第五十二話 戦いのない世界へ
〜激突する宇宙(後編)〜



 戦場を駆ける若者たちの中でただ一人、ドロシー・カタロニアは己の身をモビルスーツではなく、戦艦リーブラのブリッジに置いていた。彼女はパイロットとしての訓練を受けてはおらず、指揮官としての才があるためであったが、自らの手を下さずに戦場を広く見つめる今の立場にわずかな不満がないではなかった。
 それは、かつて宇宙世紀で、ニュータイプの力を持った軍隊指揮官が、いずれも専用の機体を用いて戦場を駆けていった理由と無縁な衝動ではなかった。己の意志を伝えるための戦いは、己の肉体をもって……それが無理なら、己を乗せたモビルスーツで演じたいという感覚を、このドロシーも知らず抱いていた。
 その苛立ちを、通信兵の言葉が遮った。
「着艦許可を求めている機体が…… これは……ガンダム……?」
 戸惑う声が終わるより前に、通信回線に明るい少女の声が入る。その声は、ドロシーの苛立ちをさらに増幅した。
『リーブラに着艦許可願いま〜す? こちらオデュッセウス・ガンダム……えーっと、そっちだとガンダム07だっけ?
 ドロシー嬢の学友が会って話をしたいと伝えて』
「撃墜しなさい」
 ドロシーは眉をひくつかせ、クレアの声に素っ気なく答えた。
『その声はドロシー!よくも要塞砲を撃ち込んでくれたわね、本気で死ぬかと思ったじゃない!』
「どうして生きているのか理解できませんわ、クレアさん……
 私はリーブラの指揮を任せられている身なのです。その私に、ガンダムのパイロットの一人が何の御用ですの?」
 ドロシーは不機嫌な態度を隠さず、通信機から聞こえるクレアの声に答えた。
『君を助けに来た!ドロシー、一緒に脱出しよう!リーブラはもうすぐ落ちるよ!』
「なんですって?」
 ドロシーは、クレアの言葉を笑い飛ばした。戦いの火蓋が切って落とされてから、リーブラはホワイトファングの最大戦力として君臨し続けている。トレーズの率いる世界国家軍も、ガンダムのパイロットたちもその防衛線を突破することはできていない。ただ、乱戦を縫ってどこからかクレアが紛れ込んできただけだ。
 だが、クレアの声は必死だった。
『宇宙コロニーを一発で吹っ飛ばしたツインバスターライフルを知らないの!? こっちには、ヒイロのと合わせてウィングゼロが三機あるんだよ!? あれに狙われたら、こんな戦艦ただのボザバーラだよ!』
 クレアの表現はよく分からなかったが、あのウィングガンダムゼロが複数存在するという言葉は、ドロシーのみならずブリッジの兵士たちを動揺させた。
「リーブラの主砲が動く限りモビルスーツなど近づけませんわ! モビルドールが足止めしている間に、まとめて焼き払うだけです!」
『ピースミリオンが突っ込んでくるんだよ!』
 クレアの叫びと、通信兵が同様の報告をするのはほぼ同時だった。対衝撃防御を急ぐ間に、艦内に動揺と混乱が広まっていく。それを見せつけられたドロシーは激昂した。
『この艦は落ちるよ!私と逃げよう、ドロシー!』
「お断りします!」
「ならっ、海賊らしくいただいていく!!」
 最後の声は、通信機からではなかった。ドロシーの居るブリッジの扉が開き、マイクを手にしたクレアが笑顔でウィンクを送る。この小型の通信機からガンダムに声を送り、そこからリーブラのブリッジに向けて話していたのだ。ミノフスキー粒子による電波妨害がないこの戦場だからこそできた芸当だった。
 ドロシーは反射的にクレアに銃を向けた。だが、指が引き金を引く前に、リーブラに激しい衝撃が走った。
 リーブラの主砲を強引に潰すために、ガンダムパイロットたちが母艦としている戦艦ピースミリオンがその身を投じ、正面から激突したのである。その瞬間、クレアに気を取られていたドロシーも、ドロシーから一本取って気をよくしていたクレアも、衝撃に備えることを忘れてしまっていた。
「わぁっ……!」
「きゃあ……!?」
 吹き飛ばされた二人は空中でもつれ合い、天井に体を叩きつけた。二人は反射的に手近な物体に手を伸ばそうとしたために、互いの体を固く抱きしめ、顔の高さを合わせてぶつけるように重なり合った。
「んむぅっ……!?」
「んぁんっ……?
 あ……。ごっ、ごめんっ、ついとっさに……!」
 慌てたクレアは真っ赤になり、ドロシーはほんの1cmも離れていない距離から物凄い形相で睨み付けた。
「クレアさんっ!! 不意討ちとはずいぶんですわね!!」
「あわわわわっ、あのそのっ、それより!脱出するよ!ウィングゼロが襲ってくる前に!」
 ドロシーに向けて叫んだ言葉で、ブリッジにいた兵士たちが我先に走り出す。それが全艦に伝播し、恐怖が恐怖を呼び、戦闘態勢を取ることが不可能なまでの混乱を引き起こしていった。
 怒りに肩を震わせるドロシーを抱きかかえたまま、無人だと発覚して拿捕されていたオデュッセウス・ガンダムまで戻ったクレアは、コックピットに戻ると大きく息を吐いて快哉の表情を浮かべた。
「ああ〜、もう!うまくいったっ!」
「あのですわねっ、クレアさん……! 私はあなたを殺そうと、本気で撃ったんですのよ!? なのにどうして、こんな無茶なことをして……!」
 ドロシーは感情が収まらないまま、快心の笑顔を浮かべるクレアに言葉を叩きつける。
「だって、ドロシーはあんなとこにいて、あんなことしてちゃいけないんだから?」
 クレアはあっけらかんと、軽い口調で返事をした。その心は、もう夢の世界へと飛び立っている。
「ドロシーはリリーナの隣にいなくちゃいけないの。一緒に勉強して、一緒に遊んで。そっちの方がずっと似合ってるよ?
 大丈夫、この戦いが終わればリリーナが平和な世界を作ってくれるんだから!」
 そして、あの素晴らしいガンダムファイトの時代がやってくる。そう信じて疑わないクレアは、ドロシーを未来世紀に引き合わせた時どんな顔をするか想像して、抑えきれずに爆笑した。
「なっ……なにが、そんなにおかしいんですの!クレアさん、ちゃんとお答えなさい!?」
「さあ、ドロシー……帰ろう!エリスと、レイチェルと、リリーナたちの愛した地球へ!」
「人の話を聞いているんですの!?」
 クレアが笑うごとにドロシーは声を荒げ、それを心底嬉しそうにクレアは笑い転げた。

 PXシステムの閃光が駆け抜け、そのエネルギーが尽きるとレイチェルたちの操るサイコミュ兵器がモビルドールを無力化していく。リーブラから指示を出す者もいなくなった今は、グランシャリオ周辺の宙域にはほとんどホワイトファングの兵力は残っていなかった。
『こちらクレア、グランシャリオ、聞こえる? リーブラから脱出してきたよ』
「いつリーブラに突入したのよ!? ぜんぜん聞いてないわよ!?」
 レイチェルは反射的に声を荒げた。
「なんにも言わずに敵艦に一人で突っ込んでどうする気なのよ!巻き添えで撃たれるかもしれないのよ!」
『もうあなたという方はっ……!あなたみたいに真面目に戦争をしない人がいるから、人々がこんな悲劇を』
『わぁぁぁっ!ちょっとドロシー、コックピットで暴れないで〜!!』
 説教に対して返ってくる声は、さらなる頭痛の種だった。制御を失いかけるクレアのガンダムをファンネルで守りながら、さっさと艦に戻りなさいと溜息混じりにつぶやく。
 そのやりとりを後方で見ていたシェイドとシスは、沈黙を保ったまま戦場の推移を見守っていた。
「まだリーブラを落としに行かないか……」
「まだだ。隊長が戦ってる間はな」
 ゼノンの問いに答えると、シェイドはシスに向けて呼びかける。
「ショウの奴、やばくないか……? 助けに行くなら構わんぜ。リーブラなら俺とジュナスで落とせる」
「大丈夫…… ショウは……無事に帰ってくる……」
 シスの口調は静かであったが、そこには確信と信頼があった。それを感じ取ったシェイドは、それ以上語ろうとはしなかった。
 そして、二人の沈黙と、巡り来る戦機を捉える思考は続いた。宇宙の果てにまでニュータイプの感覚を広げ、それをゼロ・システムが膨大な計算を繰り返し、二人の脳裏に流し込む。トレーズとミリアルドの元に向かった戦士たちの姿が、彼らにはありありと浮かんで見えた。

「これが完全平和への道標となる戦いだと言うのですか!」
 エルフリーデはビームサーベルを構え、トールギスUを突撃させる。狙いはシャロンの乗る機体のコックピットである。そこには殺気さえ込められていた。
「その通りですわ!」
 だが、その剣は容易く防がれる。そして同等の一撃が、エルフリーデの乗るコックピットに向けて放たれる。バーニアを吹かせてそれをかわすと、次の斬撃をすぐに繰り出していく。
「トレーズ様に、お考えを直接問い糾すまでは!私は退きませんよ!」
「この戦場の有り様こそが、トレーズ様のご意志そのものです! 我らはトレーズ様を信じて戦うのみ!」
 トールギスUの加速力は並のモビルスーツのものではない。距離を離して射撃戦に持ち込もうとしても、ドーバーガンを撃つ前に間合いを詰めて斬ることは容易にできる。二人にはビームサーベルで斬り合うことしかできなかった。
 必殺の一撃を繰り出してなお防ぎきる敵手の前では、情けも甘えも、戦いを拒否し平和を願う心の隙を見せることも許されなかった。相手を倒し殺す気迫を込めなければ、互角のせめぎ合いをすることさえできない。
「平和を求めた戦いの結果、トレーズ様が戦死するならそれに何の意味があるというのです! そんな事は誰も望んでなどいない!」
「分かりませんの……!戦士たちの潔い姿こそが、この世界に本当の平和をもたらすものなのだと!」
 二機のトールギスUのエネルギーが同速で減少し、エルフリーデとシャロンの体と心が共に疲れを見せる。それが最後の一瞬まで均衡を保つことができれば、戦闘能力の極限を発揮しながらも戦いの結果は平和と同じ事になる。二人はその皮肉に気付きながらも、全身に汗を浮かべて戦い続けていた。
「それは……戦士だけの理屈ではないのですか!」
「真の混乱は民衆がもたらすものですのよ、エルフ…… 死に怯え、逃げまどう先にこそ、他者を傷つけて生き残る術を求める惰弱な心があるということをお分かりなさい!」
「彼らを守ることこそ、戦士の努めではないのですか! それは、トレーズ様のご意志では……!」
「トレーズなどに従う必要はない!!」
 剣を叩きつけ、戦う二人に新たな声が突きつけられた。声の主はやはりガンダムにその身を預け、全身から漲る覇気はこの戦場に赴いた誰よりも激しく燃えさかる。
「貴方は……!」
「貴様たちは正義かッ!!」
 アルトロンガンダムは雄叫びをあげ、二機のトールギスUに向けてバーニアを噴かせた。エルフリーデとシャロンは瞬時に飛び退くように離れ、迫り来るガンダムを両面から挟むように対処する。
「……貴様らに正義はあるのかと、聞いているぅっ!!」
 五飛の怒りが轟く刹那、シャロンとエルフリーデは激しい衝撃に機体を跳ね飛ばされた。アルトロンガンダムの両腕に装備された伸縮自在の兵器、ドラゴンハングがトールギスUの加速力を捉えて一撃を加えたのだ。
「たとえトレーズに正義があろうと、それを盲信するだけの者に奴の正義など見えん!!」
 五飛は二人に背を向け、さらに陣内の奥深くに飛び去っていく。その向こうには、トレーズの旗艦があるはずだった。
 アルトロンガンダムの姿が光点に変わり、二人はようやく止めていた息を吐いた。体に流れる汗は、冷たいものに変わっていた。
「あれが……ガンダムの力、ですのね……」
 シャロンは先刻までの激しさが嘘のように、戦意も消え果てた声で呟いた。
「あの力と戦い続けて…… 私たちが見た正義とは、いったい何だったのでしょう……」
 エルフリーデも同じく、剣の光を収めた。

 もはや動くことさえできなくなったショウの背後に、新たなガンダムが降り立った。アクエリアスに向けて三叉槍を突きつけ、鋭い声を放つ。
「ショウ!お前のような軟弱者ではトレーズを倒せん!そこをどけッ!!」
「う……五飛……?」
 槍の柄でアクエリアスを横に突き飛ばし、一瞥もせずに背を向けたまま一喝する。
「それほどの力を手にしながら、貴様は何をやっている!敵を前にして震え上がるような者が戦場に出て戦うな!!」
「でも……」
「貴様に関わり合っている暇などない! 行くぞ、トレーズ!!」
 張五飛の駆るアルトロンガンダムは、五機のガンダムの中でも特に接近戦に秀でた武装を持っている。トレーズは彼の突進を受け止め、ビームサーベルで斬り結んだ。
 五飛の繰り出す槍の速さは常人の域をはるかに超越し、トレーズはそれをわずかに機体を傾けるだけで回避する。その光景を見ていたショウは、五飛の持つ戦闘能力は未来世紀の戦士たちにさえ引けを取らないと思えた。そして、余裕の微笑みを浮かべたまま戦い続けるトレーズには、彼らをもってしても勝つことはできないのではないかとさえ感じていた。
 剣戟を続けたトレーズは一度機体を休め、五飛に問いかける。
「どうした?なぜその竜を使わない?」
 アルトロンガンダムの持つ最強の武器は、三叉槍ではない。その両腕が自在に伸縮して敵機を捕獲し焼き払う、ドラゴンハングという特異な兵器である。トレーズは、それを竜と表現した。
「お前とは正々堂々と戦いたい、それだけだ!」
 接近戦が主体のアルトロンガンダムに対しても、トレーズは銃を使っていない。五飛は機体の不利を知り、その覚悟の上で戦っていたが、トレーズはそれを自己の有利とは考えていない。
 それがトレーズの持つ人間性であり、理念でもあった。戦いの場に人間性を失っては、勝者も敗者も悲惨な運命にしかならない。その思いに対して、五飛はドラゴンハングを使わずに戦うことで己の誇りを返していた。
 だが、二人の睨み合いは乱入してきたモビルドールに破られた。機能停止に追い込まれたまま放置され、戦場を漂っていたモビルドールの数機がウィルスの効果が切れた瞬間に殺到したのだ。
 五飛とトレーズは、同時に封印していた武器を放った。背後に迫ったモビルドールがビームライフルを構えたまま、ショウの繰り出した二度目のウィルスで動きを止める。そこに互いの武器が直撃した。トールギスUの背後から現れた二機のビルゴはドラゴンハングに貫かれ、アルトロンガンダムを真上から狙ったビルゴはドーバーガンによって撃墜されていた。
 トレーズも五飛も、己を守ろうとはしなかった。相手が自分の危機を救ってくれると信じていたために、モビルドールの攻撃を回避しようともしなかった。
 それを見たショウは、もう一度トレーズに呼びかけた。敵意や反論ではなく、それは素直な問いかけだった。
「トレーズさん……どうして…… どうして、五飛や、ヒイロや、リリーナさんと一緒に戦おうとしなかったのさ……?
 今、こうして同じ敵と戦えば、すごく上手くできるのに……! トレーズさんも、ゼクスもリリーナさんも……最後にやろうとしていることは、みんなおんなじなのに!」
 その言葉を聞いたトレーズはトールギスUの中で、静かに微笑んだ。この地球圏の戦いの全ては、様々な人たちがそれぞれの方法で、完全平和を求めた結果に他ならない。そうと分かっていれば、平和を求める者たちは手を取り合うことができたはずだ。
 リリーナを象徴として女王に頂き、トレーズが補佐を務め、ゼクスが軍を率い、その先陣には五人のガンダムパイロットがいる……。そんな国家ができていれば、無用な戦いを生み出す者たちを制した後に、世界から戦争の火種を取り除くことなど容易いことだった。
 それを悟った少年に対して、トレーズはなおも自己の道を説いた。そして、それはショウの言葉と違わぬ世界の求め方だった。
「残念だがそれはできない。私の役目はこの戦場を用意することまでだ……。新たな未来はこの戦場を生き抜いた者たちが創り出すだろう。
 今、滅び去るべき者たちは皆、私と共にいる。ミリアルドが勝てば地球は新たな時代を迎え、不幸にして私が勝ち残ることがあれば、この手で改革を断行できる。私とミリアルドが共に倒れることになるのなら、残された者たちは世界をリリーナ・ピースクラフトに委ねるしかなくなるだろう。いずれにせよ、戦いの無い平和な時代が訪れる……。この地球における戦場は、ここが最後となるのだ……」

「死ね!! そして生まれ変わってその目に見るがいい!貴様たちが生み出した、戦いの亡い世界の成れの果てを!!」
 ゼロ・システムが恐怖に凍り付いた。全ての可能性が自機の敗北であると結論づけた戦闘予測演算装置は、予測を続ける意味を失い、機能を停止してしまった。そのため、ミリアルドに見える光景はマークの心を映した謎の機体の幻影ではなく、現実のクロスボーン・ガンダムの攻撃に引き戻された。
「これは……!」
 ミリアルドはビームソードでマークの斬撃を防ぐ。鍔迫り合いと同時に、マークの意志が己に流れ込むかのような感覚を受けた。
「なんだ……!?」
 マークは勝利を確信していた一撃を受け止められ、驚愕と共に機体を後退させた。
 ミリアルドには、それ以上の驚愕があった。マークの心の内に澱む怨念の正体も、この戦場を駆ける人々の意志も、ゼロ・システムの見せる映像以上にはっきりと分かる。
「これが……カトル・ラバーバ・ウィナーの言った、宇宙の心…… ニュータイプというものなのか……」
 そして、ミリアルドはクロスボーン・ガンダムを見据えた。剣と鞭を持つ、同じ装備を持った機体。それがどんな攻撃を仕掛けてくるかも、不思議なほど的確に読み取ることができる。
「だとすれば……! マーク・ギルダー!お前たちが犯した過ちの原点がどこにあるか、今ならば分かる!」
 エピオンのヒートロッドがスクリュー・ウェッブに絡みつく。すぐにワイヤーを切り裂き、相手の武器はその力を失う。ミリアルドはハイパービームソードを構え、ビームザンバーの軌跡に合わせて振り下ろした。
「俺たちの罪の重さが、苦しみの重さが貴様に分かるものか!貴様が過ちを問う資格などありはしない!!」
「過去を憎み、未来に希望を忘れ……それが、ニュータイプの言うことか!
 ニュータイプとは、戦争をしなくても済む人間のはずだろう!!」
 二人の意志を込めた光の剣が激突し、凄まじい衝撃を放って両機を弾き飛ばす。剣の間合いから離れた瞬間、ミリアルドは圧倒的な優位に立った。スクリュー・ウェッブは、もう使えないのだ。
 その瞬間、マークはためらわずにビームザンバーをビームライフル形態ザンバスターに持ち替え、ミリアルドに向けた。互角の武器での決闘はここに破れた。二人の間にあるものは騎士道精神ではなく、戦場を貫く殺意であった。
 昂揚する精神が冷たいものに変化し、そして冷静さも同時に呼び戻させる。ミリアルドの思惟に訪れた最も大きな事態は、母艦リーブラの受けた損害の大きさだった。
 ミリアルドは一人のパイロットとしてではなく、一軍の将として瞬時に決断した。エピオンをモビルアーマーに変形させると、マークとの戦いを捨ててリーブラに向けて飛び立ったのである。
 マークはそれに銃を向けながらも、引き金を引くことはなく見送っていった。そしてエピオンの姿が消え去ると、目を閉じ、深く、大きく息を吐いた。全身の力が抜け、心に吹き荒れていた激情が消え去っていくのが分かる。
 そして地球に視線を向け、痛感した。マーク自身の言ったとおり、それはフラストレーションの爆発でしかなかったのだと。後に残るものは何もない、かつての所行と同じく愚行に過ぎない。
 だが、それが過ちだと分かるのは、爆発した後でしかないのだ。蓄積され続けた不満と怒りは、やはりどこかで爆発せざるを得ない。人の心とは、そんな愚かさも一面として持ち合わせているものなのだから。
「……言うだけは、言ってやったぞ……。 …………御大将…………」
 マークはもう一度息を吐き、ここにはいない者に向けてつぶやいた。それは自嘲、そして自戒の言葉でもあった。

「トレーズッ!!」
 五飛は叫んだ。激情のままに槍を振りかぶり、ビームサーベルと激しい火花を散らす。
「貴様は、そうして人を見下すことしかできない男だ!所詮エゴでしか戦っていない!!
 貴様のために、何人の人間が死んだと思っているんだ!!」
 怒りの言葉に対して、トレーズの言葉はあくまでも穏やかであり続けた。
「聞きたいかね? 昨日までの時点では、99822人。レディ、本日の戦死者は?」
「現在確認されているのは、ホワイトファング82名、我が軍105名です」
「そうか……後で名前を教えてくれ……」
 トレーズは操縦桿から手を離し、目頭を押さえた。心に思い浮かぶ人々の姿は、その一人一人がトレーズに思いを訴え、そして消えていく。涙を溢れさせる事は堪え忍んだが、心の内から沸き上がる思いは消せはしない。
「戦いのために犠牲となった人々は、全て記憶している……。
 ノベンタ……セプテム……ベンティ……ドーリアン……ワーカー……オットー……ブント…… 皆、忘れられぬ人々だ……」
「貴様という奴は……!!」
「トレーズさん……」
 ショウはその時、自分の攻撃を押しとどめた光の姿をはっきりと見た。
 戦いの中で散っていった者たちの魂がトレーズを守るために集まっている。それは、かつてカミーユやアムロが見せた奇跡の光と何ら変わることはない。高貴な魂に引き寄せられた人々の意志は、時に対立する意見の持ち主の心を変え、時にありえない防御能力を機体に宿して彼らを守り抜いてきた。ただ、ニュータイプの力を持たないアフター・コロニーの人々は、それをそうだと知覚できないだけだった。そして、それが見えてしまうショウには、トレーズに刃を向けることはもはやできなかった。
 そこに集まった魂の中には、トレーズが自ら撃墜した敵軍の兵士もいる。権力争いの中、謀殺したかつての政敵もいる。
 トレーズは彼らに許しを乞うほどに己に甘い人間ではなく、また屍の上に立つことを善しとする事はその清廉さが許さなかった。
 それゆえに、トレーズが選び取る道は一つしかなかった。
「私は死者に対し、哀悼の意を表することしかできない……。
 だが……君たちもこれだけは知っていて欲しい……彼らは決して、無駄死になどしていない!! そして……!」
 トレーズは叫び、トールギスUを突撃させた。その意志と気力は五飛の怒りを上回り、ガンダムパイロットの一人をも萎縮させる。五飛はとっさに槍を繰り出したが、それは怯えが生み出した反応に近かった。戦士としての勝敗は、この瞬間にトレーズに軍配が上がっていた。
 だが、ショウはトレーズが、彼を守るために集った人の心を再び宇宙に解き放つのを見た。トールギスUは性能通りの防御力に引き戻された。そこにはガンダムに向かい合う力は、もはやなかった。
 無防備な機体が光の槍に貫かれ、爆音をあげて吹き飛ばされていく。その中に、全てを成し終えた安堵の表情を浮かべて。
 肉体から離れ、宇宙に遊飛するトレーズの魂は、涙ぐむショウを抱きしめ、諭すように語りかけた。
“……そして、君のような少年の心の中で生き続けることができるなら……
 シャア・アズナブルも、東方不敗マスターアジアも、そして私も……誰一人無駄死にはしていないのだ……”
「トレーズさん…… トレーズさんっ……」
 ショウはトレーズの魂から感じる温かさが、かつて抱かれた時と同じ優しさを持っていることを知った。そして、そのぬくもりに包まれる機会は、もう二度と来ないのだと悟った。
 そしてトレーズは振り返り、戦いを終えた戦士に向けて、最期の言葉を残す。そこには幕引きの役を演じさせたことへの深い感謝と、志操を共にした者への別れを惜しむ心が込められていた。
“五飛……我が永遠の友よ…… 君たちと戦えたことを誇りに思う……”
「こ……こんなもの……!こんなもの、俺は絶対に認めんぞ!!」
 五飛はコックピットのパネルを強打し、死に逝くトレーズに向けて叫んだ。残される者にとって、それは永遠の敗北に他ならぬ結果でしかない。その意志においても技量においても、ついに張五飛はトレーズに及ぶことはなかった。
 その死に怒りと哀しみの感情を露わにする少年たちを残し、トレーズの魂は涼やかに微笑んだ。目を閉じ、抱きしめた少年の体の中に溶け込み、消えていく。
“ミリアルド…… 先に逝っているぞ……”
 幻想と現実の狭間の光景がゆっくりとかき消えていく。トールギスUが爆散する光が戦士たちの目を彩り、いつまでもその心に焼き付いていた。

 マークがグランシャリオに帰り着くと、戦局はすでに収束に向かっていた。
 地球に降下を始めたリーブラの上で、ヒイロ・ユイのウィングゼロが戦っている。その模様が地球圏の全てに向けて放送され、その姿を人々の胸に焼き付けていた。
 本来、それはトレーズとミリアルドの戦いを映すべく用意されたものだった。だが、トレーズは戦死し、一度は決闘を拒否したミリアルドはヒイロとの戦いに剣を振るっていた。この状況は予期せぬものであったのか、それとも初めから歴史はこの帰結を人々に見せるべく歩んでいたのか、それは誰にも分からなかった。
「……いくぜ」
「了解」
 ウィングゼロを駆る二人、ラナロウ・シェイドとシス・ミットヴィルには、この瞬間こそが待ち続けた戦機だという事実が全てであった。バーニアを全開にして飛び立つ二機の後ろに、これまで戦い続けた戦士たちが揃い、立ちふさがるモビルドールを打ち砕いていく。
 ガンダムヘビーアームズが全砲門を開く直前、モビルドールの動きが止まった。それを予期していたかのように、マシンガンとミサイルが無防備な機械を残骸に変える。
「……適切な判断だ」
「う……うんっ……」
 トロワ・バートンは、ショウの涙交じりの声にも冷静さを失うことはなかった。
 デスサイズヘルが姿を消してモビルドールを斬り裂くと同時に、ファンネルミサイルが雨霰と叩き込まれていく。硝煙の中で、デュオは悲鳴のような叫びをあげた。
「あっ、あ、危ねぇだろっ!」
「大丈夫大丈夫、私にはちゃ〜んと見えてるんだからね!」
「見えてるのかよ…… それはそれで嫌なんだけどさ……」
 デュオのぼやきに、やはりクレアは機嫌良さそうに笑いかけた。
 さらにファンネルが舞い、ティンクル・ビットがモビルドールの装甲を引き裂く。そこにヒートショーテルの一撃を入れながら、カトルは宇宙に広がる人の意志をおぼろげながら受け取っていた。
「今、分かりました……。 宇宙の心とは……ヒイロや、ショウや…… あなたたちみんなのことだったんですね……」
 その優しい口調とはまるで逆に、激した竜が宇宙空間を荒れ狂い、モビルドールを噛み砕く。さらに髑髏の意匠を施したガンダムが剣を振るって引き裂いていく。
「貴様は……己の正義をこの戦いで見たのか!?貴様の正義は!!」
「俺の正義か……そんなものは、最初から見えていたんだ…… ただ、忘れたふりをしていたのさ……」
 マークは、静かに五飛に答えた。その脇を飛び越え、シェイドとシスはリーブラに向けて全力で突撃した。

 リーブラの上で戦うヒイロはエピオンの剣を受け、その太刀筋の異常を悟った。それが自身と同じ異常を持っていることに。
「ゼクス……ゼロ・システムを使わずに戦っているのか。お前も“ブラック・ジェネレーションズ”のニュータイプと戦ったのか……」
 ミリアルドも瞬時に、ヒイロが自分と同じ選択をしたことを知った。
「ヒイロ……貴様も彼らの戦いの未来を見たというのか……!
 彼らは完全平和が成し遂げられた先の未来から来たと言った。地球の文明が滅び去り、時の果てに新たな戦いが巻き起こると……!」
「ゼロが俺に見せた未来は、お前の見たものとは違うようだな」
 盾で剣を受け、切り返す刃はエピオンに届かず、間合いを離す相手をマシンキャノンで牽制する。戦闘用の人形を創り、宇宙要塞から巨光を吐き出したこの戦いの終結点は、二人の戦士が剣を振るい合う人類太古の姿に戻っていた。
 その戦いの最中、ヒイロは静かに語った。
「時の果ての戦いとやらに、俺も共に戦っていた。あの幻が本当に俺たちの身に起こる未来だとすれば、確かに俺自身は戦いから逃れられんのかもしれん……
 だが彼らの語る未来が事実だとすれば、俺たちが何もしなくとも、人々は自らの意志で完全平和へと歩み出す…… お前たちの行為は無意味だ」
「所詮は血塗られた運命……今さら逃れようと思わん! 決着をつけるぞ、ヒイロ!!」
 ミリアルドは叫び、ヒイロに向けて突撃した。手に持つ剣の出力は戦いの中で消耗し、もはや全開の威力ではない。それを受けるヒイロの機体もまた、バスターライフルのエネルギーは残り少なく、マシンキャノンの弾丸も尽き果てていた。
 ビームサーベルが火花を散らし、機体の装甲が少しずつ焼け落ちていく。果てしなく続く剣戟の中で、二人は脳裏に呼びかける声を聞いた。
(ヒイロ・ユイか……? リーブラは地球に落ちかけている。決闘も完全平和もいいが、まずは地球を救おうぜ)
(私たちのツインバスターライフルを同時に、三方から動力炉に撃ち込めばリーブラの破壊はできる…… タイミングを取るのはヒイロ、あなたよ……)
 聞いたこともない、少年と少女の声。それがどこから来るものなのか、その内にどんな思いを秘めているのか、ヒイロとミリアルドは同時に悟った。
「奴らはゼロを使いながら、正しく未来を見ることができるのか……」
「……そうか」
 ミリアルドは微笑を浮かべ、エピオンのゼロ・システムを再び起動させた。マーク・ギルダーの見せた悪夢の光景は、もはや彼を襲うことはない。
「彼らは純粋すぎる、そして優しすぎる……。しかし、そうでなければ、生きる資格がないということか……」
 ハイパービームソードに最後の出力を込め、リーブラの動力炉に向けて突きつける。そしてミリアルドは、ヒイロに向けて自信に満ちた笑みを浮かべた。
「ならば私は、どこまでも生き抜いてみせる!」
「ゼクス……!」
「また会おう、ヒイロ!」
 動力炉を引き裂く轟音と爆風がウィングゼロを弾き飛ばす。ガンダムエピオンがその中に消え、ヒイロは最後の任務に向けて飛び立っていった。

「ゼロよ……俺を導いてくれ……!」
 リーブラ内部から脱出したヒイロは、駆けつけてくるウィングゼロの存在を感じた。再びゼロ・システムを起動させることにもためらいはなかった。
 宇宙要塞はすでに大気圏に突入しつつある。それを遮るように灼熱の空間に機体を踊らせ、ツインバスターライフルの砲門を向ける。
「ラナロウ・シェイド……シス・ミットヴィル…… 聞こえているか? これよりリーブラの動力炉を破壊する……
 攻撃目標……動力炉の位置は……」
 地球の重力の渦に呑まれ、照準は正確に定まらない。だが、ヒイロは撃つべきものの場所を完全に把握していた。
「エピオンの……ゼロ・システムを狙って撃て……!」
「そこから撃って離脱できるか!? 大気圏に焼かれて死ぬぞ!」
 ゼロ・システムは、シェイドの言う光景もヒイロの脳裏に映してはいた。だが、ヒイロは不思議と恐れは抱かなかった。
 炎に包まれたガンダムのコックピットの中で戦う自分の姿が、何かデジャヴのように思い起こされていた。そして、ヒイロは強い確信を持って答えた。
「俺は…… 俺は、死なない!!」
 その瞬間、ツインバスターライフルの放つ閃光が三方からリーブラを貫き、動力炉の中心で激突した。膨大なエネルギーが要塞内部に溢れ、奔流のようにせめぎあい、全ての方位に拡散していく。
 その光が完全にリーブラを貫通し、地球上からも確認できる輝きを放って、巨大な宇宙戦艦を寸断していく。その光景を見続けた人々の心に、忘れ得ぬ何かを刻みつけて。リーブラが起こした大爆発の炎の中から生還を遂げたヒイロは、ゼロ・システムを通して時の彼方を見据えた。そして己の運命を見つめ、小さく呟く。
「任務……完了……!」
 ここに、アフター・コロニー195年…… 地球圏における戦闘は終結を迎えた。

「終わりましたね……」
「ええ……」
 エルフリーデとシャロンは、リーブラが燃え落ちる姿を見続けながら、深い嘆息を漏らした。
 戦いに生き残った感慨も、平和を迎えた事への喜びも、心に沸き立つものは何もなかった。ただ、疲れ果てた体をコックピットの椅子に預け、戦いの最後を彩る流星の輝きを見つめていた。
 そしてその光が完全に消え去ると、エルフリーデは静かに語りかけた。
「これから……どうなさるおつもりです?」
「平和な世界など、私には退屈なばかりですわね……。エルフと一緒に、この平和が続いた先の未来を見るのも一興……ですが」
 シャロンは、そこで一度言葉を切った。エルフリーデは意外そうな面持ちを向けた。
 シャロン・キャンベルという人間は平和を愛する人物ではなく、また平和な世界にとってもシャロンの存在は好ましからざるものに違いない。無用な混乱を残すよりは、旅の仲間として迎えようと思ったのである。
「……私は、ここに残りますわ。いつかエルフが旅を終えた時、帰りを待つ者も必要でしょうから」
 優しげな微笑みを顔に浮かべ、シャロンはトールギスUを動かし、エルフリーデに背を向けた。世界国家軍の艦隊はすでにレディ・アンの指揮の下で撤収を始めつつある。
「シャロン様……」
「お行きなさい、エルフ。……また、会う日まで」
 バーニアに火を入れ、“蒼炎の王女”はその矛を収めに飛び去った。エルフリーデはそれを見届け、背を向けてトールギスUを飛ばす。グランシャリオに戻った先は、また未知なる戦場であることを思い返しながら。

 クロスボーン・ガンダムのコックピットを開けると、デッキにまでエリスが迎えに来ていた。降り立つ者の姿を見たエリスの表情は、戦いが始まる時の沈んだ面持ちが嘘のようだった。
「……おかえりなさい、マーク」
「ああ……。エリス……」
 マーク・ギルダーの顔も険が落ち、不思議なほど安らかな表情に変わっていた。エリスの待つ床に着地すると、一度目を閉じてから語りかける。
「お前の言ったとおりだったな……」
「あなたも、分かってくれたの……?」
 心身を疲労させたマークの体を軽く支え、エリスは横から嬉しそうに微笑む。視線の先のマークの顔も、疲れてはいたが、充足感を浮かべていた。
「たとえその先に何があろうと……この世界の未来を切り開く権利があるのは、この時代に生きる者たちだと……
 それはあいつらも…… 俺たちも同じ事だったと分かった……」
「そうね…… 私たちも……」
 エリスも目を閉じ、思い返した。
 過去に目を閉じても過ちが消えるわけではない。だが、だからこそ、彼らには未来を求め続ける義務があるのだ。
「切り開きに行こう……。俺たちの、戦いのない平和な世界を」
 二人は手を取り合い、モビルスーツデッキから立ち去っていった。


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