかできなかったら…… そんな思いが、子供たちの心を縛っていた。

「戦闘AIで強いのって言うと、やっぱり超反応型かなぁ?」
「見てから対応するタイプね。それしかないと思うわ。
 攻撃パターンなんか、結局火力以上の弾幕張れるわけじゃないんだし。もし射撃が全部こっちを狙ってて弾を誘えるなら、私たちなら楽勝よ」
「誘って落とす、ね。それで行こう」
 ガンダムパイロットが捕らわれている月面基地に接近すると、二人はそれぞれの機体を発進させる。
 だが、目標の状況を知ると、一度その動きを止めた。
 月面基地のモビルドール部隊が、OZの誇る宇宙要塞バルジと砲火を交えている。バルジから出撃したリーオーが撃墜され、宇宙に閃光を残して爆散する。ビームが要塞に直撃し、爆発が幾度も繰り返される。砲火の激しさも被害の大きさも、軍事演習で行われるような規模ではない。手違いによる同士討ちにしてはリーオーに戦意がありすぎる。
「艦長ー、あいつら何やってるの?」
『分からん。内乱でも起きたのか……? モビルドール推進派と反対派の調整が上手くいっていないとは聞いていたが……』
「どっち叩く? 両方潰しちゃおうか?」
『月面基地のモビルドールだけでいい。ガンダムパイロットを回収したらすぐに離脱する!』
「了解っ!」
 バルジも月面基地も正面の敵に全力を尽くしており、側面から侵入するクレアとレイチェルに向かうことができる機体は少なかった。数機のトーラスが迎撃に出てくるものの、他の機体がバックアップに回る様子はない。
「私が先に出るわよ、クレア!」
「オッケー!」
 サザビーが飛び出し、間合いを取ってペーネロペーが後に続く。二人は普段とは逆のフォーメーションを組んだ。攻撃を引きつけ、避ける事ならレイチェルの方が得意としているからだ。
 レイチェルはサザビーをモビルドールの射界に晒し、そして小刻みに位置をずらしていく。向けられた銃口は四門。クレアのペーネロペーに対しては一つもなかった。ビームの光が見えると、三つをわずかに動いただけでぎりぎりの位置でかわし、最後の一つをシールドで受け止める。狙ったとおりに事が運ぶと、レイチェルは自信に満ちた笑みを浮かべた。
「……予想より簡単みたいね。クレア、分かった?」
「うんうん。これだったら私でもできるね。
 もう一回いい? 攻撃引きつけてくれたら、その間に私が全部まとめて倒せるよ?」
 レイチェルは、この一瞬の動きでモビルドールの動きを見切っていた。
 確かに射撃は正確だ。だが、それは静止目標が相手の場合に過ぎない。ほんのわずかでも機体の位置を変えれば、ビームはさっきまでいた場所を通過するだけだ。正確すぎるために、撃ってくる場所すら予測できる。だから大きく回避する必要さえなく、シールドを構えていれば確実に防御ができる。
 同時に、クレアは機体の間に連携ができていないことに気がついていた。モビルドールはそれぞれの機体が別個に最善の行動を判断している。レイチェルの方が前に出ているために、全機がレイチェルに向かって攻撃してしまうのだ。一機が相手の体勢を崩し、隙を作ったところに別の機体がとどめを刺す、という攻撃方法も使われていない。
 モビルドールの第二射が始まると同時に、熱核ギガブースターの出力を全開にする。今度はレイチェルも回避しながら、ビームライフルを連射していた。
 そしてクレアが予想したとおり、モビルドールは攻撃態勢に入っているときは回避行動を一切取ろうとしない。神速の剣が無防備な機体を斬り裂き、ビームの光が静止している目標を貫いていく。
「あっさりパターン化できちゃうね? いいのかなぁ……」
「ひょっとして、安全地帯見つけちゃわないかしらね……」
 トーラス四機を撃破した二人の前に、さらに少数の新型が現れる。
 戦力の総数は、敵側の方がはるかに多い。だが、モビルドールに多勢を頼むという方針は感じられなかった。

「……どうだ、敵の様子は。おまえたちならどうする?」
 有利に進んでいる戦局をゴルビーUのブリッジで見ながら、マークは子供たちを振り返った。
「レイチェル少尉の戦い方なら、私にもできる……負けはしないわ」
 シスは静かな口調で答えた。その隣にいるユリウスは、モビルドールたちのふがいなさにやりきれない様子を見せている。
「モビルドールの開発担当は、あれの真価を分かっていませんね。僕ならもっとうまくやらせますよ」
「例えば……どう戦わせるんだ?」
「抱きついて自爆させます。もしくは、味方ごと撃ちます。人間には許されない戦法ですが、モビルドールにはそれができるんです。
 OZはモビルドールに人間と同じ動きをさせ、人間の代わりにしようとしています。人間を人間扱いしない軍は愚かですが、人形を人形扱いしないのもやっぱりおかしいんですよ」
 自動戦闘機械をどのように使えば人間以上に戦果を挙げられるのか、講釈しようと思えばいくらでもできる。モビルドールは、確かに人間には不可能なことができる優秀な兵器なのだ。
 しかし、ユリウスは、OZの技師たちにそれを説いたとしても彼らが聞き入れることはないと思った。彼らにとってはモビルドールは確かに人形だが、お気に入りの可愛い人形なのだろう。ユリウスにとってのシスのように。

 クレア達に接近する新型は三機。モビルドールが種類ごとに異なる人工頭脳を搭載するという不効率を犯していなければ、もはや敵の攻撃に見るべきものはない。
「レイチェル、もう一気にやっちゃうよ! マリア、援護お願いねっ!」
 あとは倒すまでの時間を短縮するだけだ。
 ペーネロペーの速さを見せつけられた機械の選択は、回避ではなく防御のはず。そう仕向けるための攻撃はバルカンで十分で、とどめは母艦からの砲撃に任せるつもりでいた。
 しかし、弾幕を盾に突進するクレアの視界にいた機体は、ビットのような物体を周囲に張り巡らせた。
 駆け抜ける瞬間、爆発のものではない異音が耳に届いた気がした。音速をはるかに超えた速度で正確な認識ができるのはニュータイプの知覚のたまものである。だが、クレアは通り過ぎた空間を振り返り、目視するまで事態を掴めなかった。
 モビルドールの周囲に浮かぶ物体が作り出すバリアーがバルカン砲の衝撃に耐え抜き、続いて繰り出されていたはずの砲撃にも損傷を受けた様子がない。
「き……効いてないっ!? 無傷ってなによ!?
 マリア、援護射撃外れたの!?」
『あ、当たりはしたんです……!』
 ブリッジが驚愕に包まれているのが分かる。ペーネロペーが一気に遠ざかった後、標的になるのはレイチェルの機体だった。
 三方向から同時に襲いかかるビームキャノンを一度横に移動するだけでまとめて回避する。そしてサザビーの腹部にあるのは、多方向を狙える拡散メガ粒子砲だ。攻撃範囲に密集した敵機に閃光の雨を浴びせ、薙ぎ払う。
 しかしその結果は同じだった。Iフィールドバリアーでさえもある程度は被害を与えるはずの強烈なビームが、それをさらに上回る光の盾に防がれ、完全に無効化されていた。
「実弾もメガ粒子砲もダメなの!?なんなのよあれ!?」
「電磁バリアー……?わかんないけどっ……! 何か、何か通じる武器はないの!?」
 ペーネロペーとサザビーは別の方向に機体を離す。距離を稼ぎながら、二人は手持ちの武器を確かめ、敵の持つ無敵の防御壁……プラネイト・ディフェンサーを破る手段を模索し始めた。
「ええっとええっとぉ……!? レーザー砲に、パルスレーザー、ヒートロッド、火炎放射器、シャイニングフィンガー! どれがいいと思う!?」
「そんなの積んでる機体、持ってきてるの?」
「今はないんだよね。まいったなぁ…… やっぱり思考パターンの隙を突くしかないかっ!」
 クレアは機体を変形させると、最大の速度で突撃した。機械の反応速度に対応されるのは覚悟の上で。何の目算もない勝負を挑むのはアフター・コロニーに来てからは初めてである。
「間合いを変えれば反応が変わるかも……!?」
 逆の方向から、レイチェルはファンネルを向かわせた。クレアが引きつけている間に、サザビーと敵機の距離は大きく開けることができた。
「射程外からの攻撃には反応できないかも……!?」
 ファンネルが黒い敵機を包囲する。機体は動こうとしない。無敵のバリアーで防御することも、回避運動も起こす気配がない。
「いける……!? ならっ……イッてぇっ、お願いっ!!」
 ビームを次々に撃ち込み、異常な防御性能の敵機を破壊したとき、レイチェルは気付いた。たとえ本体が遠く離れていても、ファンネル自体は近づいて撃っている。飛来するファンネルにさえ反応を示さないモビルドールの人工知能は、どこかに未知の、そして致命的な欠陥がある。
「さあ行くよっ!秘剣つばめ返し───っ!!」
 駆け抜ける刹那、敵機が障壁を解くのが分かった。恐らくは、遠距離戦用プログラムから近距離戦用への移行。
 だが、人体に捉えられない超高速に対して機械的な反応を示すことと、そこからビームサーベルを構えて防御姿勢に移行し終わるまでの時間差は、全く別の問題のはずだ。クレアが頼みとしたのは、その一瞬におけるニュータイプの先読みの力であった。
 ビームサーベルが装甲を斬り裂いた瞬間、クレアは意図と違った勝利だったと知った。防護機能を除去したモビルドールは、背後から剣が迫るのをただ立ちつくして待っていた。防御をやめて回避するわけでも、ビームサーベルで受けようとするわけでもなかった。
「ひょっとして安全地帯発見……? ううん、バルカンは止められてビームサーベルは効いて……?」
「モビルスーツの射撃は駄目でも、ファンネルからの射撃には反応しなかったわ……!」
 レイチェルからの言葉を受けて、クレアは最後の一機に攻撃をかけた。両腕から飛び立つファンネルミサイルに対しても、モビルドールは無反応のまま次々に直撃弾を受ける。爆散するモビルドールを見つめながら、二人は確信した。
「サイコミュを使った軌道計算に対応できないのね……」
「それから接近戦にも弱い…… ひょっとして……人間の心が影響する攻撃に対処できないの?」
 この世界にサイコミュ兵器を持ち、それを操ることができる部隊は“ブラック・ジェネレーションズ”以外にいない。本来、彼らは異邦人である。彼らはモビルドールのプログラムの想定外の存在であり、そのために対応できない行動があっても、不思議なことではない……
 だが、それはあまりにも皮肉な仮説である。人の心を介在させないために作られた人形は、それゆえに為す術無く倒されていく。あたかも命のない人形のように。

 日が沈み、OZの宮殿も暗闇に包まれる。
 与えられた部屋のベッドに潜り込むと、ショウは自分を取り巻く事態に思いを馳せた。
 無茶な戦闘を言い張り、囚われの身にある……それは自分自身の過ちが招いたことだ。ヒイロ・ユイの命を捨てた戦いぶりに心を奪われ、惑わされてしまったのかもしれない。それは言い訳になるはずもない。
 気がついたとき、周りにはOZの兵士たちがいた。モビルスーツを降りているときはただの子供でしかないと、向けられた銃口が思い出させる。兵士たちを率いる男が武器を下げさせ、ショウが意識を取り戻したのは戦闘から数日経った後だと教えてくれた。彼はトレーズ・クシュリナーダと名乗り、武装した兵士たちに囲まれた中ではなく、二人だけの空間にショウをいざなった。
 街ほどの広さがある宮殿の中庭にしつらえた神殿のような浴場に案内すると、トレーズは美容への効能について得々と語り出す。唖然としてそれを聞いていたものの、世間話は混迷に向かう世界を憂う言葉に移り、次いでガンダムのパイロットたちへの讃辞に変わる。そして、話はショウ自身のことへと向いた。
 ショウは、問われたことには正直に答えた。本隊の居場所や拠点、上層部については知らされてはいなかったし、トレーズもそれには興味を示すことはなかった。彼が問うのは、戦うことの意義とそれがもたらす未来についてである。ショウはこれまで体験した戦い……時代を超えて旅した世界の戦士たちの思い出をトレーズに話した。
 荒唐無稽だというのは、話しているショウ自身も思う。歴史を旅して戦いを見守る者たちの存在など、誰が信じてくれるだろう。
 トレーズは話のほとんどを、微笑のまま聞いていた。ニュータイプの力と戦士たちの辿った運命を耳にした時には沈痛を顔に浮かべたが、ガンダムファイターの生き様を説明されたときに苦笑を漏らした。
 聞き流され、嘘や冗談だと思われたとショウは感じた。しかし、それも仕方のないことだ。ショウは気持ちを落とし、小さくつぶやく。
“こんなこと、言っても…… 信じてなんかくれないよね……?”
 トレーズはショウの肩に手を置き、目を見据えた。瞳の奥に、宇宙そのものが広がっているようにも見えた。
 そして、トレーズは力強くショウに答えた。
“信じよう”
 視線を交わすショウは、思ってもいなかった言葉に胸を詰まらせた。
“だから、君にも信じてもらいたいのだ。彼らの戦いは決して無駄ではない。戦う者たちの姿は無垢なる魂に受け継がれ、新たな歴史を生み出していく。君も、私もその一人なのだ。彼らが教えてくれたことが生き続ける限り、彼らもまた私たちと共にあるのだ……”
 敵中に一人取り残され、誰にも言うことを信じてもらえないと思っていたショウは、背に回るトレーズの腕を唯一の心の支えのように感じていた。薔薇の香りが心に染み込むのに、時間はかからなかった。


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