第五十一話 未知よりの帰還者
〜激突する宇宙(前編)〜
トレーズ・クシュリナーダは地球上に存在するほぼ全てのモビルスーツを戦場に集めた。
二重の意味で、これは異常な行動だった。治安維持のために各地に必要な部隊まで戦線に投入すれば無用の混乱を招くことになり、また総軍の兵站を支えるだけの国力は通常の国家は持ち合わせていない。戦乱で疲弊した現在の地球ではなおさらのことである。すなわち、遠征に動員できる兵力というのは国家が保有する全軍の数割に過ぎない。
二転三転する政権を掌握したばかりのトレーズは、その座を狙う新たな簒奪者にも備えねばならないはずだった。だが、トレーズはそれらを省みることなく部隊を展開させた。
世界国家軍はこの戦いの最前線の様子を一般の放送まで使って報道し続けている。電波妨害を果たすミノフスキー粒子の影響もなく、地球圏の全ての者が虚飾のない戦場の姿を見ることができた。そこで軍の先頭に立つトレーズは乗機として作らせたトールギスUのコックピットに座り、静かに宇宙の闇を見据えていた。
その映像を見たとき、エルフリーデは嘆息した。トレーズはやはりこの宇宙最大の戦闘において、己の理想のあるがままに戦い抜き、そして死んでいくつもりなのだろう。そこに一片の偽りも差し挟むことなく人々の目に残すことで、トレーズ・クシュリナーダという人間の意思の表明とする。そんな声が聞こえてくるような気さえしていた。
『さて、どっちに付くね?』
「主敵はホワイトファングの、モビルドールとリーブラだ。世界国家軍との戦闘が激化した時を見計らって突入し、我が方はモビルドールを殲滅する」
グランシャリオの隣に並ぶ戦艦ピースミリオンとの連絡も緊張の度を増していた。そこにはガンダムパイロットのほぼ全員が顔を揃え、彼らの意見もゼノンのものと一致を見た。
『そうだな……現状で脅威となっているのは、リーブラの方だ』
トロワ・バートンの声が軍議をまとめ、通信は終わる。スクリーンに映る光景は再びホワイトファングと世界国家の対峙に戻った。リーブラの主砲のエネルギーはすでに充填を終えている。砲撃を受けることを避けたのか、世界国家軍は距離を取って進軍を止めた。
その隊列の中からひとつの光点が飛び出すと同時に、ショウが目を剥いて叫ぶ。
「トレーズさんっ!?」
ブリッジの視線が一瞬ショウに集まり、青ざめた少年の体をマークが支える。
「あの飛び出した機体はトレーズなのか!?」
「うん……」
一同の視線は再びモニターに戻った。トールギスUを示す光点はリーブラの正面に身を晒し、挑発するかのように動きを止めた。
「あれでは撃てと言わんばかりだな……!死ぬ気か、トレーズは……!」
マークもただモニターに視線を向け、事の推移を見守るしかなかった。全宇宙の目を一つに集めた映像からは、涼やかな青年の声が流れ出した。
『こちら世界国家元首、トレーズ・クシュリナーダ。
私はホワイトファング指導者ミリアルド・ピースクラフトに、決闘を申し入れる……!』
それを聞く“ブラック・ジェネレーションズ”の者たちは、トレーズの言葉に呆然とした。そしてすぐに、彼の意図を測りかねて言葉を漏らした。
「決闘……!?」
「どういうつもりなんです、本当に……」
「いや…… あれこそが、トレーズ様の求めた最後の戦場の姿なのだ……」
言葉を切ったのはエルフリーデだった。彼女は観念したように瞑目し、そこに起こる情景を瞳の裏に見ていた。
「両軍の大将の決闘であれば、一見は大会戦だが死者は一人で済む。全ての兵士たちを連れてきたのも世界に戦いを放映する準備を整えているのも、全てはこの結末を周知させ、全世界に納得させるためだ。
トールギスではエピオンに勝てない。両方を扱ったことのあるゼクスならそれは分かる。ゼクスならば決闘を受けるだろう」
「それじゃあ、トレーズさんは……!」
エルフリーデは、ショウに言葉を返せなかった。ニュータイプである彼はその意味を誰よりも深く悟るだろう。
それに続いて、ニキが静かに分析を始めた。
「トレーズの望んだ形で決着が付くとしたら……この決闘を見届けた兵士と地球の市民は、勝者の庇護を受けることができますね。
地球の排除を叫ぶ革命集団も、戦いに勝てば革命家から統治者への転換を余儀なくされます。
そうなってしまえば地球の排除などできるはずがありません。地球の全人口をスペースコロニーに移住させることは現時点では不可能ですし、それを知った上で地球排除を強行すれば、自国の人口の半数以上を虐殺することになります。
それができるのは、かつてのシャアや今のミリアルド・ピースクラフトのように、革命軍の指導者という立場にある者だけです。
トレーズは、現時点で破壊者の立場にあるミリアルドに再建者の地位を与えることで、誰にも戦争ができない世界を作ろうとしているのでしょう」
「最小の犠牲で、ですか……」
ユリウスは腕を組み、ふん、と鼻を鳴らして欠点を探そうとした。だが、ユリウスに思いつく対案も、現時点から犠牲者を一人で終わらせる手段はない。言うべき事があるなら、ミリアルドが期待に添う人物であるかどうかだけだ。それはユリウスよりもトレーズの方が良く知る事柄である。
目を見開いて映像に食い入るショウに、クレアが後ろから声をかける。
「ねえ、ペーネロペーに乗せてってあげようか? ひょっとしたら間に合うかもよ?」
「ショウが圧死します、あの加速は」
クレアの思いつきはすぐに却下された。誰もがなすすべのないまま、ショウは硬く目を閉じ、震える声で祈るようにつぶやき続けた。
「誰か……誰か、トレーズさんを助けて……!」
祈りがどこかに届いたのかは、誰にも確認する術はない。
「答えを聞かせていただこうか、ミリアルド司令。君の答えは、同時にこの戦いに対する回答であることも忘れないでくれたまえ……」
艦隊の先頭に立つトレーズの勇姿を間近に見つめ、シャロンはこれまでの戦いに生き抜くことができた幸運に感謝していた。
トレーズは死を覚悟してこの戦場にいる。だが、その死はただトレーズ一人の人生の終結ではない。地球と宇宙に生きる者たち全てがトレーズとミリアルドの決闘を心に刻みつけることで、本当の平和な世界を創りあげるための礎となるのだ。
その高貴なる姿を最も近くで見ることができる。戦士としてこれ以上の幸運が他にあるだろうか。
トレーズと同じトールギスUを与えられ、それを己の象徴である蒼一色に彩らせたシャロンは、この史上最後の戦場となるべき空間に感動さえ覚えていた。
“誰か……誰か、トレーズさんを助けて……!”
心に声が響いたような気がした。ショウもどこかでこれを見ているかもしれないと思うと、不思議と胸が痛んだ。
「シャロン様、今……」
部下からの通信だ。ルクセンブルクから戦い続けた兵士たちも、その声を聞いたのだろう。
「なりません。たとえ、あの子の頼みであろうとも……。トレーズ様のご意志に異を差し挟むことは、断じてなりません!」
自分自身に言い聞かせるように、シャロンは強く言い切る。そして決闘の火蓋が切られる瞬間を待ち、静寂の中に身を強張らせる。
『決闘は……』
ミリアルドの答えが戦場に響く。この場にいる者全てに、そして地球圏の全ての人々に向けて。
その答えは誰もが予想せず、そして意志を貫く力に溢れていた。
『…………断る!!』
戦場に衝撃が走った。トレーズは意外なように溜息を漏らし、シャロンはトレーズの意志を無にした答えに激しく憤った。今や犠牲を抑え、人々に理想を示す機会は失われたかに見えた。
『私は宇宙の革命の意志を背負っているのだ。軽々しく決闘などで、コロニー市民の運命を決定することなど、断じてできない!』
「なるほど……正しい選択だ」
トレーズは微笑み、トールギスUを再び前進させる。だがリーブラの主砲が放たれる前に辿り着くことが不可能なのは、誰の目にも明らかな距離があった。
「ミリアルド、我々の後には地球がある……! 我々は退かない。私は地球が好きなのだ……」
トレーズの言葉には恐れも迷いもなかった。そこには勝利の確信さえ込められていた。
その背を見送る世界国家の兵士たちは誰一人動くことができなかった。止めるには距離が離れすぎ、その姿はあまりも尊崇の対象でありすぎた。トレーズはまだ、理想が失われたとは思っていない。
リーブラ砲に光が宿り、トレーズはそれに向けて飛び立っていく。
「ここで私が倒れれば、君たちの勝利は間違いない! さあ撃つがいい!地球と宇宙の平和のために!!」
トレーズは叫んだ。その眼前に閃光が輝く。ミリアルドの手による破壊の奔流がトレーズに迫り、それは全ての戦いを終結させる一撃となる。トレーズが率いる戦士たちも、彼と戦い奇跡を起こし続けたガンダムパイロット達でさえも、もはやこの瞬間からトレーズを救い出すことは不可能だ。誰もが、そう信じていた。
だが、光の速さで迫るエネルギーを前に、トレーズは見た。不死鳥の姿をしたガンダムが地球から飛び立ち、トールギスUを射線から弾き出す瞬間を。
「これは……!」
同じ瞬間に、リーブラの主砲のトリガーを握るミリアルドは見た。人の姿に化身したガンダムがリーブラの繰り出す閃光を受け止め、トレーズの命の盾となる姿を。
「フェニックス……!?」
二人の見た幻想の光景が、次第に真実の姿を明らかにする。リーブラ砲の衝撃が過ぎ去った後に残された残骸は、ヒイロ・ユイが地球に放棄していたウィングガンダムであったのだ。
機体の各部は砕け、損傷は大きい。戦闘に耐える状態ではない。
だが、要塞砲の発射の直後に地球から飛び出し、トレーズのいる場所まで何の目印もなく辿り着き、そして直撃を浴びて消滅もしなかった。それは、まさに人知を超えた奇跡としか形容の術はなかった。
ウィングガンダムからパイロットが脱出し、トールギスUの手の上に降り立つ。その姿を見たトレーズは、彼女の名を呼び、愛おしんだ。ノーマルスーツを着ていないためにコックピットのハッチを開けて迎え入れることはできなかったが、二人の心は固く抱き合い、絆の強さを確かめていた。
「レディ……」
「トレーズ様……戦いは、戦ってこそ美しいのです……」
レディ・アンの短い言葉に、トレーズは自らの意志を固め直した。被害を最小限にとどめる事も大切なことだ。指導者一人の死で矛を収める戦いは確かに戦争の理想だ。だが、戦いとは己一人がするものではない。全ての戦士たちがその意志を貫き、傷つき戦う姿こそが人の心を動かす力を持ち得るはずだ。
レディ・アンはトールギスUから、戦闘の指揮を執る母艦に移った。彼女はかつての冷徹なだけの指揮官ではなく、聖女と戦士の魂が融和した、穏やかながら凛々しさも備えた人柄を漂わせていた。彼女を迎える将兵は、信頼と尊敬をもって指揮権を託す。
「お久しぶりですわ、レディ・アン特佐」
蒼色に染めたトールギスUからの声は、普段は互いに嫌悪を抱いていたシャロン特佐のものだ。彼女でさえレディの帰還に喜びの感情を隠さなかった。
「子供の声が聞こえた気がするのです。トレーズ様を助けてと……」
「それは、この戦場に集まった心正しき者たちの誰もが聞いた声ですわ。あの子の声が聞こえる限り、私たちに負けはありません」
奇跡の声はここに届いた。宇宙の心はトレーズに味方しているのだ。シャロンも、レディ・アンも、全軍の将兵がそれを信じて戦意を昂揚させた。
「貴女が指揮を執ってくださるのでしたら、私も存分にトレーズ様の露払いの役を果たすことができますわ。私は人を操るよりも、剣を操る方が性に合っていますから……。
それに、この最後の戦いに貴女の姿が見えないのは淋しいものですからね」
「シャロン特佐…… トレーズ様を、頼みます……」
二人が微笑み合うのは、これが初めてのことだった。
「トレーズ様のお相手に相応しき者は、ガンダムのみ!! 裏切者ゼクスや、ガンダムのパイロットどもをトレーズ様が直々に討ち取られるまでは、人形などを近づけトレーズ様のお手を汚すようなことはあってはなりません!!」
敵陣に向けて再度飛び立つトレーズの周囲を守るモビルスーツ隊に檄を飛ばし、シャロンは何の憂いもない戦場の空気を吸っていた。
「始まったか……!」
「予想外と言うべきなのか、予想の範囲に戻ってきたと言うべきなのか……」
“ブラック・ジェネレーションズ”の指揮を執るゼノンとニキは、事態の推移を漏らさず確認していた。ブリッジの空気は、いったん緊張が解けた溜息に包まれた。しかしそれはすぐに張りつめた戦場の雰囲気に戻る。
トレーズは死んではいない。モビルスーツとモビルドールが正面から激突し、消耗戦を開始した。開戦前の予想の通りである。
機体の性能はモビルドールの方がはるかに上だ。しかし世界国家軍はトレーズの指揮の下、凄まじい戦意と勢いで軍備の劣勢を押し返していた。
「モビルスーツ隊出撃!
エルンスト、シェイド、シスは艦の直衛! マーク、残り全員でモビルドールを叩け!」
「了解!」
『こっちも行くぜ!』
『貴様たちがモビルドールの排除に成功したら、俺たちがリーブラを叩く。無事を祈る』
ピースミリオンからの声も届き、パイロット達はモビルスーツデッキに駆け出していく。喧噪の中、しゃべる時間も惜しいと言わんばかりの剣幕でシェイドの声が叩きつけられる。
「ウィングゼロが艦の守りかよ!?どうしたってんだよ艦長!!」
ゼノンはモニターに鋭い視線を向け、ピースミリオンとの通信が切れている事を確認する。そして顔はモニターに向けたまま、短く告げた。
「お前達が切り札だ」
シェイドはその言葉で全てを察した。ゼノンはピースミリオンの戦力だけでリーブラを落とすのに失敗した場合に備えて、最強の火力を温存しておこうと言うのだ。ガンダムパイロットの機体は強力ではあるが、多くは接近戦用のモビルスーツだ。要塞を叩くためにはバスターライフルが不可欠であったが、ヒイロ・ユイの乗るウィングゼロは彼らと共にはいなかった。
分かったぜ、と告げてシェイドはブリッジを飛び出していく。シスが入り口で彼を待っていた。
二人の後ろ姿に、バスターライフルは取っておけとゼノンが告げる。急ぎ足の二人にその言葉が届いたかどうかは分からない。しかしその意志が届いていることには、ゼノンは自信を持っていた。
モビルスーツ隊が展開すると、部隊の指揮はマーク・ギルダーの手に委ねられる。その第一声は、ゼノンの作戦指導とはいささか外れたものであった。
「ショウ、トレーズにもう一度会いに行きたいか?」
「う、うんっ…… いいの、マークさん?」
「対モビルドールウィルスを撒きながら進めば、敵の半分はお前を攻撃してこない。トレーズの軍は、お前を撃つよりモビルドールを狙うチャンスを逃すことを恐れるはずだ。戦いが始まった以上、トレーズに会うチャンスがあるとしたら今しかないぞ!」
「わ、分かったよ……! それじゃあ、行ってくるね!!」
ガンダムアクエリアスは、乱戦に向けて一機飛び立った。危険ではあったが、こんな戦い方こそがショウの真骨頂でもある。
「私はショウと同行する!トレーズ様の命をお守りする機会があるというのであれば私は行かねばならん!!」
エルフリーデは答えを待たずに機体を走らせた。マークも止めはしなかった。図らずもトレーズと同じトールギスUに乗ることになったが、彼女は全く同じでは畏れ多いとして機体の色を白に塗り直していた。そのため、外部からの印象はトールギスと変わっていない。
二人の機影が去ると、マークは今度はジュナス・リアムに通信を入れた。
「ジュナス、モビルスーツ隊の指揮はお前に任せる」
「隊長?」
ショウとエルフリーデが離れることは、皆も薄々察していたことだ。だがマークの心の内にあるものが何か悟っていたのは、艦に残るエリスしかいなかった。
「俺はミリアルド・ピースクラフトを倒しに行く。トレーズとミリアルドの二人が死ねば、この戦争は終わる……!」
本音と口実が混ざっている……ジュナスは敏感にそれを受け止めた。だが、ジュナスは口には出さなかった。
乱戦を縫って敵将と直接ぶつかりに行く。そんな戦い方をかつて何度も行ってきたのは、ニュータイプの力を飽和させる前のジュナス自身だったからだ。あの時守りに回ってくれたマーク隊長に感謝を込めて、今は後を務めることに決めた。
「分かった。隊長、無理をしないでね」
「俺が負けるか……!負けるものか!!」
飛び立つマークの姿を見ないように、ジュナスは正面の敵に向き直る。そこに、さらに声が続けられた。
「ねえ、こんな時になんだけどさ、私も抜けていいかなぁ?」
モニターの端に、クレアが手を合わせて顔を下げる姿が映る。
「クレアもかい?」
「デュオを手伝ってきたいの。今日という今日はデスサイズを手に入れないと、ラビニアさんに殺されちゃうよ〜」
戦場に起こる閃光の密度を眺め、ジュナスはこれだけの敵の数なら大丈夫だと思った。しかし、軽く肩をすくめて、クレアにも了解を出してしまった。
「サンキュー、ジュナス!あとで全身全霊をかけて愛してあげるよ!」
熱核ギガブースターの閃光が一瞬のうちに視界から消える。これで、九機のモビルスーツ隊は、五機にまで数を減らしていた。
「ちょっとジュナス、いいの? なんでもかんでもオーケー出して?」
「みんなが抜けた分は僕がやるよ。レイチェル、君とカチュアちゃんはビットで敵陣を崩して。僕とサエンがそこに斬り込む。
ユリウス君はバックアップをお願い。インコムの使い方は、分かるよね?」
優しく諭す口調に、ユリウスは少し苛立ち混じりに、できますよ、と返した。子供扱いされるのも嫌いだが、その相手がニュータイプとなるともっと嫌だからだ。
「ニュータイプなんかより、もっとずっと上手くやってみせるよ」
聞こえないように愚痴をこぼすが、それが本当に聞こえなかったかどうかは気にしていない。ジュナスもそれ以上に続けなかった。
「出ていったみんなが帰る場所を守るんだ!一人で先走って行っちゃいけないよ!」
そう伝えた瞬間に、ガンダムグリープが黄金の輝きを放つ。PXシステムを全開にしてモビルドールを叩き潰していくジュナスを眺め、言ってることと違うじゃないですか、とユリウスは不満げに言葉を漏らしていた。
「シャロン特佐!敵モビルドール部隊の動きが停止していきます!」
予想外の事態に戸惑う声を届けるレディ・アンは、ガンダムアクエリアスの開発が成功していることをまだ知らない。そして、それが敵の手に譲られていることも。
シャロンの予想通りにガンダムが近づいて来る。型式番号はOZのものだ。
ガンダムアクエリアス。ショウ・ルスカが来ている。
「あのガンダムの周りのモビルドールは機能を一時的に停止します。
ガンダムよりもまずモビルドールを!ガンダムを落とせばモビルドールが動き出します!」
「ガンダムはどうするのです?」
「できるなら、トレーズ様の元へお導きください」
事態を把握しないまま、レディ・アンはそれを承認した。それは理知のもたらすものではなく、信頼がなせる行動である。
この瞬間に至るまで、お互いにこんな行動ができるようになるとは夢にも思っていなかった。一生犬猿の仲が続くのだと思っていた。だが、今はこの思いがあまりにも自然なこととして受け入れられた。
世界国家軍とホワイトファングの戦列をかいくぐり、近づいてくるモビルスーツは二機。うちの一つは、白く塗られたトールギスUである。
「これぞ天の配剤と言うものですわ……!」
シャロンは快哉の笑みを浮かべて、来訪者たちの前に機体を向ける。
「ショウ・ルスカですわね?」
「シャロンさん……! お願い、トレーズさんに会わせて!もうあんな無茶なことはやめてって!」
敵軍の本営の真っ只中に飛び込むような無茶をしながら、ショウは自分のことは全く気にしていない。頭の中にあるのはトレーズのことだけだ。
ならば、ショウは味方も同然。たとえトレーズと戦うことになろうと、その勝負は汚れなき魂に相応しいものになるだろう。
「いいでしょう。ショウ、お行きなさい」
微笑みをもって少年を見送ると、シャロンはビームサーベルをもう一機に向けた。
「このシャロン・キャンベル……トレーズ様に近づく者を見定める露払いが役目。
トレーズ様にお会いする者は、ガンダムのパイロットのみ!」
「そう来ましたか…… 正直、困りましたね」
白いトールギスUは距離を離して、しばらくためらった後に剣を抜く。
蒼いトールギスUは騎士の儀礼を取ると、心の底から嬉しそうに突撃した。
「こんな時でもなければできませんもの……この機会を逃す気はありませんわよ、エルフ!
夢にまで見ましたわ!貴女と本気で剣を交える時を!!」
「夢に見ましたよ…… 貴方と本気で剣を交える時を……!」
ビームサーベルの出力も、機体のバーニアも同一の性能を持っていた。光の剣が触れ合い、弾かれる衝撃にシャロンは驚喜し、エルフリーデは戦慄した。
「さすがにやりますわね、エルフ!こんなに楽しいのでしたら、もっと早く真剣勝負をしているのでしたわ!」
「さすがはシャロン様…… 守るだけでは守りきれない……!!」
そして、エルフリーデはトールギスUを突撃させた。攻守を入れ替え、同じ力の攻撃が再び火花を散らす。
「行かなければならないのです!たとえ貴方と戦っても……トレーズ様の命とあらば!!」
「行かせることはできませんわ!たとえ貴女であろうと……トレーズ様の命とあらば!!」
白と蒼の色を持ったトレーズの機体。その一方を全身に広げ、半身のような姿を持ったトールギスUは、同一の性能と互角の技量をもって果てしない激突を繰り返した。
“ブラック・ジェネレーションズ”と同様に、ガンダムパイロットたちも個々の実力を頼みに、戦力を分散していた。ヒイロ・ユイはリーブラに潜入し、張五飛はかつて戦ったトレーズの元へと向かっていった。ノインを戦艦ピースミリオンの防御に残し、カトルを軸として三機でモビルドールの部隊に突入する。
彼らを待ち受けたのは、ミリアルドの駆るガンダムエピオンだった。敵陣深くにいると思っていた総大将の姿を見たデュオは、死神の鎌を掲げてその首を狙いに突撃をかけた。
「護衛にビルゴが三機だけ!楽勝だぜ!」
狙いはエピオン一機だけだ。モビルドールなどは相手にもならない。ただ、数が多いときに邪魔なだけだ。
そう考えていたデュオの前に、ビルゴが立ちはだかって突撃を止める。次の瞬間、エピオンからの攻撃がデスサイズヘルを弾き飛ばした。
「うわぁぁぁっ!?」
「デュオ!?」
カトルが救助に機体を飛ばすが、ビルゴからの砲撃がそれを阻む。トロワはモビルドールを操るミリアルドに向けて銃弾を叩き込むが、ミリアルドはビルゴからプラネイトディフェンサーだけをエピオンの周囲に飛ばして無傷を保った。
弾き飛ばされたデスサイズヘルの背後に、より大型のガンダムが駆けつけ、抱きとめる。
「デュオ、どうしちゃってるの!」
「っ…… こんな時にお前かよ……」
ぼやくデュオの機体を離し、クレアは敵機の姿を見た。四機の機体を同時に操るミリアルドは、あたかもニュータイプがオールレンジ攻撃をかけているようだ。その力量を見ると、クレアは唇の端をあげて拳に力を込める。
「レイチェルにやられて懲りたのかな? ……じゃあ、本家ニュータイプの力を見せてあげるよっ!」
クレアはいつものように、ペーネロペーを飛竜の姿に変える。そして熱核ギガブースターを全開にしてエピオンに向けて突撃した。
「さあ行くよっ!秘剣つばめ返しぃ───!!」
「…………!?」
ミリアルドはエピオンが見せる数多の未来の中から、瞬時に勝利を選び取った。ビームソードを背後に向けて振り、同時に左腕のヒートロッドを前方に向けて薙ぎ払う。
ビームソードに衝撃が走った瞬間、ペーネロペーのビームサーベルをヒートロッドが受け止めていた。一度背後に回って攻撃をかけた後、目にも止まらぬ速度で再び前方から剣を突いてきたことになる。ミリアルドはこの敵の常識を超えた動きに戦慄した。
ミリアルドはこれほどの速さと戦うことは初めての体験だった。その速さは、かつて殺人的な加速と評したトールギスの倍はある。
だが、逆にクレアは必殺技を破られたことに狼狽はしなかった。
「さすがにやるね!これを破ったのは、あんたが三人目だよ!」
ヒートロッドとビームサーベルが絡み、両者の距離は固定された。だが、エピオンのビームソードはまだ届かない距離にあった。
「いただきぃ!」
お互いに有効打を出せない距離で、クレアはバルカンをエピオンに叩き込んだ。致命傷を与えられる武器ではなかったが、ミリアルドの思考と動きを封じることはできた。
それと同時に両腕から放たれたミサイルが自動操縦になっているビルゴを捉え、次々に閃光に変えていく。回避も防御もしないモビルドールを見て、ミリアルドは驚愕した。
「それもモビルドールを無力化する武器なのか!」
「……そして、さらば!!」
ペーネロペーはビームサーベルを引き、ヒートロッドの間合いから遠ざかる。そして両手を向けると、エピオンにもミサイルの束を叩き込む。その瞬間、カトルは脳裏に声が響くのを聞いた。
エピオンはファンネルミサイルの軌道を読み、損傷を受けながらも回避していく。だが、その計算すら超えた二発のミサイルが別方向から撃ち込まれていた。
「ナイス、カトルっ!」
「宇宙の声が聞こえたんです……。それはあなたたち、ニュータイプの力なんでしょうか……」
クレアの放つミサイルの嵐の中に、二発だけカトルの意志を込めたものが混じっていた。それがゼロ・システムの計算を狂わせ、エピオンに痛打を与えたのだ。
「宇宙の声……だと……!?」
不利を悟ったミリアルドはエピオンを変形させ、ガンダムたちから離れて飛び去っていく。クレアはそれを眺めながら、ペーネロペーで追いすがることはしなかった。
「おい、追わないのかよ!?」
「今日はあんたの援護が優先なの。デュオ、一緒に頑張ろうねー?」
クレアの顔に浮かぶ笑顔はすぐにカトルにも移り、両手を髪の毛で掻きむしって慌てるデュオを包んでいた。そんな光景の中でも、トロワは敵襲に備え、冷静な面持ちを崩さなかった。
ミリアルドは戦闘空域にわずかに浮かぶ小惑星帯の中にエピオンを飛ばし、モビルスーツに戻して戦況を確認する。あの神速の機体が追ってこないことを確認したが、彼の背後に新たな敵機の反応が迫っていた。
「……ヒイロか!?」
「地球を排除したとしてもこの戦争は終わらない……俺は、それを知っている」
答える声はヒイロのものではない、重く沈んだ青年の声色だった。
アステロイドの一つに立ち、エピオンを見下ろす機体はやはりガンダムの頭部を持っていた。機体をマントで覆い隠し、頭部には海賊のような髑髏の意匠が刻まれている。
「なぜなら、俺は地球の文明が滅び去り、平和な時代が続いた後の未来から来た者だからだ……!
ミリアルド・ピースクラフト…… この世界を救うに足る英雄であるかどうか……お前の実力、見せてもらうぞ!!」
マーク・ギルダーは機体を覆うマントを捨て、剣を抜き放つ。
クロスボーン・ガンダムX1。ガンダムエピオンとの戦いに向けて用意された、同じ装備を持った宇宙世紀の機体。
エピオンの持つゼロ・システムに、ビームザンバーの威力とスクリュー・ウェッブの間合いが即座に認識される。それを確認したミリアルドは、これに乗る相手の意志を悟った。互角の力を持っての、決闘である。
トレーズは宇宙の深淵を彩る光芒に目を向け、その一つ一つを胸に焼き付けていた。母艦の上に立つトールギスUはドーバーガンを杖のようにして、いまだ戦いを見守る姿勢のまま動かなかった。
敵機と斬り結ぶ将兵たちの先頭にはシャロン・キャンベルが立っている。戦場を把握し、部隊を指揮することはレディ・アンが彼に代わって務めている。トレーズは、戦場においてただ一人動かず、静かに待ち続けた。
彫像のごとく、たたずんでいたトールギスUの顔が上向き、宇宙から降り立つ来訪者の姿を見やる。
自らが与えたマリンブルーの機体の影に、灼熱の炎に身を包んだガンダムの幻影が見えた。レディ・アンが用いたウィングガンダムにもその姿が投影されていたことを思い返し、ガンダムエピオンのテストの最中、ゼロ・システムが見せた幻の戦場を駆け抜けていた勇姿が脳裏に浮かぶ。
「ショウ……」
「トレーズさんっ……!」
ガンダムアクエリアスは誰にも制止されることなく、トールギスUの眼前に降り立った。トレーズは銃を構える気配も見せず、ショウの乗る機体にはモビルドールの機能を止める力しかない。
「どうしてこんな戦争なんか始めたんだよ!戦いに行くのは、僕じゃなかったの……!?
僕を行かせて、トレーズさんは自分一人で死ぬつもりだったら…… 僕がトレーズさんを止めるよ!!」
ショウの憤りを目の前に、トレーズは涼やかな微笑を浮かべた。それでいいのだ、と小さく答えた。
「自分一人の命で地球圏に平和をもたらすことができるのならば、私はそれに憂いを感じることはなかった。
だが、それが間違っていると、レディ・アンが私に悟らせてくれた……」
トレーズは再び宇宙に視線を向け、語り続けた。
「戦士たちの魂の輝きのひとつひとつが地球圏を彩り、輝かせていく……その命の尊さは、彼らが自ら戦うことなくして人々の心に残ることはないのだと。
ショウ、ここは戦士だけの世界だ。その純粋さゆえに、この戦場は美しい。ニュータイプである君ならば分かるはずだ」
「誰も始めなければ、戦争なんて起こらないのに……!そうやって、リリーナさんが世界を平和にしようとしていたのに!」
「本当の平和とは、偽りの姿を続けることではない。戦う姿勢を捨てることでもない。
我らもこの戦場に居る者の努めとして、ここに集まった者たちを辱めぬ振る舞いをしなければならない……」
トレーズは一度目を閉じ、心に浮かぶ者たちの姿に黙礼した。この戦場に辿り着くことなく倒れていった者たちの姿は、彼がこの道を選び取った最大の理由でもあった。
「君とこうして戦うのは、初めてのことになるな……」
「トレーズさんっ!」
杖代わりにしていたドーバーガンを手に持ち、ビームサーベルの光を浮かべるトールギスU。威厳の中に余裕さえ浮かべた姿に、ショウは感情を爆発させた。
「この機体には、武器は搭載されてないけど…… 僕は、武器がなくても戦えるんだよ!?」
右手を掲げ、身構えるアクエリアスに光が差し込む。拳に集められた魂の輝きはトレーズの瞳を見開かせた。閃光を帯びた掌がトールギスUに向けられ、叫ぶ名とともに襲いかかる。
「シャァァァァイニングゥッ!!フィンガァァ──────ッ!!!」
ニュータイプの心の内から現れる、あらゆる攻撃を無力化する光の鎧。それを一点に集めて敵を討つガンダムファイターの力。
トレーズはそれを間近に見つつ、身を翻して距離を離した。標的を逸れた光の拳の圧倒的な破壊力が虚空を駆け抜けていく。
「これが、熱き魂の持ち主たちが君に伝えた技か……」
両者の相対距離が離れ、ドーバーガンの攻撃距離にアクエリアスを捉えた。だが、そこでトレーズは砲撃をかけることはなかった。
「そしてニュータイプの認識力は、私の攻撃などものともしない。二つの世界の力が君を守る……」
再びビームサーベルを構え直すと、トレーズはショウに向けて全力で突撃した。二人が交錯し、互いの脇を駆け抜ける。その一瞬、ショウはトレーズの体に不思議な光を見出し、攻撃の勢いがわずかに止まった。ビームサーベルがアクエリアスの右腕を切り落とし、愕然とするショウの背後にトレーズは優雅な挙動を見せて着地する。
「ならば、私は君に見せなければならない。この私が属する世界は、君が訪れた二つの世界に決して引けは取らぬということを……!」
振り返ったショウは、その光景に体を凍り付かせた。魂が奪われたようにトールギスUを見上げ、一度は左手に灯したシャイニングフィンガーの輝きも消え失せてしまう。
機体の奥に見えるトレーズの肉体が現実よりもはるかに大きく、神々しく感じられる。
この人には勝てない。
……いや、誰かがこの人に勝ってはいけない。
心の底からそんな思いが浮かび上がるほどに、トレーズの意志はショウのそれを凌駕し、そして包み込んでしまっていた。宇宙最強の力を二つ同時に備えながらも、そうなったときにショウは何一つ戦う術を見出せなくなってしまう。
それを艦内から見ていたレディ・アンは、安堵したように微笑み、つぶやいていた。
「勝負ありましたわね……」
デュオ・マックスウェルの側を離れず、彼を援護しながら戦うクレアは、一向に増えていかない撃墜数に苛立っていた。
モビルドールが相互に連携し、こちらの陣形を崩そうとするのは初めてのことだ。動きにある程度の癖はあるものの、決してパターン化できる機械の反応ではない。ガンダムのパイロットたちも、これには苦戦を強いられていた。
「ねえ、モビルドールの動きがいつもと違うよ!?」
「これは……人が操っています!」
カトルとは不思議に意思の疎通が簡単だ。クレアは彼の思惟の内から、ゼロ・システムによって遠隔操作されるモビルドールという可能性に思い当たった。だが、先刻まで指示を出していたミリアルドは退却している。ガンダムエピオンの周囲のみならず、戦場の全てを把握して指揮を執れるのは誰なのか、クレアはモビルドールの先にいる人のイメージを掴もうとした。
そして、気付いた。どこでどうして相手が敵陣の中枢にいるのかは分からないが、モビルドールを操っているのはクレアが知っている人物だったのだ。
「ドロシー・カタロニア……!?」
『クレア・ヒースロー……!!』
宇宙の向こうで、相手もクレアを感知したと悟った。次の瞬間に、ドロシーがクレアに向けて何をするかも。クレアは全ての通信回線を開くと、敵味方を問わず戦場に叫ぶ。
「みんな、逃げてーっ!リーブラ砲が私を狙ってるー!!」
驚愕するパイロットたちの中で、カトルが反射的にサンドロックを離脱させる。デュオとトロワは即座に反応して後を追い、クレアの声を聞いた世界国家軍の兵士たちも射線を割り出し退避を始める。
たとえ発射しても戦局に与えるものは最小限だ。だが、リーブラの主砲に集められたエネルギーは、発射を中止する気配はない。
戦場の視線が一点に集まる中で、クレアは機体の出力を全開にしてリーブラに向けて強襲した。
「リーブラの発射が速いか、熱核ギガブースターが速いか…… 勝負だドロシー!!
行け、ペーネロペー!忌まわしき記憶と共にっ!!」
強烈な加速がクレアの体をシートに押しつける。
この時代における二つの戦略級の巨砲……バルジとリーブラの主砲の特徴は、破壊力こそ宇宙世紀のコロニーレーザーの約3割ほどだが、発射までの時間は半分に短縮される。そうでもなければ単機のモビルスーツを狙おうなどとは考えないだろう。クレアは、ドロシーがそれに自信を持っていることを悟っていた。
リーブラが巨大なエネルギーを吐き出す寸前、ペーネロペーはブースターユニットを切り離す。超人的な加速を伴う怪獣の突撃は二手に分かれ、クレアの乗っている機体はリーブラの射線を離れて急激に減速した。
だが、リーブラから見れば勢いをそのままに特攻してくる物体が、ガンダム07の本体に見えた。一瞬遅れて莫大なエネルギーが宇宙に放たれ、直撃を浴びた熱核ギガブースターは瞬時に閃光に変わる。
必殺の一撃をやりすごしたクレアは大きく息を吐き、熱気の治まらない体を軽く撫で回して生きていることを確かめた。
「……やってくれたなぁ、ドロシーのやつ……。
今までいろんなツッコミを食らってきたけど、要塞砲を個人宛てに撃たれたのは生まれて初めてだぞ?」
そして、クレアは不敵に笑った。千々に乱れた戦場を縫いながら、普通のモビルスーツに紛れてリーブラに接近する。どんな仕返しをしてやろうか、頭の中は快調に回転を始めていた。
エピオンの持つビームソードは、ビームザンバーの威力を凌駕している。ヒートロッドは間合いの全てが攻撃範囲であるのに対して、スクリュー・ウェッブは所詮ワイヤーの先にドリルを付けただけの急拵えの武器でしかない。両者の鞭が絡みついてしまえば、エピオンが一方的に勝つことができる。
だが、それが見えているにもかかわらず、ミリアルドはマークに圧倒され続けていた。
「未来から来た戦士たちだと……!」
振りかぶるヒートロッドの先端にスクリューウェッブをぶつけ、マークはミリアルドの攻撃を止める。
「……この時代の戦争の原因は、地球でも宇宙でもない。そこに生きる愚民たちだ」
マークは、あえて愚民という言葉を選んだ。本来、彼はそんな言葉を好む人間ではなかった。
「彼らを動かしているものは血に飢えた闘争心でも、平和を求める優しい心でもない。ただ、熱狂を求める愚民のそれだ。
悪を討ち滅ぼす正義の戦いや、平和な世界を築くという大義名分に酔いしれたいだけの者たち。彼らは常に英雄を求めている……都合がいい時は旗頭に担ぎ上げ、不利になれば悪名を着せて、その悪を糾弾する己に酔うために!」
「私の大義も、リリーナの謳う完全平和主義も、全ては愚民の生み出した妄想に過ぎないと言うのか……!?」
ミリアルドはマークが語る言葉を聞きながら、ゼロ・システムでその先を探った。
スクリュー・ウェッブの軌道を読み、そこにヒートロッドを巻きつかせようと左腕を振るう。だが、数多くの未来の中からミリアルドが一つを選んだ瞬間に、ニュータイプはそれを悟り、鞭の動きを変えてしまう。
「貴様の大義と、完全平和主義か……!」
マークの心の内から、魔王にも似た波動が噴き上がる。それは憎悪と怨念が入り交じった負の波動である。
「……俺たちの時代は、まさにそれそのものだった……!地球の文明は滅び去り、千年以上に渡る平和が続いた……!
果てしない時の中で外宇宙からの脅威に備え続けた戦士たちは、理解を持たぬ人々からの冷遇と蔑視を耐え続けてきた……!」
ヒートロッドを打ち払い、マークはクロスボーン・ガンダムを突撃させる。エピオンと斬り結ぶ衝撃の光の中、ミリアルドは眼前の光景に幻影が混じるのを感じていった。
「だが、それは戦士たちを弾圧し、かつての所行を黒歴史と称して封印することで得られる、偽りの平和でしかない……!
戦いの時代を渡り、戦士たちの真実を見極め……そこに蓄積された兵器の情報と戦闘技術を記録し、その力で再び地球圏に戦火を呼び戻す! それが、俺たち“ブラック・ジェネレーションズ”に課せられた、本当の使命だった!!」
「何だと……!?」
ミリアルドに見える光景が異変を起こした。マーク・ギルダーが操る機体は、すでにエピオンと同じ武器を選んだクロスボーン・ガンダムではない。丸みを帯びたシルエットに緑色の装甲を纏った、全く異種のモビルスーツであった。
ミリアルドの脳裏に、無尽蔵の死が流れ込む。その機体との戦闘結果予測の全てが、ガンダムエピオンの完全なる敗北を示していた。
全身を覆うはずの装甲は激戦による破損が各部に残り、ツインアイの光を透過して見えるマークの視線は惨たらしい拷問を受けた囚人が看守に向ける憎悪の眼差しを思わせる。Iフィールド・ビーム・ドライブの生み出すバリアーはツインバスターライフルですら容易く退け、全身に配備された武装は機体の各部が攻撃ユニットとして飛び立ち、全方位からの攻撃をかけることができる。そして右手に備えた溶断破砕マニピュレーターは、かつてドモン・カッシュが怒りを込めて輝き叫んだ、伝説の必殺技の名を冠しているのだ!
「ゼロ・システムに見えるか!! 二千五百年の間、闘争本能を封印され続けた戦士たちが再び黒歴史の力を取り戻すことができると知った時……!彼らがどんな形でフラストレーションを爆発させるのか!!」
マークの乗る機体の背から淡い虹色の光が放たれ、戦場全てを覆い尽くしていく。
それが、エピオンがミリアルドに見せた最後の光景だった。
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